第八章 譲れない願い②
『レディース&ジェントルメーーーン! 長らくお待たせいたしました! これより第一回戦・第一試合を行います!』
響き渡る実況の声。
いよいよ《夜の女神杯》の本選は開始された。
まずは第一回戦。サーシャの試合だ。
対戦相手はラスティ=グラシル。二十七歳のラズン在住の主婦だった。
元々は騎士学校にも通っていた女性であり、貴族の出身らしいが、在学中に平民の男性と結婚して二児を産み、今は市街区で暮らしているとのことだ。
『優勝賞金? もちろん、家のローン行きです』
それが、彼女の出場動機だった。
なお、サーシャには劣るが、彼女も相当なスタイルの持ち主である。
とても二児の母とは思えない見事なプロポーションだった。
結果、栄えある第一試合は大いに盛り上がった。
なにせ、ラスティにしろ、サーシャにしろ、ゆっさゆっさと揺れるのだ。
会場のほとんどの男性客は、ビッグモニターに釘付けだった。
大歓声は、もはや会場そのものを揺らしかねないほどであった。
女性客は反対に冷めた眼差しを向けていたが。
ただ、その戦闘自体は非常に短かった。
サーシャの乗る《ホルン》は、標準的な機体だ。
恒力値は三千五百ジン。装備は長剣に、左腕に装着された小さな円盾。
悪く言えば、平凡とも呼べる鎧機兵だった。
唯一、アッシュが造った、攻撃を受けた際に恒力を自動で放出し、全身を覆う防御膜とする《天鎧装》が特徴なのだが、それは発動しても見えない上に、そもそも攻撃を受けなければ発動さえしない。目立つようなものではなかった。
対し、ラスティの愛機。
本人曰く、嫁入り道具の一つらしいのだが、恒力値は四千八百ジンを超える、なかなかの機体だった。彼女は結構良いところのお嬢さまなのである。
しかし、結果はサーシャの圧勝だった。
アティス王国には、《黄道法》の闘技に関する知識がない。
サーシャは、アッシュやオトハから闘技について習い、まだ《雷歩》だけではあるが習得もしている。しかし、ラスティはそうではない。
いかに鎧機兵が格上でも、闘技を知っているのと知らないとでは大きな差がある。
『……これで終わりです』
サーシャがそう告げ、《ホルン》が長剣の切っ先をラスティの愛機の喉元に突きつけるのも、当然の帰結だった。
『あらら。残念』
ラスティは頬に片手を当てて、にこやかに笑った。
『最近の学生さんは本当に強いのね。けど、特別ボーナスの金貨一枚に、この操手衣もタダでプレゼントしてくれましたから、良しとしますか』
主婦はとても強い。
サーシャも、こうならなければと思ったぐらいだ。
ともあれ、第一戦は無事終了。
次に試合を行ったのは、ルカだった。
対戦相手は、男勝りな感じのする十五歳の少女――エル=メニィ。
彼女は鉱山街で知られる『グランゾ』の出身だった。
偶然にも同い年。最年少同士の戦いである。
しかし、ルカとエルでは格が違っていた。
ほんわか王女さまは、すべてにおいて格上だったのだ。
エルは鉱山用の鎧機兵を改造した機体で出場したのだが、その恒力値は二千八百ジン。一般的な戦闘用よりもかなり低い。対するルカの愛機である《クルスス》は、五千九百ジンの高出力を誇っていた。本大会において第三位となる恒力値だ。
その上、ルカもまた、サーシャ同様に闘技を習得していた。何気に騎士候補生たちの中では、最も闘技に精通しているのである。
ちなみに、エルに比べて、胸の大きさもルカは格上だった。
それだけにほとんど一瞬で決着がついてしまったことは、男性客たちにとっては、とても無念な結果だった。
――不規則に飛翔する鉄球の一閃。
一撃を以て、相手の機体の頭部を打ち砕いたのである。
ビッグモニターを凝視する暇もない。
ただ、
『い、一回戦、突破です』
グッ、と両手を固めるルカの姿が、ビッグモニターに映し出された時は「「「おお……」」」と感嘆の声が零れた。「か、可愛い……」「可憐だ……」「王女さま……」と、次々と陶然とした声が響く。
『父ちゃん! ごめん! 無理だった!』
と、叫ぶエルの姿も印象的だった。
さらに試合は続く。
第三戦は、アリシアの出番だった。
第三騎士団の団長の愛娘。騎士学校においては、成績上位者十名に与えられる十傑の称号を持つ《業蛇》討伐の英雄の一人。
彼女のファンは、サーシャ並みに多い。
「「「アリシアちゃああああああああああああああああああんッッ!」」」
観客たちは大声援を以て、アリシアを迎えた。
「う、うわあ……」
当のアリシアが、ドン引きするほどだった。
一方、彼女の対戦相手は、第二騎士団に所属する女性騎士だった。
少しオトハを彷彿させるような、短髪の凛々しい騎士である。
名前を、リリアン=アームズと言った。
彼女たちの試合は、思いのほか白熱した。
戦闘自体は、終始アリシアの《ユニコス》が押していた。
現役の騎士といえども、闘技を習得しているかどうかの差は大きい。
ましてや、アリシアは、オトハさえも認める才女だ。
ただ、それ以上に白熱したのは、ビッグモニターの映像だった。
「おお……」「凄く綺麗……」
男女問わず、観客席から感嘆の声を零れる。
プロポーションにおいては、サーシャやルカには、大きく劣ると考えられていたアリシアだったが、彼女が操縦席に跨る姿は、想像以上に美しかったのだ。
長い髪を背に這わせて、真っ直ぐ伸ばした姿勢。
それは、野生の女鹿を思わせるような美しさだった。
意外にも、操手衣は、アリシアにこそ最も似合っていたのである。
ルカやサーシャの感想は正しかった訳だ。
「見たか! 忌まわしきおっぱい派め! これがアリシアちゃんの真価なんだ!」
誰かがそう叫び、再び巻き起こる『アリシア』コール。
対戦相手のリリアンとしては非常にやりづらく、勝気で知られるアリシアでさえも、戦闘中はずっと赤面していた。何が悲しくてこんな応援をされるのか。
いずれにせよ、試合は《ユニコス》の勝利で終わった。
「……絶対に優勝しなきゃ割に合わないわ。これ……」
アリシアのそんな呟きは、誰にも聞こえなかった。
その後、第四戦、第五戦と続く。
それらには、サーシャたちの身内が出ることはなかった。
第六戦は、前回の覇者であるシェーラ=フォクス。
彼女もまた、無難に勝利を収めた。
第七試合には、レナが登場した。
彼女の戦いは、まさに圧巻の一言だった。
対戦相手は闘技も習得していた現役の傭兵だったというのに、ルカ並みの瞬殺だ。
待機室で観戦していたアリシアが、冷たい汗を流して呟く。
「……これは、とんでもないわね」
「……うん」
横に並んだサーシャも頷いた。
ルカも、神妙な眼差しで画面に見入っている。
先程までの恥ずかしさも、すでに吹き飛んでいた。
彼女たちの表情は、とても真剣なものになっていた。
――オズニア大陸から来たという傭兵、レナ。
ただの陽気な元気娘ではない。
愛機の性能においても。操手としての技量においても。
レナは、想像以上の実力者だった。
ベスト8に残ったメンバーは、その試合ぶりを見て緊張していた。
だが、それは、すぐに別のものに注目される。
まだベスト8は出揃っていない。
――そう。最後の第八試合が残っているのだ。
残った選手は二人。
一人は、シャルロット=スコラ。
そしてもう一人は――。
「ようやくアタシの出番ね」
ミズ・プロミネンスこと、ミランシャ=ハウルだった。




