第八章 譲れない願い①
「……はァ、なんか最悪のオープニングだったわね」
アリシアが、額に手を当てて溜息をついた。
「……うん。確かに」
サーシャもまた、疲れ果てた様子で頷く。
彼女たちは今、選手専用の待機室にいた。
煉瓦造りの一室。長椅子が二つほど設置された部屋。
そして壁には、ビッグモニターに似た小さなモニターが設置されていた。
二つある舞台への入場門。青門から入る選手専用の部屋である。
この部屋にはサーシャたち以外にも、ルカとミランシャ、シェーラ。その他にも傭兵らしき女戦士。着替える前は騎士服だった女性。目つきが険しいアウトロー風の女性の三名の姿があり、全員で八名の女性がいた。
もう一つの門、赤門用の待機室には、シャルロットやレナたち八名がいるはずだ。
ここで別れた時点で、彼女たちは対戦相手ということだった。
「それにしても」
サーシャは頬を染めて呟く。
「この衣服が凄いのは分かるけど、デザインはどうにかならなかったのかな?」
自分の背中や胸元を改めて見る。
胸のラインまで分かるような、本当に体に密着するような衣服だ。
露出度はむしろ少ないのに、水着や下着と変わらないような気がする。
(せ、先生にも見られたよね……)
そう思うと、顔から火が出そうだった。
恥ずかしがっているのは、サーシャだけではなかった。
アリシアも、ルカも、ミランシャも。
他の女性たちも恥ずかしさを隠せずにいた。シェーラは「む、娘とここまで格差があるのでありますか……」と、自分の胸元に手を当て落ち込んでいた。
「……割り切るしかないわよね」
腰に片手を当てて、ミランシャが言う。
「この衣服もくれるそうだし、特別ボーナスもくれたしね。アタシたちとしてはここまで来て大会を中断させたくもなかったし、今回は我慢するしかないわ」
そう告げる彼女を、ルカはまじまじと見つめた。
「……ルカちゃん?」
その視線に気付き、ミランシャが眉根を寄せて尋ねる。
「どうかしたの?」
「い、いえ」
ルカは、ブンブンと頭を振った。
それからアリシアの方にも目をやり、
「そ、その、確かに、恥ずかしい衣服、ですけど、アリシアお姉ちゃんも、ミランシャさんも、その、凄く似合ってるな、って」
その台詞に、アリシアとミランシャはジト目を向けた。
「あのね、ルカ」
アリシアが、呆れた口調で言う。
「明らかに、私たちよりおっぱいが大きいあなたがそれを言うの?」
「え、えっと……」
カアアア、と顔を赤くして俯くルカ。
その様子を見ていたサーシャが、
(……確かに似合ってるよ)
と、内心でルカの意見に同意する。
アリシアにしろ、ミランシャにしろ、しなやかな印象が強くなっているのだ。
例えるのならば、敏捷な野生動物の美のような趣を醸し出している。
ただ、それをうっかり口にすると、ルカのように弄られそうなので黙っているが。
「まったく。持ってる者は違うわよね」
と、未だ妹分を弄るアリシアが溜息をついた時だった。
「選手の皆さま」
不意に声を掛けられる。
全員の視線が、声の方に向けられる。
そこにいたのは、闘技場の女性スタッフだった。
彼女はにこやかに告げる。
「大変お待たせいたしました。少々大会についてご説明させていただきます」
そう切り出して、右手でモニターを差した。
「まずはモニターをご覧ください」
と、告げた途端、黒かった画面が明るくなった。
そこには、第一回戦の対戦表が映し出されていた。
「へえ」「凄いな」
感嘆の声が上がる。
ルカなどは瞳を輝かせていた。
「す、凄いです! 鎧機兵の映像技術の転用、ですか!」
グッと両手を固めて、画面を食い入るように凝視する。
鎧機兵は逸脱した技術と呼ばれている。
――一体、誰が最初に開発したのか。
――果たして、どこから派生した技術なのか。
《聖骸主》に対抗するためという生み出された目的こそ伝わっているが、技術の起源そのものは完全に不明だった。明らかに文明レベルが違うとも言われていた。
鋼子骨格や人工筋肉などは構造も解明され、日々開発されているが、映像技術に関しては未だ不明な点が多く、構造をそのまま複製するのが限界だと考えられていた。下手に改造を加えると、全く機能しない事態に陥るのが関の山だったのだ。
それを、ここまで見事に転用してみせるとは――。
「はい。王女殿下。流石に映像を残すことは出来ませんが、モニターに映すことは可能になったそうです。詳しくは開発者にお尋ねください。さて」
女性スタッフは本題に入った。
「これが抽選によって決められた一回戦の対戦表となります。本日は計八試合を行い、翌日に勝ち残った八名で再び抽選を行います。第三回戦もまた同様です」
サーシャたちは、画面に見入っていた。
女性スタッフは言葉を続ける。
「また、このモニターは操縦席内だけではなく、試合の様子を映すことも出来ます。選手の皆さま方には待機中、この部屋で観戦していただくこととなります。試合前には、当闘技場のスタッフがお声がけをさせていただきます」
「……なるほどね」
そこで、アリシアは苦笑を零した。
次いで再度画面をまじまじと見つめてから、
「どうやら、試合でも先陣はサーシャが切ることになるみたいね」
緊張した様子のサーシャにそう声をかけた。
「……そうなるね」
サーシャは画面を見据えたまま、静かに頷く。
第一回戦の第一試合。
そこには、サーシャの名が刻まれていた。
対戦相手の名は、ラスティ=グラシルと書かれている。
運が良いというべきなのか、シャルロットやレナではなかったようだ。
アリシアとルカの対戦相手も知らない名前だった。
だがしかし、唯一人だけ――。
サーシャは、ミランシャの方に視線を向けた。
「ミランシャさん……」
「まあ、組み合わせの妙でこういうこともあるわよ」
ミランシャは肘に手を当てて、楽しげに笑っていた。
アリシアとルカも、ミランシャの方を見やる。
「まさか、一回戦からなんてね」
「け、けど、可能性としては、ありました」
アリシアが神妙な声で呟き、ルカが緊張した様子で頷いた。
これは第一回戦の中で最大の注目カードかも知れない。
流石に緊張が隠せないでいた。
しかし、当の本人であるミランシャは自然体だった。
わずかな気負いすらなかった。
「ふふ、アタシたちは一回戦のトリってことね。けど」
彼女はコツコツと歩き出すと、サーシャの肩にポンと手を置いた。
「まずは第一試合から。サーシャちゃん、頑張りなさい」
「あ、は、はい」
サーシャは頷く。と、その時だった。
「説明は以上となります」
女性スタッフが、深々と頭を下げていた。
「それでは、何か問題があればいつでもお声がけしてください」
女性スタッフは頭を上げた。
そして彼女は、慎ましく笑って告げる。
「皆さまのご健闘。心より期待しております」




