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【第18部まで完結】クライン工房へようこそ!  作者: 雨宮ソウスケ
第15部 『女神たちの闘祭』②

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第八章 二人の未来②

 沈黙が続く。


(……こいつはまた、ヤべえ奴だな)


 歴戦の傭兵。

 オズニア大陸において序列八位に数えられるレナは、緊張していた。

 短剣の柄を強く握りしめる。

 唐突に現れた黒い男。

 一体、何者かは分からない。

 だが、恐ろしく強い。途方もなく危険なことだけは分かった。

 それは、隣に立つアッシュの様子からも一目瞭然だった。


(……アッシュ)


 ちらり、と青年の横顔を一瞥する。

 彼の表情は、特に緊張している様子ではない。

 しかし、放つ圧が生半可ではなかった。

 クライン工房で再会した時には見せなかった圧。

 凄まじいほどの存在感だ。

 これが、戦士としてのアッシュの圧力(オーラ)なのだろう。


(……ここまでとんでもなかったのかよ)


 内心では少し慄いた。

 昨日の大乱闘など全く当てにならない。

 正直、ここまでとは思わなかった。


(マジで固有種みたいなプレッシャーだな)


 少し喉が鳴る。

 さっきまで自分は、固有種の魔獣と変わらない男の腕の中にいたのだなと理解する。

 けれど、逆説的に言えば、そんな怪物じみた男が、レナのことは傷つけないように、とても優しく抱きしめてくれていた訳だ。

 そう思うと、少しだけ口元が綻んでくる。


(うわあ、なんか、すっごく嬉しいぞ)


 やっぱり、アッシュ――トウヤは、今も昔も変わらず優しい。

 今夜には、もっと顕著にそう思うかもしれない。

 なにせ、文字通り、最も無防備な姿で、彼の腕の中に納まることになるのだ。


(……うわわ)


 思わず耳が赤くなる。

 それを考えると、本当にドキドキしてくる。


(こうなってくると、オトハやサクの実体験がマジで気になってきた。初めての時はどんなんだったんだろ? 今夜、オレ、大丈夫かな……って)


 そこで、レナは微かに顔を振って、表情を引き締め直した。


(今夜のことは一旦忘れねえと。今は関係ねえことだ。それよりも今は……)


 戦士として思考を完全に切り替える。

 重要なのは、アッシュが今、全開で威圧していることだった。

 ――そう。この目の前にいる男に対して。


(『キンヨウセイ』とか言ってたな。何者なんだ?)


 レナは双眸を鋭くする。と、


「……《金妖星》か」


 おもむろに、アッシュが口を開いた。


「お前とは初めて遭うな。しかしよ」


 そこで、口元に皮肉気な笑みが刻まれる。


「その名前には聞き覚えがあんな。確か、うちの弟が言ってたぞ」


「ほう。そうか」


 男も口を開く。


「少年が、吾輩のことを告げていたか」


 そう呟く男の顔は、少しだけ嬉しそうだった。

「ああ」アッシュが頷く。


「何でも、うちの弟に二つ名を贈ってくれたそうだな」


「あの少年に、相応しい名を贈っただけだ」


 男は淡々と答える。

 レナは眉根を寄せた。


(アッシュの弟? コウタのことか?)


 この国にいるとは聞いていたが、レナはまだコウタとは再会していなかった。

 なので、記憶の中の幼い少年のことを思い浮かべるが、どうも、この刃のような男とイメージが繋がらない。


「……こいつ、コウタの知り合いなのか?」


 その疑問を口にすると、


「ああ、そうだ」


 男が、視線をレナに向けて答えた。


「あの少年とは少々因縁がある。だが、今は関係のない話だな」


 ラゴウと名乗った男は、再びアッシュに目をやった。


「今回、用があるのはヌシの方だ。《双金葬守》」


「へえ」


 アッシュは双眸を細めた。


「俺にか? 何の用だ?」


「用があるのは我が主君だ。《双金葬守》よ」


 一拍おいて、男は告げる。


「ヌシを招待したい。我が主君の元にな」


「……は?」


 アッシュは眉をしかめた。


「お前、《九妖星》なんだよな? なら主君ってのは、あのおっさんか?」


「ああ」ラゴウは頷く。


「ヌシの思い浮かべる人物だ。主君は、決勝戦をヌシと観戦したいと仰っている」


「……………は?」


 アッシュは、ますます眉をしかめた。


「なんで俺があのおっさんと一緒に観戦しなきゃならねえんだよ」


「吾輩もそう思う。しかし、我が主君は基本的に思いつきで動くのだ」


 そう言って、男は小さく嘆息した。

 どうにも、かなり苦労していることがよく分かる仕草だった。

 この初めて遭う《九妖星》は、ボルドと同じタイプなのかもしれない。


「……なあ、アッシュ」


 と、その時、レナが話に割り込んでくる。


「話が全然見えねえぞ。こいつは結局、何者なんだ?」


「……こいつは」


 アッシュが少し躊躇いながら口を開こうとすると、


「……ふむ」


 おもむろに、ラゴウがあごに手をやった。その視線はレナの方に向いている。


「その娘は選手の一人だな。確か、名はレナだったな。昨日の騒動では、ヌシの女の一人という話だったか」


「おい。待て。その認識は……」


 アッシュが渋面を浮かべて、ツッコもうとした時だ。


「丁度よいな」


 ラゴウが呟く。


「主君は、あの部屋には花がないと嘆いておられた。《双金葬守》を招いても、それは変わらぬ。ならば、その娘を招くのも悪くないだろう」


「おい。てめえ」


 アッシュは眉間にしわを刻んだ。


「勝手に話を進めんな。つうか」


 一拍おいて、


「取ってつけたようなことを言ってんじゃねえよ。レナがここにいた時点で、てめえにとっては予定外だったんだろ。ここで俺だけ誘って、残ったレナに、オトやミランシャにこのことを伝えられることが面倒なだけだろ」


「まあな」


 ラゴウは肩を竦めて、あっさり認めた。


「《天架麗人》も《蒼天公女》も厄介だが、何より《黄金死姫》に知られるのが最も厄介だ。彼女に対人戦で勝てる者などいないからな。さて」


 一拍おいて、ラゴウは問う。


「どうだ? その娘も招待したいのだが?」


「………………」


 アッシュは沈黙した。

 あの男――《黒陽社》の長からの誘い。

 どうしてこのタイミングなのか。

 一体、何を企んでいるのか。

 疑問は幾つもあるが、この誘い自体は悪くない。

 そもそも、あの男には一度会いたいと思っていたところだ。

 しかし、レナを巻き込むことは――。

 アッシュは、レナの方に顔を向けた。


 レナは頷く。

 状況は分からないが、アッシュに判断を委ねてくれたようだ。


(出来れば、オトたちに連絡はしてえェが、ここでレナと別れんのも危険か……)


 レナの実力は相当なものだ。

 だが、それでも《九妖星》の相手をするには、かなり厳しいだろう。

 もし、ここで別れた時、どこかにもう一人《九妖星》――例えば、ボルドが潜んでいた場合、レナであっても囚われる危険性がある。


(……《九妖星》は今、この国に数人いるみてえだしな)


 アッシュは渋面を浮かべた。

 ここは仕方がない。レナを一人にすることは出来なかった。


「……ああ。分かったよ」


 アッシュは、レナの肩をグッと掴んで少し引き寄せた。


「ア、アッシュ?」


「折角の招待だ。乗ってやるよ。お望み通り、レナも連れていく」


 少し皮肉気に笑う。


「確かに、俺とおっさんとてめえだけじゃあ、花なんてねえしな」


「……感謝する」


 ラゴウも、皮肉気な笑みを見せた。


「では、案内しよう。我が主君の元に」


「おう。ああ、けど、その前に一つだけ言っておくぜ」


「……? 何だ?」


 眉をひそめるラゴウに、アッシュは「ふん」と鼻を鳴らした。

 そして、左腕でレナの腰を掴んで、再び強く抱き寄せた。


「え? お、おい、アッ……ひゃあ!」


 レナは目を見開いた。

 いきなり、アッシュの胸板に頭を押しつけられたのだ。

 唐突すぎる抱擁に、流石に顔が赤くなる。

 ましてや、自分が普通の女であることを自覚し、そして本番が怖いものだと思い始めていた矢先である。

 鼓動が、否が応でも跳ね上がった。

 一方、アッシュは、


「よく聞きな」


 真っ赤な顔のレナをしっかりと腕に納めて、ラゴウに告げた。


「てめえの言う通り、こいつは俺の女だ。少しでも手を出した時は覚悟しろ。速攻で塵にしてやるから憶えときな」

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