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第七章 双つの《星》③

『……オト。そりゃあ、どういう意味だ?』



 アッシュがぼそりと問う。

 正直、状況が分からない。どうしてユーリィ達と共にいるはずのオトハが一人でここにいるのか。そして、いきなり「死合い」など物騒な言葉を使うのかも。

 すると、オトハは独白するように言葉を紡ぎ始めた。



『そうだな……少し話をしようクライン』



 と、提案するなり、《鬼刃》の胸部装甲がゆっくりと上に開く。その中には右目に眼帯。漆黒のレザースーツの上に白いコートを纏うオトハが鎮座していた。

 彼女の表情は普段とあまり変わらなかった。



『……まあ、いいだろう』



 オトハの提案にアッシュも乗る。《朱天》の胸部装甲が開き、アッシュはじかにオトハの姿を見つめた。



「で、ちゃんと説明しろよ。オト」



 アッシュは不機嫌だった。

 しかし、オトハの事情を聞かなくては対処のしようもない。

 オトハは苦笑を浮かべつつ、話を切り出した。



「……すまない、クライン。実は一つお前達にうそをついた。本当は私は休暇ではなく仕事のためにこの国へやって来たんだ」


「……仕事だと?」


「ああ。サウスエンド殿から受けた仕事だ」


「――ッ!」



 アッシュは目を瞠る。聞き覚えのある名前――と言うより、自分の元上司の名だ。

 ライアン=サウスエンド。《七星》が第二座、《戦帝》を駆るグレイシア皇国騎士団副団長。《鬼喰夜叉》の二つ名でも知られる猛者だ。



「……あの腹黒副長が、この国に一体何の用だよ?」



 やや好奇心が混じった声でアッシュは尋ねた。正直、こんな小国にあの男が興味を抱くとは思えない。元々過労死を案じられるほど多忙な人間だ。そんな暇もないだろう。

 と、そんなアッシュの心情を察したのか、オトハは再び苦笑を浮かべた。



「この国に用はないさ。あるのは――エマリアだよ」


「……なんだと?」



 アッシュの眼光が鋭くなる。聞き捨てならない台詞だ。



「そりゃあ一体どういう意味だよ、オト」



 と、剣呑な雰囲気となったアッシュに、何故かオトハは不満げな表情を浮かべた。

 そして、少し拗ねたような口調でアッシュに問う。



「……なあ、クライン。お前少し前にハウルに手紙を送っただろう?」


「はあ……?」



 唐突な話題転換に、アッシュは眉をひそめた。



「ハウルって、アルフのことじゃねえよな? ミランシャのことか?」


「……ああ、あの赤毛女だ」



 かなり不機嫌そうにオトハは答える。



「今回の依頼な。すべてはあの手紙から始まったんだ」


「……? どういう意味だ?」



 未だ要領が得ない話に、アッシュは眉根を寄せる。

 すると、オトハは腕を組み、話を続けた。



「……あの手紙。サウスエンド殿から拝借して私も読ませてもらったが、正直、信じがたい内容だった」



 一拍置いて彼女は言う。



「まさか、一度聖骸化した《星神》が元に戻るとはな」


「…………」



 アッシュは何も言わない。

 オトハが赤毛女と呼ぶ女性。ミランシャ=ハウル。

 アッシュの友人である彼女に送った手紙は、アンディ=ジラール事件に関して綴ったものだった。要略すると、やむえない事情でユーリィが《最後の祈り》を使用し、《聖骸主》と成り果てた後、サーシャの協力もあり、どうにか元に戻せたという内容だ。

 その事件の時、ミランシャの言葉を思い出せたおかげでユーリィを救えた感謝の気持ちを綴り、同時に彼女の夢を知るアッシュが気を利かせて送った手紙だった。

 

 しかし――。



「……ミランシャに送った手紙を、なんで副団長が持ってんだ?」



 素朴な疑問が上がる。すると、オトハは深い、とても深い溜息をついた。



「あの赤毛女な……。お前から手紙を貰って有頂天にでもなったのか、ドヤ顔で手紙を騎士団内で見せびらかしていたそうだ」


「……は? えっ……はあ!? あの内容って結構ヤバいぞ!? もし《聖骸主》が救えるなんて可能性が実証されれば――」


「ああ。《聖骸主》と戦う者の士気にかかわる。どうしても刃は鈍るだろうな」



 オトハの指摘に、アッシュは呻いた。

 エレナ=フラムの例もあるように《聖骸主》は決して悪という訳ではない。むしろ、たとえ命を捨ててでも誰かを救いたいと願った者の成れの果てだ。

 そんな人間を救う方法があると知れば、当然戦うことを躊躇ってしまう。



「……あのさ、俺一応そこらへんは念押しして書いてたよな?」


「ああ、手紙の中に三回ぐらい書いてたな。絶対に他人に告げるなと。しかし、お前は馬鹿が極まった時のあの馬鹿女の馬鹿っぷりを侮りすぎだ」



 そんなことを言って、オトハがジト目で睨んでくる。

 アッシュは思わずたじろいでしまった。

 確かに、ミランシャの能天気ぶりを侮っていたのかもしれない。



「お、おう……。けどさ、大丈夫だったのかそれ」


「……まあ、結局聞いたのは数人の騎士だけ。噂が広まる前に、お馬鹿な赤毛女を騎士団長殿が止めたそうだ」


「そ、そうか……団長が」


「拳が顔面にめりこんだそうだ。ざまあみろだ」


「団長容赦ねえな!?」



 まあ、ミランシャの暴挙を考えれば、仕方がないと言えば仕方がないか。

 アッシュははあっと溜息をつく。



「……ああ、けど、大体分かってきたよ。要するにお前が受けた仕事って……」



 オトハはこくんと頷く。



「そうだ。私はエマリアを皇国に連れ帰る。理由は聖骸化の影響を調べるため。彼女は《聖骸主》から元に戻れた唯一の《星神》だからな」



 そして、彼女は皮肉気に笑って告げた。



「要するに、私はエマリアを攫うために雇われた人間なのさ」



       ◆



『復活するって……どういうことなのユーリィちゃん……?』



 サーシャが震える声で、ユーリィに問う。

 すると、エドワードもサーシャの問いに続いた。



『そ、そうだぜ。あの傷だぞ。もうくたばる寸前じゃねえか!』


「…………」



 ユーリィは一度沈黙してから言葉を発した。



『さっきも言ったけど多分《業蛇》って《永蛇》の亜種だと思うの』


『《永蛇》……?』



 アリシアが首を傾げる。察するに魔獣の名のようだが、聞き覚えがない。



『あまり聞いたことのない名だな。魔獣の一種か?』



 ロックの問いに、ユーリィはこくんと頷く。



『……《永蛇》は魔獣の一種。六セージル級のあまり強くない魔獣だけど、凄く特徴的な性質を持ってて、皇国では結構有名なの』


『はあ? 特徴的って、どんな特徴を持ってんだよ?』



 と、首を傾げるエドワードに、ユーリィは気まずそうな表情を浮かべて、



『簡単に言うと、《永蛇》は殺さない限り死なないの』


『『『はあ?』』』



 揃って声を上げるサーシャ達。

 ユーリィは言葉を続ける。



『要は永遠に同一個体で生まれ変わり続ける魔獣らしいの。生殖器官を持たない蛇型の魔獣で、寿命を迎えると水の中で新たな自分に生まれ変わる』


『……はあ? どういう意味だ、そりゃあ?』



 露骨に顔をしかめるエドワード。

 ユーリィは首を傾げた。一体どう言えば伝わりやすいのだろうか。



『……とりあえず、順を追ってみるけど、まず寿命を迎えた《永蛇》は水の中で大量に吐血し、水を銀色に光る全く別の液体に変化させるの』


『それって……あんな感じに?』



 アリシアがそう言うと、《ユニコス》が湖を指差した。



『うん、そう。あれは「胎盤変化」って言われる現象』


『……なるほど。しかし、その胎盤変化とやらで《業蛇》は何をする気なんだ?』



 と、ロックが問う。



『……胎盤変化は文字通り水場を胎盤に換えるの。今「エルナス湖」の中で《業蛇》はドロドロに溶けていると思う』



 ユーリィの言葉に、全員が目を丸くした。



『そうやって古い肉体を一度捨てて、胎盤内で新しい肉体へと造り変える。それが同一個体で生まれ変わり続けるということ』



 ユーリィの説明は、そこで終わりだった。

 そして、全員が唖然とした眼差しで湖を見据えた。



『じゃ、じゃあ、今あの中では新しい《業蛇》が生まれているってこと?』



 恐る恐るそう尋ねてくるアリシアに、ユーリィはこくんと頷く。



『うん。多分、オトハさんに負けた《業蛇》はこのままだと死ぬと思って胎盤変化――要するに転生するために、この湖にやってきたんだと思う』


『な、なんだよそれ……おい! お前、なんでそれを先に言わねえんだよ! 知ってりゃあ、さっさと止めを刺したのに!』



 と、いきなり怒鳴りつけてくるエドワードに、ユーリィはビクッと震えた。

 サーシャはムッとしてエドワードの機体・《アルゴス》を睨みつける。



『オニキス! ユーリィちゃんに当たらないで! そもそも《業蛇》が死んでいると思い込んで油断していたのは、私達全員よ!』


『い、いや、けどよぉ。知ってたんならさあ……』



 と、なお不満の声を上げるエドワードに、ロックが制止の言葉をかける。



『エド。もうよせ。フラムの言う通りだ。俺達全員が浮かれて油断していたんだ。師匠の妹さんに当たるのはお門違いだぞ』



 続けて、《シアン》が《アルゴス》の肩を叩き、視線を湖に向けた。



『……それよりも、今はこの状況をどうするかだろ』


『ええ、そうね』



 ロックの言葉を続いたのはアリシアだ。彼女はずっと湖面を見つめていた。

 そして、不意に《ホルン》の方へ視線を移し、



『ねえ、ユーリィちゃん』


『……なに?』


『その、さっき言ってた《永蛇》って転生した直後ってどんな感じなの?』


 

 やけに曖昧な問いかけに、ユーリィは眉を寄せた。



『……? どんな感じって?』


『う~ん。例えば大きさとか。転生前と何か違う点はないのかなって……』



 アリシアにそう言われ、ユーリィは記憶を探って考え込む。

 そして、ポツポツと語り始めた。



『……以前、小さいって聞いたことがある。基本的に生まれ変わりだから、おじいちゃんから赤ちゃんに戻っているって聞いた』


『――ッ!』



 アリシアは目を見開いた。そして、あごに手に当て状況を分析する。



『……アリシア? どうしたの?』



 サーシャが眉根を寄せて問う。



『うん。あのね、サーシャ……ううん。みんなにも聞いて欲しい』



 アリシアの呼び掛けに、全機が《ユニコス》へと注目した。



『あん? 何だよ?』


『……何か考えがあるのか? エイシス』



 と、尋ねてくる少年達に対し、



『うん。驚かないで聞いてね』



 そんな前置きをしてから、アリシアは告げた。



『実は私、今ここで《業蛇》を倒せないかな~って思っているの』



 一瞬、シンと場が沈黙する。



『『『――はあ!?』』』


 

 そして全員が驚愕の声を上げた。



『おい、それって俺達で倒すってことか!? 何言ってんだよエイシス! 《業蛇》のデタラメな強さは昨日経験したばかりだろ!』



 と、声を荒げるエドワード。しかし、アリシアの方は平然としたものだった。



『ええ、分かっているわよ。成体の強さはね。けど、幼体なら話は別だわ』



 その台詞からアリシアの意図に気付き、サーシャとロックが目を見開く。



『あっ、そっか、今の《業蛇》って幼体なんだ……』


『なるほどな。成体と幼体では強さがまるで違う。ましてや生まれ変わった直後ならば、格段に弱体化しているはずということか……』



 ロックの具体的な指摘に、場が緊迫した空気に包まれる。

 さらにユーリィが自分の知識を用いて、その指摘を補足した。



『うん。弱体化はしていると思う。生まれたての《永蛇》は二セージルもないって話だから、多分《業蛇》の場合なら十セージルぐらいまで小さくなっていると思う』


『……十セージル級か……』



 アリシアはおもむろに頷き、



『私達、四人がかりなら倒せなくもない相手よね』



 そんなことを呟く。そして、鎧機兵達は互いの顔を見合わせた。

 どうすればいいのか。全員が迷っていた。《業蛇》の力は圧倒的だ。それは昨日思い知っている。弱体化してなお、その力は最強クラスの魔獣に匹敵するだろう。

 だが、それでもここにいる全員で挑めば、どうにか倒せるレベルでもある。

 騎士候補生達は迷い、決断できずにいた。



『……ねえ、みんな聞いて』



 その時、アリシアがぽつりと語り始める。



『ここで《業蛇》を見逃せば奴はきっと再び成体になるわ。そして、また《大暴走》が引き起こされる。それは確実よ』



 全機が《ユニコス》に注目する中、アリシアはさらに言葉を続けた。



『けど、ここで弱体化している奴を倒せたら、もう《大暴走》は起きないのよ。だからみんな。私は隊長代理として提案するわ』



 そして全員が見守る中、彼女は決断を促す言葉を告げた。



『これは《業蛇》を仕留める千載一遇のチャンスなの。だからこそ、私達は《業蛇》に挑むべきだと思うの』

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