第二章 工房ギルド①
アティス王国には、『工房ギルド』と呼ばれる組織がある。
国内における鎧機兵や、その装備、パーツなどの価格統合や、新技術の特許の申請なども管理する国営機関である。
統括本部のみならず、グラム島に幾つも点在する各都市にも支部がある、かなり大規模な組織だった。
そんな工房ギルドの本拠地。
王都ラズンの市街区に居を置く工房ギルドのギルド長の部屋。
「ふ~む」
キラリと光る頭と、熊のような顎髭。山賊なような恰好が印象的な大男。
五十代前半のその人物は、ぺしりと自分の頭を叩いた。
「そろそろ、何か連絡をくれる頃だなとは思っていたが……」
執務席に座る大男は、手に持った手紙を一瞥した。
「アロスの野郎も随分と気風のいいことだな」
パサリ、と。
机の上に、手紙を放り出す。と、
――コンコン。
不意に、ドアが叩かれた。
大男は「入っていいぞ」と声をかける。
すると、
「失礼します」
そう返して、一人の男性が入って来た。
四十代半ばの人物。工房ギルドの幹部の一人である。
こけた頬に窪んだ眼差し。痩せすぎた鳥のような印象を持つ男性だった。
彼は、手に書類を携えていた。
「ギルド長。定例会合の件ですが……」
執務席の前まで移動した彼は、早速本題を切り出そうとしたが、不意に言葉を止めた。
その視線は、執務机の上に無造作に放り出された手紙に向けられていた。
――いや、正確に言えば、その隣に置かれた王家の紋章で封蝋された封筒の方に注意を奪われていた。その中身が隣の手紙なのだと察した。
「ギルド長。これは?」
「おう。こいつはな」
ギルド長――オーズ=シーンはニヤリと笑った。
「アロスの野郎からの手紙だ」
「それは分かります」
幹部――マロン=ダズは、渋面を浮かべた。
「ですが、陛下を呼び捨てにされるのはいかがかと」
「はン」
オーズは、背もたれにのしかかった。
次いで、葉巻を机の中から一本取り出し、火を点ける。
紫煙を吐き出して一服。
「オレにとっては、アロスはアロスさ」
ふてぶてしく口角を崩した。
ギルド長の肩書だが、見た目は完全に山賊のお頭である。
「あいつとはガキの頃からの付き合いだしな。あいつが王さまになっても、それだけは変わんねえよ」
「……そうですか」
マロンは嘆息する。
「そもそもだ」
オーズは、ぷはあっと紫煙を吹かせた。
「あいつがサリアちゃん……嫁さんと出会えたのは、オレのおかげなんだぜ。オレが紹介したんだ。オレはあいつの恩人って呼んでもいいぐらいなんだぜ」
「その話はもう聞き飽きましたよ」
マロンは、うんざりした様子で肩を落とした。
「それよりも、その手紙はなんですか?」
手紙を一瞥して尋ねる。
「陛下とギルド長が友誼を結んでいることは認めましょう。ただ、それだけに、そんな格式ばった手紙を送って来られるのは珍しいことですから」
「……まあな」
オーズも、手紙を一瞥した。
「こいつは、例の話の正式な依頼ってやつだ」
「……例の話?」
マロンは眉をひそめた。
「もしや、あの都市の話ですか?」
「ああ。こないだ定例会で話した話だ」
オーズが、葉巻を咥えて頷く。
「ラズンの総括は、オレに任せるってよ」
「……やはりそうなりましたか」
マロンが神妙な顔で呟く。
工房ギルドの役割は、各工房の管理だけではない。
大規模な催事を管理することもある。
最近で言えば、闘技場が主催となった《夜の女神杯》。
あれも、裏側では工房ギルドも協力していたのだ。
「今回は、オレら職人にとっても興味深い内容だしな」
オーズは紫煙を天井に吐いて、ふっと笑う。
「こないだの定例会だって盛り上がったしな」
「……ええ」
マロンは、数日前に行われた定例会合を思い出す。
「恐らく、相当な参加者が出るでしょうね」
「おう。そうだな」
ニカっと笑うオーズ。
ギュギュッと葉巻の火を灰皿で消す。
「オレとしては、師匠の行動に注目だな」
「……クライン氏ですか」
数いる工房の店主の中でも、ひときわ異彩を放つ白髪の青年。
この国では知らない人間がいないのではないかというぐらいの有名人だ。
「他の連中は人を雇いそうだが、師匠だけはそれも不要だろう」
「まあ、あの無茶苦茶な戦闘力なら不要でしょうね」
マロンは遠い目をした。
先日の《夜の女神杯》。
実のところ、優勝者以上に師匠の話題で持ちきりになったぐらいだ。
それほどまでに、デタラメな強さを見せつけたのである。
「彼は、どうして職人になろうと思ったのでしょうか?」
「……それは、オレにも分かんねえよ」
オーズは、苦笑を浮かべた。
「戦いに疲れたんじゃねえか? そんで田舎に引っ越し。綺麗な嫁さんを貰って、第二の人生ってやつだ」
「……嫁さんですか」
マロンは、再び遠い目をした。
「いささか多すぎやしませんか?」
「まあな」
これにもオーズは苦笑を見せた。
「噂だと、八人か九人。全員が凄げえ美人。しかも……」
そこで渋面を浮かべた。
「そん中には、アロスとサリアちゃんの娘までいるんだよなあ」
「あの、驚くほどにお強い王女さまですよね」
この国の王女の強さは。こないだの大会で目の当たりにしたばかりだった。
優勝こそ逃したが、力量的には現役の騎士も凌ぐだろう。
「オレとしては、そこら辺がちょいと複雑な気分なんだよなあ」
オーズは、ボリボリと頭をかいた。
「ハーレムってのは、オレも憧れてるから否定はしねえよ。あと、酒の席で聞いたんだが、どうも師匠は男爵位を取る気らしいぜ」
「え? それは……」マロンは目を丸くした。「まさか一夫多妻の資格を? 彼は、そこまで彼女たちに本気だと?」
「本来、師匠は実直な性格なんだよ」
あの青年と何度か酒を酌み交わしたことのあるオーズが語る。
「正直、女癖が悪いとは思えねえんだよな。娼館に誘っても絶対に断るしよ」
「……そうなのですか?」
「ああ。本気でしか女は抱かねえって信条みてえだな。いや、発想が逆か? 嫁さんにするって決めたから抱くって感じみてえだ」
「だから男爵位を? それでも、八人から九人は多すぎでは?」
「まあ、惚れたはれたばかりは分かんねえからな。本気で惚れた女がそんだけいたってことだろ。その件もあって、きっと師匠は参加してくると思ってんだよ」
ギルド長は、腕を組んで仰け反った。
「ともあれだ」
双眸を細める。
「この話。任された以上、全力を尽くす」
そして、オーズは告げる。
「オレも行くことにするぜ。ボレストンへな」




