第六章 激戦の準決勝②
「ん。いよいよ本番ってやつだな。相棒」
愛機・《レッドブロウⅢ》の操縦の中で、レナは呟く。
グッ、パッと指を動かして、操縦棍を握りしめた。
元々、今回の大会には、サーシャと戦うために参加したのだ。
言わば、この試合こそが本番だった。
「まあ、ここまでは多分問題ねえんだけどな」
言って、胸部装甲の内面に映った外の映像に目をやった。
そこには、純白の鎧機兵の姿があった。
サーシャの愛機・《ホルン》だ。これから戦う相手である。
白い鎧機兵は、長剣の切っ先をこちらに向けていた。
レナは、双眸を細めた。
(サーシャは確かに強えェ。基本に忠実な良い戦士だ)
しかし、レナから見れば、まだまだ発展途上中とも言える。
将来性は、間違いなくあるだろう。
実戦経験を積むほどに、きっと強くなっていく。
そのことは確信しているが、それはあくまで将来での話だった。
今の段階では、まだサーシャは、レナの敵ではない。
操手としての力量も、相棒の性能においても、レナの方が数段優れている。
仮に百回戦えば、九十九回は、確実に勝てる相手だろう。
(問題は、アッシュの方だよな)
奇しくも知ってしまったアッシュの今の実力。
あれは、完全に想定外だった。
力の底が知れない。確実に自分よりも強いと肌で感じた。
(引退して職人しているアッシュが、あそこまで強いなんて思わなかったな)
流石は、自分が惚れた男だと誇らしくは思う。男どもの群れを薙ぎ払っていくアッシュの姿には、戦場でも感じたことのないような高揚感を覚えたものだ。
正直に言って、興行が終わった後も、ずっとキュンキュンしていた。夜になっても、あまりに気持ちがムズムズするので、キャスリンに相談してみたら、
『ええっと、その、自分で解消するとか……』
『……それって、どうやってするんだ?』
『え? レナ? もしかして知らないの? その、やったことないの?』
『いや、キャスの言ってることは分かるんだけど、オレの故郷って、自分でそういうのを覚える前に処女を捨ててるケースが多くて、概ね初めての男から教わるんだよ』
『……君の故郷って何なんだよ……』
そう呟いて、キャスリンは、顔色を青ざめさせていた。
結局、キャスリンには、凄く困った顔で『それなら、今日は我慢しなよ。その、早くアッシュ君に愛されるんだよ?』と言うだけだった。
ムズムズ問題は解決しなかったが、一晩経ったら、気分は落ち着いていた。
とりあえず、今は体調も万全だ。
しかし、それとは別に、やはり悩んでしまう。
なにせ、アッシュとは、将来を賭けて、この大会の後に決闘をする予定なのだ。
そのアッシュが、自分よりも強いとは思ってもいなかったのである。
(あの戦いは、マジでとんでもなかったからな)
さしものレナも眉をひそめた。
あの実力だ。苦戦することは避けられない。
いや、苦戦どころの話ではない。
正直なところ、レナの戦闘経験をもってしても、勝ち筋が見えなかった。
正面から戦えば、恐らく勝機はない。
ただ、それでも負けるつもりだけはなかった。
自分より強い相手と戦うことなど、傭兵ならばよくある話だ。
レナ自身も格上とは戦ったことがある。
苦戦はしたが、その際も勝利をもぎ取ってみせた。
要は、いかにして相手を出し抜くか。それこそが肝要なのだ。
昨夜の夕食時も、仲間たちと対策を練ったものだ。
『……正直、店主殿の実力は、第一位と比べても、遜色、ないぞ』
『……うん。確かにえげつなかったよ』
神妙な声のホークスに、引きつった顔のキャスリン。
重苦しい雰囲気に、酒もあまり進まなかった。
『けど、最強はいても無敵はいねえからな。きっと手はあるさ』
レナが樽を片手に言う。
『アッシュにだって弱点はあるだろうしな。けど』
そこで、レナはキョロキョロと周囲を見渡した。
『ところでダインの奴は? 直接戦ったあいつの意見も聞きてえんだが』
『いや。それはやめてあげて』
と、キャスリンが引きつった顔でツッコミを入れていた。
結局、昨日は、具体的な対策はまとまらなかった。
(アッシュ戦については、今夜もまたキャスたちに相談して、戦術を練るか)
と、前向きに考える。
ともあれ、今は目の前の敵に集中すべきだった。
(油断して足元をすくわれるのは、オレにも言えることだしな)
ここで負けてしまっては意味がない。
百回に一度の敗北が、ここに来る可能性は充分にあり得るのだ。
まずは確実に優勝すること。話はそれからだった。
『青き門より現れるは、四英雄の一人にして救国の聖女の愛娘! 駆る鎧機兵は純白の守護神 《ホルン》! 恒力値は三千五百ジン! だが、それがどうした! 自分より強い者などすべて倒してきた! 我こそは流れ星メェ―――トッ!!』
司会者の口上と、観客の大歓声が耳に届く。
それに呼応するように、白い鎧機兵は竜尾を揺らして、長剣を薙いだ。
勇ましい覇気を、その動作から感じ取る。
「ははっ、やる気は充分みてえだな。サーシャ」
レナは、不敵に笑う。
『そして赤き門より現れるは――』
司会者の口上は続く。
『異国よりの来訪者! 可憐にして苛烈なる戦場の姫君! 駆る鎧機兵は千手の武神 《レッドブロウⅢ》! その恒力値は、驚くべき二万三千ジン! 本大会における堂々の第一位だ! 千の拳で粉砕せよ! 麗しきレナ――――ッッ!』
その口上に合わせて、レナは、愛機の両の拳を胸元で、ガンガンと叩きつけた。
観客たちは、大いに盛り上がった。
「さて。そんじゃあサーシャ」
レナは、不敵な笑みを浮かべたまま告げる。
「オレたちの決闘を始めようじゃねえか」




