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【第18部まで完結】クライン工房へようこそ!  作者: 雨宮ソウスケ
第15部 『女神たちの闘祭』②

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第二章 そして第二の幕が上がる②

 ――《夜の女神杯ルミナスナイツ・カップ》二日目。


 今日もまた晴天。

 闘技場は、初日以上の盛り上がりを見せていた。

 前大会を遥かに上回る試合レベルの高さ。

 それに加えて、美しい出場選手たちの艶姿(ハンドラースーツ)が話題を呼んだのである。

 闘技場の受付は、チケットのキャンセルがないかと問い合わせる客で溢れていた。


「二席! 第三列の端が空いているよ!」


「今ならビラル金貨一枚! たったそんだけで最前列の席が手に入るよ!」


 いつもなら影に潜んでいる転売屋も、堂々と姿を現している。

 第三騎士団の騎士たちが摘発しようとすると、観客がこっそり邪魔をして、転売屋の逃亡の手助けをするぐらいだ。

 そんな混雑とした中で――。


「…………」


 サーシャは、操手衣(ハンドラースーツ)に着替え終えて待機室にいた。

 片手を抑えるその表情は真剣そのもの。

 琥珀色の眼差しが見つめるのは、室内に設置されたモニターだった。


「……サーシャお姉ちゃん」


 と、声を掛けるのは、同じく操手衣(ハンドラースーツ)を着たルカだった。

 彼女も緊張した様子でモニターに目をやっていた。

 この部屋は赤門専用の待機室。

 この場にいるのは、ベスト8の内の四名だけだ。

 すなわち、ここにいない残り四名はサーシャたちの対戦相手となる。

 蛇足ではあるが、一回戦の敗者たちは別の特別観戦室で見物しているそうだ。

 サーシャは、室内にも目をやった。


 ここには、アリシアも、ミランシャも、レナの姿もない。

 さらに言えば、前回の覇者であるシェーラ=フォクスの姿もなかった。

 代わりに、ほぼ面識のない二人の女性操手がいた。


(ベスト8なら、こうなる可能性はあったけど……)


 サーシャは、グッと肘を抑えて瞳を閉じた。

 ここにアリシアたちがいない時点で分かっていたことだ。

 4分の3という高確率で、彼女たちの誰かとぶつかるということは。

 アリシアたちは、誰もが強敵だった。しかも、仮にそれを避けられたとしても、残っている相手は前回の覇者である。極めて厳しい状況だった。

 言ってしまえば、ほとんどの優勝候補者が片方に偏ったような状況なのである。

 サーシャたちが緊張するのも無理はない。


(……誰に当たっても格上……ううん、ルカだって私よりも強いか。けど……)


 そこで、サーシャは少しだけ口元を綻ばせた。

 そもそも、自分は格下相手と戦った経験がないような気がする。

 一回戦も機体においては明らかに格上だった。

 初めての実戦など、恒力値が十万ジンにも至るような鎧機兵(かいぶつ)だったぐらいだ。


 相手は常に格上。

 それが彼女の戦歴なのである。

 ――そう。自分は決して強くはない。


(私は弱者。カッコつけても仕方がない)


 初心に帰って、サーシャは表情を引き締めた。

 と、その時だった。


「っ! お姉ちゃん!」


 ルカがモニターを指差した。

 サーシャも、視線をそちらに向ける。

 そこには、抽選で決まった対戦表が表示されていた。

 そこに記載されていた名前は――。


「……サーシャお姉ちゃん」


 ルカは心配そうな眼差しでサーシャの横顔を見つめた。

 対し、サーシャは真っ直ぐな瞳で、自分の対戦者の名前を見据えていた。


「……アリシア」


 ポツリ、とその名を呟く。

 静寂が室内に訪れる。


 ――《夜の女神杯ルミナスナイツ・カップ》第二回戦、第一試合。

 アリシア=エイシス、対、サーシャ=フラム。


 運命の悪戯か。

 最も親しい幼馴染同士の対決だった。



       ◆



 一方、静寂が訪れていたのは、赤門の待機室だけではなかった。

 長い沈黙が続く。


(……そう。こう来たのね……)


 青門の待機室にて。

 サーシャたち同様にすでに操手衣(ハンドラースーツ)に着替え終えているアリシアは、静かな眼差しでモニターを見つめていた。

 対戦相手は完全な抽選だ。こうなることは可能性としては大いにあった。


(……サーシャ)


 アリシアは、グッと拳を固めた。

 アリシアの幼馴染であり、親友であり、同じ人を好きになった恋敵でもある。

 紆余曲折の果てに、今や将来を共にすると決めた同志だった。


『アリシア! あそぼっ!』


 幼き日の彼女の姿を思い出す。

 どこに行くにも、彼女はいつも自分の後に付いてきていた。

 紛れもなくアリシアにとって、最も親しい人物だった。


「……いきなりだったわね」


 不意に、ポンと肩を叩かれた。

 振り向くと、そこにはミランシャの姿があった。

 身に纏うのは真紅の操手衣(ハンドラースーツ)

 流石にもう意味がないと思ったのか、仮面は着けていない。


「……ミランシャさん」


「アタシとレナは、無難な相手っぽいわね」


 アリシアの肩に手を置いたまま、モニターを見やる。

 ミランシャとレナの対戦相手は、名前もほとんど知らない相手。

 一回戦を見ていても、組み合わせの妙で勝ち上がった印象のある選手たちだった。


「う~ん、ちょいと残念だぜ」


 と、そこへ緋色の操手衣(ハンドラースーツ)を着たレナがやって来る。

 後頭部に両手を置くレナ。歩くたびに、ゆさりっ、と存在感を大いにアピールする彼女のお胸さまに、ミランシャとアリシアは少しムッとした。


「オレは、出来ればサーシャとルカ。どっちかとは戦ってみたかったんだけどな」


 一方、レナは気にせずにニカっと笑う。


「二人とも光るもんがあるからな。試す機会があんなら試したかったんだ」


「……確かにそうかもね」


 ミランシャは苦笑した。


「あの子たちに光るものがあるのは事実ね。アタシも一度ぐらいは戦ってみたかったわ。けど、それなら――」


 そこで視線を部屋の一角に向ける。


「フォクスさん。あなたはどう思ってるのかしら?」


 一人、両肘に手をやってモニターを見上げていたシェーラに声をかけた。

 彼女の対戦相手はルカだった。


「……そうですね」


 紫色の操手衣(ハンドラースーツ)を纏ったシェーラは、ミランシャを一瞥した。


「王女殿下は、とてもお強いお方です」


 シェーラは鋭い視線で対戦表を見据える。


「不敬ではありますが相手にとって不足はありません。全力を尽くすだけであります」


「……そう」


 ミランシャは目を細めた。


「アリシアちゃん。あなたはどうなの?」


「私もですよ」


 アリシアは笑った。


「昔のサーシャは本当に弱かった。けど、アッシュさんと出会って強くなった」


 サーシャは同じ騎士学校の同級生だ。

 講習でも放課後でも、何度も立ちあっていた。

 サーシャがどれほど強くなっているのか。

 それは誰よりも――それこそ師であるアッシュよりも、自分の方がよく知っていた。

 サーシャは、十傑の称号を持つ自分に迫るほどの相手だ。

 三回生に上がる頃には、十傑の一人になっているかもしれない。


 だが、それでも……。


「対人戦におけるあの子は別格です。けど、鎧機兵戦においてなら、私はサーシャに一度も負けたことはありません」


 アリシアは矜持を以て告げる。


「サーシャは優しい子ですから、詰めが甘いというか、ここぞというところで、うっかりミスをすることも多いですし」


「ははっ、実にサーシャちゃんらしいけど、それって弱点よね」


 ミランシャは苦笑を浮かべた。


「確かにそうですよね」


 アリシアも苦笑いをして見せた。


「けど、今回はご褒美がありますから」


「うん。この大会に優勝したら、アシュ君にお願い事が出来るあれね」


 ミランシャは頬に指先を当てて微笑んだ。

 それに対し、レナが「……むむむ」と唸る。


「それって、元々はオレとサーシャに対してだけの話だったはずだぞ。なんで、お前らにまで適用されてるんだよ」


「いいじゃない。サーシャちゃんは受け入れてくれたわよ」


 と、ミランシャが言う。レナは少し納得いかないようだったが、


「ま、いっか。どうせオレが勝つんだし!」


 陽気に笑って承諾した。

 実のところ、アッシュ当人だけには承諾を得ていない話だった。


「……いいえ。そうはいきませんよ。レナさん」


 アリシアは、自信満々なレナに告げた。


「私だって、今回のご褒美では本気のデートを考えているんです。具体的に言えば、賞金の一部を使って二人きりで小旅行。ラッセルのホテルでニ泊はするぐらいの」


「………え」


 ミランシャが驚いた顔する。


「二泊するような旅行? しかも二人きりの? それって完全に最後まで……。アリシアちゃん、そこまで攻めに入る気なの……?」


「もう色々と吹っ切れましたから。それにミランシャさんほどじゃありませんよ。何なんですか、一回戦のあの発言は」


 アリシアは、ジト目をミランシャに向けた。

 ミランシャは流石に「……う」と呻いた。

 アリシアは、さらに言葉を続ける。


「年少組だからって、いつまでも侮らないでください。ルカでさえ過激なことを考えているんですから。サーシャだって今回はきっと同じような計画を立ててますよ」


「そ、そうなんだ……」


 ミランシャは、少し頬を引きつらせた。

 確かに、彼女たちに対しては少々侮っていたかもしれない。

 思い返せば、最年少のユーリィが、すでに彼とキスまで済ませているのだ。その点においては、ミランシャよりもずっと先に進んでいる訳だ。


「あの子も、今回だけは本気になるはずです」


 アリシアは、再び視線をモニターに向けた。

 次いで、親友の名前を瞳に刻みつける。


「……今回だけはあの子も完全に火が点く。私は強くなったあの子を見て、ずっと思っていたんです」


 ポツリ、と呟く。


「……そう。私は……」


 そうして、アリシアは長い髪をかきあげて微笑んだ。


「ずっと、本気のあの子と戦ってみたかったんです」

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