表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第18部まで完結】クライン工房へようこそ!  作者: 雨宮ソウスケ
第16部 『巨樹の森の饗宴』①

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

492/606

第一章 旅立ちと、日常②

「……ごめんなさい」


 少女が、ぺこりと頭を下げる。

 同時に、美しい銀色の髪が、流れるように肩にかかった。

 橙色の基調にしたアティス王国の騎士学校の制服。

 その上に、女性的なフォルムが印象的なブレストプレートを装着した少女。

 サーシャ=フラムである。


 時刻は放課後。三回生の男子生徒に校舎裏まで呼び出されたサーシャは、男子生徒の告白を聞いてから、楚々たる仕草でそう答えたのだ。

 ちなみに、愛用のヘルムは教室に置きっぱなしだった。


 サーシャは顔を上げた。

 三回生の男子生徒と視線が合う。

 彼は、三回生の『十傑』の一人だった。高い実力と、誰にでも公平な人柄で知られる先輩で、サーシャのクラスでも想いを寄せる女生徒が多い人だった。

 そんな人が自分に気をかけてくれたのに、少し申し訳ない気分になる。


「……ああ~」


 先輩は、ボリボリと頭をかいた。


「やっぱ好きな人がいるの?」


「……はい」


 サーシャは頷く。先輩は少し苦笑いをして、


「それって師匠?」


 そう尋ねる。

 これまでのサーシャならば、「あの、その……」と、そこで顔を赤くして、しどろもどろに言葉を詰まらせるところだっただろう。

 しかし、今のサーシャは違った。

 表情に穏やかな笑みを(たた)えて。


「はい。そうです」


 はっきりと、そう答えた。

 全く揺るぎない姿勢に、先輩は目を丸くするだけで呻くことも出来なかった。


「そ、そっか……」


 と、どうにか呟き、


「う、うん。告白を聞いてくれてありがとう。結果は残念だけどすっきりしたよ」


 そう告げて、背を向けて去って行った。

 サーシャは一人その場に残されていたが、


「………ふう」


 と、息を吐き、自分も教室に戻ろうとした時だった。


「……有無を言わせない一撃だったわね」


 と、不意に声を掛けられた。

 振り向くと、そこには少女がいた。

 年齢はサーシャと同じ十七歳。二回生。切れ長の蒼い瞳と腰までのばした絹糸のような栗色の髪。スレンダーな肢体を持つ美しい少女。


 ――アリシア=エイシス。

 サーシャの幼馴染であり、親友でもある少女だった。


 そして隣にはもう一人、少女の姿がある。

 淡い栗色のショートヘア。長い前髪に隠された、澄んだ湖のような水色の瞳が印象的な、サーシャたちと同じ制服を着ている少女。年齢は十五歳。一回生になる。しかし、年下ではあるが、そのプロポーションはサーシャにも迫るほどであり、美貌においては、サーシャたちにも劣らない。


 ――ルカ=アティス。

 彼女もまたサーシャの幼馴染。そして彼女はこの国の王女さまだった。


「お姉ちゃん、迷いがない、です」


 と、ルカが言う。

「あはは」とサーシャが笑った。


「だって事実だし」


 と、はっきりと答える。

 アリシアたちは「「むむむ」」と唸った。

 サーシャが、遂にアッシュと結ばれたことは、彼女たちも知るところだった。

 激戦を潜り抜けて、さらには彼に真っ直ぐ想いを叩きつけて。


 ただの弟子から、彼の愛する女へと。

 サーシャは、アリシアたちよりも先に上のステージへと進んだのである。


 彼女たち、年少組の中では、まさに快挙であった。

 そしてその事実は、サーシャに劇的な変化も与えていた。

 やはり愛を紡いだことが、大きな自信にも繋がったのだろう。

 何というか、一気に艶やかさが溢れ出てきたのである。

 正直、アリシアやルカの目から見ていても、サーシャが時折見せる仕草が、とても色っぽく感じる時がある。異性ならば、もっと強く感じるに違いない。

 それが《夜の女神杯》後の告白ラッシュにも繋がっていたりする。


 しかも、サーシャが覚醒したのは、女性としての魅力だけではない。

 心もまた大きく変化していた。

 アッシュへの愛が、もはや揺るがないものになったのだ。

 自分には好きな人がいる。そう答える態度には、すでに恥じらいはなく、たまたま街で声を掛けられた人妻が、自分には夫がいますのでと答えているようでもあった。

 あの、どこかのほほんとしていた幼馴染が、だ。


「(お姉ちゃん、凄く綺麗になりました)」


「(ここまで変わるものなの……?)」


 こっそりと囁き合うルカとアリシア。

 アリシアたちとしては、本当に唸るばかりだった。


「二人とも。これから帰るところなの?」


 サーシャがそう尋ねると、


「あ、うん」


 アリシアが頷く。


「今日はクライン工房のところにね」


「は、はい」


 ルカもコクコクと頷く。と、


「あ、そうなんだ!」


 サーシャが嬉しそうに、ポンと柏手を打った。


アッシュ(・・・・)のところに行くんだ。なら私も行くね!」


 ごく自然に彼の名前を呼んで「それじゃあ、ヘルムを取ってくるから少し待ってて」と告げて校舎へと走っていった。

 アリシアとルカは、しばし、サーシャの去って行った方を見ていたが、


「……本当に変わったわね。サーシャ」


「……うん」


 アリシアが神妙な声で呟き、ルカがこくんと首肯する。

 正直なところ、とても大きな差をつけられたことは否めない。

 けれど、


「ルカ。私たちも続くわよ」


「う、うん。ユーリィちゃんにも、アリシアお姉ちゃんにも負けないから」


 コクコク、と首を動かすルカ。

 今や、彼女たちにとって、現時点での差は敗北でも何でもない。

 現時点で何馬身離されようとも、最終的に同じステージに立つのだから。

 勝敗があるとしたら、その後に誰が正妻になるかである。


「まあ、とりあえず、サーシャは今、かなり浮かれているから少し説教しましょう」


「う、うん。ちゃんと、私たちのフォローもして欲しい」


 出遅れていることなど何のその。

 アリシアたちは、静かに戦術を練るのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ