第七章 極光の意志①
「……お見事であります」
青門の選手控室。
シェーラ=フォクスは、ポツリと呟いた。
彼女の視線は、モニターに向けられていた。
そこには、観客席に手を振るサーシャ=フラムの姿があった。
シェーラにとっては、未来の義娘である。
(まさか、叔父さまのご息女が決勝の相手だなんて)
正直、この展開は予想していなかった。
優勝候補と言ってもよかった、あのレナ選手を降すとは……。
(流石は、叔父さまのご息女。不屈の闘志はそっくりであります)
ともあれ、最後に立ちはだかるのは娘だということだ。
運命とは、皮肉なものである。
(ですが、これは良い機会かもしれません)
シェーラは、静かに目を閉じた。
義娘に認められてこそ、真の義母と言えよう。
ここで、未来の義娘の信頼と尊敬を得るのは良いことだった。
だが、その前に――。
「……まずは、シェーラも彼女と同じ舞台に立たねば話になりません」
未来の義娘は、見事に成し遂げた。
ならば、義母が続かなくてどうするのか。
シェーラは面持ちを改めた。
すると、
――コンコンと、控室のドアがノックされた。
「失礼します。フォクス選手」
おもむろに控室のドアが開いて、女性スタッフが入室してくる。
「そろそろ出場のお時間です」
「分かりました」
シェーラは力強く頷いた。
「では、ご武運を」
女性スタッフが、恭しく頭を下げてそう告げる。
シェーラは再び頷くと、開かれたドアをくぐった。
これから行うのは、準決勝・第二試合。
そこに立ちはだかるのは、まごう事なき、最強の騎士だ。
勝ち目はほとんどない。
だが、それでも――。
(シェーラは負けられないのです)
コツコツ、と入場門へと続く煉瓦造りの廊下を歩く。
ロクに闘技も知らなかった自分を、ここまで鍛え上げてくれた師。
昨夜、素晴らしい贈り物をしてくれたゴドー叔父さま。
困難を成し遂げて、決勝で待つ未来の義娘。
何よりも、愛するアラン叔父さまのため。
負けることは、出来なかった。
「シェーラは、勝ちます」
小さくそう呟き、シェーラは門をくぐるのだった。
(……シェーラ)
その様子を、アラン=フラムは観客席から見つめていた。
自席に着き、指を組んで愛弟子を見やる。
青門の前に立つシェーラ。
あまり表情を変えないため、周囲には不愛想だと思われがちの娘だが、緊張していることは、師であるアランにはよく分かった。
――準決勝・第一試合。
アランの愛娘は、見事に勝利と掴み取った。
それも、明らかな格上相手にだ。
愛娘の奮闘に、アランは大いに喜んだものだった。
しかし、その興奮から一転、次は愛弟子の試合である。
しかも彼女の相手もまた格上だった。
アランは、視線を赤門に向けた。
門の前に立つのは、真紅の操手衣を着た赤い髪の女性。
腰に片手を当てて、不敵な笑みを見せる美女である。
――ミランシャ=ハウル。
騎士の大国、グレイシア皇国の上級騎士である女性だ。
その実力は圧倒的だ。仮にアランが挑めば瞬殺されるかもしれない。
そんな人物が、愛弟子の対戦相手なのである。
(……シェーラ)
アランは再びシェーラを見やり、渋面を浮かべた。
出来ることならば、勝って欲しい。
愛娘と愛弟子が、決勝に臨む。
実に喜ばしいことだ。
だが、シェーラの苦戦は免れないだろう。
そうなってくると、
(シェーラ、怪我だけはするなよ)
祈るように思う。
勝利よりも、どうしてもそれを先に祈ってしまう。
(無茶だけはするんじゃないぞ。お前の無事こそが一番大事なんだからな)
心の中でそう思いつつ、アランは改めてシェーラに視線を向けた。
シェーラは真剣な表情で、ミランシャを見据えていた。
そんな彼女を、まじまじと見つめる。
しかし、それにしても……。
(シェーラは本当に綺麗になったな)
懐かしむように目を細める。
幼い頃は、どちらかといえば痩せすぎな子だった。
今でもスレンダーな娘ではあるが、年齢相応に成長したと思う。
顔立ちは凄く綺麗になったし、何より、あの紫色の操手衣が際立たせる、腰つきや脚のラインは、とても女性らしくて艶めかしく――。
(……おいおい)
おもむろに、アランは自分の額を手で打った。
思わず、眉をしかめた。
――全く、何を考えているのやら。
愛弟子を邪な目で見る自分に呆れ果ててしまう。
しかし、こんなことは初めてだった。
今まであの子をこんな目で見たことはないというのに。
(なんでまた急に?)
疑問を抱く。シェーラを見ると、ついその美しさに目を奪われてしまう。
もしや、これは、あの操手衣とやらの影響なのだろうか。
正直に言って、あの服はアランの目から見てもエロすぎる。シェーラのみならず、愛娘まで身に着けている事実にも、ハラハラするぐらいである。
いや、そう言えば、ゴドーが前日、選手の中で誰が好みかなど聞いていた。
むしろ、そちらの方に影響されたのかも知れない。
「……あいつと悪ノリすると、どうも調子が狂うからな」
小さく嘆息する。
同時に深く反省もした。
これから戦うシェーラに対して、あまりにも失礼な行為だった。
「ええい! しっかりしろ、俺」
パンッと両手で頬を叩く。
と、そうこうしている内に、シェーラたちは互いの愛機を召喚した。
アランもよく知る《パルティーナ》と、白い騎士型の鎧機兵だ。
二人と二機を紹介する司会者の口上が響く。
会場が「「「おおおおおおおおおおおおおおおッ!」」」と沸いた。
アランも、真剣な顔で舞台を見据えた。
シェーラの《パルティーナ》が、長尺刀を身構えた。
対する白い鎧機兵も、盾と長剣を構える。
一触即発。
二機は、静かに対峙していた。
「――シェーラ!」
アランは、立ち上がった。
そして両手を口元に当てて、大声で叫んだ。
「頑張れ! 頑張るんだ、シェーラ!」




