第六章 激戦の準決勝⑥
「珍しいね」
観客席。
キャスリンが呟く。
「レナが相手の誘いに乗るなんて」
ああ見えても、レナは傭兵団を率いる団長だ。
考えなしのように見えて、実際のところはかなり慎重な人物なのである。
そんなレナが確実性を捨てて、相手の誘いに乗るとは――。
「ここは、仕方が、あるまい」
腕を組んでそう呟くのは、ホークスだった。
彼はキャスリンの隣に座っていた。なお、ホークスの左隣には、頬の片方を盛大に膨れ上がらせたダインの姿もある。
「この後には、決勝。それに勝てば、店主殿との、決闘も、控えているのだ」
「……う~ん、確かにね」
両足をぶらぶらと揺らして、キャスリンは相槌を打つ。
「これから戦う相手に、手の内は見せたくないか」
レナの戦闘方法は、その真っ直ぐな性格とは真逆で虚実を用いたものだった。
相手を翻弄する舞いに、《砕塵拳》のような搦め手。
剛直な拳の裏に潜めた、虚構の拳。
虚実の千手。それが《鉄拳姫》レナの戦闘方法だった。
「団長の、戦闘法は、初見であるほど、効果的だ。しかし」
ホークスが言う。
「裏を返せば、手の内を知られるほど、効果は半減する。癖も見抜かれるかも、知れん。同格、格上が控える以上、あの少女相手に、時間はかけられない、ということだな」
「……レナさんは」
その時、ブスッとした表情で、ダインが口を開いた。
「本気であの化けモンと戦うんすか?」
「うん。この大会で優勝したらね」
キャスリンが、前のめりに覗き込んでダインに告げる。
ダインは、相変わらずの仏頂面で、
「無理っすよ」
そう呟く。
「あいつはガチの化けモンす。レナさんでも絶対に無理っす。あれは固有種が擬人化したかのような奴っす」
「……まあ、昨日の、惨状を見ればな」
深く落ち込むダインを一瞥しつつ、ホークスが苦笑いを浮かべた。
レナに心酔するダインでさえ、この様子だ。
昨日の戦闘は、ホークスやキャスリンにとっても衝撃的だった。
「正直、休暇のつもりで、来た国で……あんな怪物と出会うとはな」
「そう思うと、レナって引きが強いよね」
キャスリンも、苦笑を浮かべた。
「しかも、あの子が何年も想い続けた相手だし」
言って、《レッドブロウⅢ》に目をやる。
「勝ち目はなくとも退けないか」
こうなれば、ダインには悪いが、レナには想いを遂げて欲しい。
親友が長年の想い人と結ばれるのも、とても嬉しいことだが、傭兵団 《フィスト》としてもあれほどの戦力を加入できるのならば、喜ばしいこと、この上ない。
ただ、問題は、レナがアッシュとの決闘に負けた場合だ。
その場合は、レナが傭兵を引退する恐れがある。
(う~ん……)
キャスリンは、あごに指先を当てて頭を悩ませた。
それだけは、本当に困る。
レナは《フィスト》の要。団長なのだから。
(その時は……仕方がないか)
その際には、レナに夜戦に持ち込んでもらうしかないだろう。
あの青年をレナに夢中にさせて、傭兵になるよう心変わりしてもらうしかない。
あの豊かなおっぱいや、知識だけは豊富なレナの腕の見せどころである。
(一応、ぼくの経験も交えて、その手のアドバイスもしとくか。けど、あの子って本当に知識だけっぽいし、大丈夫かなあ……)
キャスリンは、糸のように目を細めて、両腕を組んで唸った。
レナの夜戦能力は未知数だ。
あけすけで豪胆なレナだが、いざ実戦となると、案外、知識など全部吹き飛んで少女並みに初心になってしまうかもしれない。
ちらりと、隣のホークスを見やり、自分の最初の夜を思い出して唸ってしまう。
自分の時も、そんな感じだったことを思い出す。
(本当に大丈夫かなあ)
キャスリンは、ますます不安になった。
結局のところ、レナはまだ初めてなのだ。
それに対し、相手はすでに二人の美女を落とし、その上、多くの美女、美少女に想いを寄せられているハーレムの王である。逆に陥落されてしまう可能性の方が高そうだ。
夜戦に持ち込むのは、やはり最後の手段と考えるべきだった。
(やっぱり、ベストはレナが決闘に勝つことだよね)
キャスリンは、「うん」と頷いた。
そうして、両手を口元に添えて叫んだ。
「レナ! 頑張れ!」
◆
空気が、シンとする。
舞台は、静寂に包まれていた。
――《ホルン》と《レッドブロウⅢ》。
純白と真紅の二機は、十数セージルの間合いで対峙していた。
二機とも、ピクリとも動かない。
その緊迫に、観客席も、自然と声を上げなくなった。
闘技場全体が沈黙に包まれるのに、時間はかからなかった。
そして――。
――ガガガガガガガガッッ!
突如、《レッドブロウⅢ》の両足の車輪が土煙を上げた!
同時に、真紅の機体が静から動へと一気に加速する!
かつてない速度で向かう先は、刺突の構えを取る《ホルン》の元だ。
白い鎧機兵は、微動だにしない。
そうして、
『――ふッ!』
加速する《レッドブロウⅢ》の動きを読んで、《ホルン》が刺突を繰り出した!
しかし、《レッドブロウⅢ》は動じない。
(甘いぜ! サーシャ!)
レナが不敵に笑う。グッと操縦棍を握りしめ、大きな胸もぶるんと揺らして急減速、長剣の切っ先をかわして間合いに入った。
(このスピードに合わせてくんのは大したもんだ。けどよ!)
《レッドブロウⅢ》が拳を突き出してくる。
まだ拳が届く距離ではない。けれど、レナは必勝を確信していた。
突き出した右の拳。その手甲の周辺に《砕塵拳》を纏わせる。
だが、それを叩きつけたりはしない。拳の前に礫を収束させるのだ。
不可視の礫は、恒力の塊と化す。
――《黄道法》の構築系闘技。《螺壊拳》。
腕のリーチを伸ばす虚拳だった。レナが得意とする裏技の一つなのだが、剛直の拳に上乗せしたその威力は相当なものである。
胸部装甲に叩きつければ、装甲を打ち破る自信もある。しかしながら、当然、レナにサーシャを殺すつもりなど一切ないので、狙うのは《ホルン》の頭部だった。
渾身の刺突を繰り出した《ホルン》に迎撃の術はない。
(もらったぜ! サーシャ!)
レナが双眸を細めた、その瞬間だった。
『な、なにっ!?』
レナは目を剥いた。
突如、繰り出した拳が《螺壊拳》ごと押し戻されたのだ。
――いや、拳だけではない。機体全体が浮き上がったのである。
レナは瞬時に状況を察した。
(不可視の防御壁ッ! こんな威力も出せたのか!)
レナは舌打ちした。
精々拳を押し留める程度と思っていたが、想像以上の高威力も可能だったらしい。
だが、それならそれで仕切り直しだ。
レナは愛機を後方に退避させようとした――が、
(――なッ!)
再び大きく目を見開いた。
《ホルン》の右掌が《レッドブロウⅢ》の右肘の下に添えられていたのだ。
つまり、つい先程まで長剣を持っていたはずの手だ。
その上、左手で《レッドブロウⅢ》の右手首を掴んでいる。
(この状況で剣を自分で捨てたのかよ!)
流石に驚きを隠せない。
状況においては、無手で挑む方が勝機を呼ぶこともある。
しかし、武器を手放すことは、とても勇気がいることだ。歴戦の傭兵であっても手放すことをわずかに躊躇うものである。
それを、まだ学生の身で行うとは――。
(――くそッ!)
レナは表情を険しくして、《ホルン》の腕を振り払おうとした。
互いの機体の膂力差から、それは可能だったはずだった。
レナが、後一秒だけ早く動いていれば。
『逃がしません!』
サーシャが叫ぶ!
直後、衝撃が《レッドブロウⅢ》を揺らした。
右肘に《雷掌》を打ち込まれたのだ。
強い衝撃。だが、《レッドブロウⅢ》は、激戦を幾度も繰り返して鍛え上げられた頑強な機体だ。破壊にまでは至らない。
しかし、わずかに上半身が浮いた。
その一瞬の隙に《ホルン》は身を屈めて反転。《レッドブロウⅢ》の懐に潜り込んだ。
そして《レッドブロウⅢ》の右腕を両腕で掴み、
『――やあっ!』
愛らしい声と共に響く雷音。
《ホルン》が《レッドブロウⅢ》を抱えて《雷歩》を使ったのだ。
二機は上空へと跳ぶ。
とはいえ、二機分の重さ。流石に跳躍は五セージルにも及ばなかった。
けれど、それだけで充分だった。
《ホルン》は上空で《レッドブロウⅢ》の右腕を全身で引いた。
ぐるりと回転。《レッドブロウⅢ》の背中が地面に向く。
そうして――。
――ズゥズンッッ!
二機は重なるように地面に落下した。
もちろん、下にいるのは《レッドブロウⅢ》の方だ。
「「「おおおおおおおおおッ!」」」
観客たちが立ち上がり、固唾を呑んで舞台に注目した。
ややあって声が響いた。
『ああ、くそ。やってくれたな』
『……ふふ』
少女の声が響く。
『レナさんが誘いに乗ってくれたおかげです。こう見えても投げ技は得意なんですよ』
『それでも普通、鎧機兵を投げようと思うか?』
そう告げる声には、呆れるような感情と感嘆の想いが込められていた。
舞台の中央。そこには仰向けで横たわる《レッドブロウⅢ》の頭部に、中指と小指がもげた右掌を添える《ホルン》の姿があった。
『私の勝ちですよね。レナさん』
『おう。お前の勝ちだ。サーシャ』
そんなやり取りをする彼女たちに、
『決着! 決着がつきました! 勝者はサーシャ=フラム選手です!』
司会者が声を張り上げた。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッッ!」」」
観客たちが、大歓声を上げた。
そんな中、二人は語り合う。
『けどよ、オレはまだアッシュを諦めた訳じゃねえぜ』
『それは当然ですよね』
プシュウ、と。
《ホルン》が胸部装甲を開けた。
中から、銀色の髪を、額に汗で張り付かせたサーシャが姿を現す。
彼女はにこやかな笑みを《レッドブロウⅢ》――レナに向けた。
「私がレナさんの立場だったら、これぐらいで諦めたりしませんし。けど、これだけは言わせてもらいます」
サーシャは、唇に指先を当てて微笑んだ。
「三人目は私ですから。そこは誰にも譲りません」
『……むう』
レナは、愛機の操縦席内で呻いた。
だが、すぐに二パッと笑い、
『しゃあねえな。勝者の権利だ。そんじゃあ、オレは四人目でいいよ』
そんなことを告げるのであった。
準決勝・第一試合。
勝者。サーシャ=フラム。
そして――。
「なるほどね」
赤門の選手控室にて。
ミランシャ=ハウルは、双眸を細めて笑っていた。
「あのレナを降すなんてね。やるじゃない。サーシャちゃん」
正直、決勝に来るのはレナだと思っていた。
それが、まさかの大番狂わせだ。
「大した底力だわ。流石はアシュ君の愛弟子よね」
出来ることなら、彼女の大金星を共に祝ってやりたい。
しかし、今回はそうもいかなかった。
「さてと」
ミランシャはパンと両頬を叩き、気合いを入れた。
燃えるような真紅の髪を揺らして、戦場へと向かう。
そうして、
「次は、アタシの番ね」
不敵に笑って、そう告げるのであった。




