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【第18部まで完結】クライン工房へようこそ!  作者: 雨宮ソウスケ
第15部 『女神たちの闘祭』②

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第八章 二人の未来⑧

 その大歓声は、VIPルームにもよく響いていた。

 興奮した面持ちのレナが、パチパチパチッと拍手をする音もよく響く。

 ラゴウは、視線を伏せていた。

 そして、ゴドーはしばしの間、沈黙していたが、


「……よく頑張ったな。シェーラ君」


 静かな声で彼女の奮闘を讃えた。


「見事な戦いだった。だが、サーシャちゃんの方がより最後まで足掻いていたか」


「……確かにな」


 アッシュが呟く。


「最後まで、サーシャは考え続けていた。自分に何が出来るのか、相手の闘技は一体どんなものなのか。諦めずに、ずっと考え続けていた」


 それはとても誇らしく。何より嬉しく思う。

 サーシャは弟子として、(アッシュ)の教えを信じ抜いてくれたのだ。

 あそこまで素直な子はいないだろう。


「まあ、勝負は、俺の可愛い弟子の勝ちってことだな」


「……ぬう」


 その事に関しては、ゴドーも渋面を浮かべる。

 アッシュは「はん」と鼻を鳴らすと、おもむろに立ち上がった。


「これで用は終わったな。行こうぜ。レナ」


「あ、うん」


 アッシュにつられて、拍手を止めてレナも立ち上がった。

 ゴドーは未だ仏頂面だ。

 アッシュは、ソファから少しだけ離れたところで、ゴドーの顔を見やり、


「……おっと。そういや一番大事な俺の用件がまだだったぜ」


 そう呟いた。同時に、ポンとレナの背中を押し出した。


「アッシュ?」


 レナが、少し前に出て振り向いた瞬間だった。

 ――ズドンッッ!


「……え?」


 大きく目を瞠る。

 いきなりアッシュが、ソファに座るゴドーの横顔を殴りつけたのだ。

 直撃すれば、人が飛んでいくアッシュの剛拳だ。

 それは、ゴドーであっても例外ではない。《黒陽社》の長は勢いよく吹き飛ばされて、ワインバーにまで叩きつけられた。


「――貴様ッ!」


 それに顔色を変えたのは、ラゴウだった。

 懐から、儀礼剣を抜き放つ。

 アッシュは、静かな眼差しでラゴウを見据えた。

 レナも表情を険しくして、短剣を抜く。と、


「……ああ~、待て待て」


 ワインバーの中から、ゴドーが立ち上がっていた。

「……つつつ」と呟いて、殴られた頬を指先で撫でている。

 全身には大量のワインを被り、口元から血も流れ落ちている。

 しかし、アッシュの拳を受けても、ゴドーはしっかりとした足取りだった。


「……まったく。いきなり殴るとはな」


「うっせえよ」


 アッシュは「ふん」と呟き、双眸を細めた。


「俺が今回、てめえの誘いに乗ったのは、全部てめえをぶん殴るためだ」


 言って、拳をかざしてゴキンと鳴らす。

 アッシュは、凶悪な眼光でゴドーを睨み据えた。


「よくも、オトを痛めつけてくれたよな。てめえだけは絶対に許さねえ」


 それは、先日のことだった。

 この男は、アッシュの留守中に工房へ訪れて、オトハに重傷を負わせたのだ。

 たまたまその場に出くわしたミランシャとシャルロットが、オトハを助けてくれたが、彼女たちのタイミングが少しでも遅かったらと思うと、今でもゾッとする。

 敗北したオトハは攫われて、さらに最悪の状況になっていただろう。サクヤと再会してなお、オトハを離したくないと思ったのも、そのことが強い要因となっていた。


 オトハの怪我は、すべてユーリィが直してくれた。

 もう負傷の痕跡もない。


 けれど、オトハを二度目に抱いたあの時。

 アッシュの腕の中で、彼女はほんの少しだけ震えていたのだ。


『……大丈夫。大丈夫だから』


 オトハは微笑み、気丈にもそう告げた。

 そんな彼女の髪を何度も撫でつつも、自分自身にどうしようもなく腹が立った。

 いま、目の前にいる男に、明確な殺意を抱いた。

 この男だけは、断じて許せなかった。


「……ああ。そういうことか」


 ゴドーは、苦笑いを浮かべた。


「こればかりは、反論も出来んか。俺がオトハを傷つけたことは事実だしな。俺とてお前の立場なら同じことをする」


「……主君」


 ラゴウが、ゴドーを守るために前に立つ。


「お下がりを。この男は吾輩が相手をします」


「まあ、待て。ラゴウ」


 ゴドーは、片手で腹心を制して前に出た。


「俺と戦うつもりなら、一緒に決勝戦の観戦などせん。最初から一撃だけ喰らわせるつもりだったのだろう?」


 ゴドーの指摘に、アッシュは「ふん」と鼻を鳴らした。


「正直に言えば、てめえは今すぐ塵にしてやりてえ。だが、てめえと戦うとなると、てめえと一緒に、そこの《九妖星》の野郎も相手する必要がある。そうなってくると、この大会をぶっ壊しかねねえ……」


 それは、サーシャの努力を無にしてしまうことだ。

 それに加えて重要なのは、この場に居合わせてしまったレナのことだ。

 レナの身の安全を考えると、今回出来ることといえば――。


「……ふん」


 ゴドーは頬を擦り、鼻を鳴らした。


「オトハを傷つけたことは詫びよう。この一撃も甘んじて受け入れてやろう。もうオトハは傷つけんよ。次はベッドの上で可愛がって俺の女にすることにしよう」


「……まだ殴られ足んねえのか? てめえはよ」


 アッシュの両眼が、剣呑さを帯びる。

 レナが短剣を逆手に構えて、ラゴウが再びゴドーの前に出る。

 アッシュは、一歩前に踏み出した――が、


「……アッシュ。やるのか?」


 その時、レナが問いかける。

 その声は劇的だった。アッシュはピタリと足を止めて、


「……………いや」


 長い、長い沈黙の後、大きく息を吐いて、思い留まった。

 この男と戦うと被害は甚大だ。時期と状況を見極めなければいけない。

 守るべき者(レナ)の声を聞いて、改めてそれを思い出した。


「……今日はここまでだ」


 アッシュは、背中を向ける。

 一見すると、完全に無防備な背中だった。

 しかし、その全身から湧き上がる怒気に、ラゴウであっても踏み込めなかった。

 アッシュは、レナの傍にまで寄ると、彼女の肩をポンと叩いた。

 レナは、こくんと頷いて、エレベーターに向かうアッシュの後に続いた。


「……いいか。よく聞け」


 アッシュは、一瞬だけゴドーの方に振り向いた。


「二度とオトに手出しはさせねえ。俺の女に触れさせねえからな」


 一拍おいて、


「次は塵にしてやる。楽しみにして待っていろ」


 そう告げて、アッシュはレナと共に、エレベーターを乗り込んだ。

 青年と少女の姿は、扉の奥に消えていく。

 VIPルームに残ったのは、ラゴウとゴドーの二人だけになった。


「……申し訳ありません。主君」


 ラゴウが頭を垂れる。


「吾輩がついていながら、主君にお怪我を負わせるとは……」


「……まあ、気にするな」


 ゴドーは、軽く口角を崩した。


「本気で牙を剥くあの男相手に、無傷で済むと思うほど、俺も自惚れていない。この程度の怪我は想定内だ」


「……本当に申し訳ない」


 ラゴウは眉をしかめて、舞台に目をやった。


「主君をお守りしきれなかったこともですが、シェーラ=フォクスについてもです」


 今の騒動の間に、選手たちはすでに控室に戻ったようだ。

 舞台には、すでに鎧機兵の姿もなく無人だったが、観客たちの興奮は全く冷めやらぬようで、大歓声と喝采は今も鳴り響いていた。

 ラゴウは、小さく息を吐いた。


「あの娘は本当によくやりました。彼女の敗北は、偏に吾輩の指導力不足です」


「……いや、それもお前の責任ではないと思うのだが」


 やはり生真面目すぎる《金妖星》に、ゴドーは苦笑を浮かべるだけだった。


「……主君」


 ラゴウは、主君に進言する。


「彼女の様子を見てこようと思います。決勝戦は明らかに限界を超えていました。あれでは相当重い症状が発症していると思われますので」


 生真面目な男は、弟子の心配もしていた。

 ゴドーは、ますます苦笑を深めた。


「いや。それには及ばんさ」


「……それは」


「無論、シェーラ君のことを心配していない訳ではない。ただ、俺やお前が行くのは、野暮と言うものだ」


「……野暮、ですか?」


 ラゴウは眉根を寄せた。

 すると、ゴドーは大仰に肩を竦めて。


「俺は、アランという男をよく知っている」


 そして、ニヤリと笑った。


「俺たちが気をもまずとも、シェーラ君は救われているさ」

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