第七章 美しき、闘宴の開幕⑥
『――説明しましょう!』
数分後、舞台に現れた、セド=ボーガンが告げる。
その頃には、全機の胸部装甲が開かれていた。
サーシャはもちろん、ルカも、アリシアも、シャルロットも。
仮面だけ付けたミランシャも。堂々と腰に手を当てて、仁王立ちするレナも。
十五歳ぐらいの少女も。女戦士も。主婦的な女性も。
そしてシェーラも。
全員が色違いではあるが、同じ衣服を纏っていた。
ちなみにルカは、山吹色。アリシアは薄紅色。シャルロットは藍色。
ミランシャは真紅。レナは緋色だ。
シェーラは紫色だった。
こうやって、改めて並ぶと、サーシャとルカ、シャルロットやレナのスタイルが抜きんでているのは今さらではあるが、ミランシャとアリシアも決して劣ってはいない。とても綺麗でしなやかな肢体をしていることがよく分かる。シャーラも、系統的にはスレンダーになるのだが、なかなかのスタイルの持ち主だった。
ただ、今は全員が冷めた眼差しで、セドを見据えていたが。
しかし、セドは一切気にせずに語り続ける。
『麗しき彼女たちが纏う衣服。これは我が商会で開発した新商品なのです』
選手たちをガン見していた観客が、セドの声に耳を傾け始めた。
一方その頃、アッシュは、サクヤとオトハに片眼ずつを押さえられて、サーシャたちの艶姿を拝見できずにいた。
『鎧機兵はとても素晴らしい道具ですが、乗り心地の悪さという欠点もあります。特に戦闘になると、打撲や裂傷を負う操手も少なくありません。その欠点を改良しようと、椅子型の座席を設置したり、操縦席そのものを狭くして操手を機体に固定するという案は多々ありますが、それはそれで生存空間が狭くなり、鎧機兵を破壊された場合、そのまま圧死してしまう危険性が高くなります』
セドは一拍おいた。
『そこで考えたのが、この衣服なのです。我々は鎧機兵自体の改良よりも、操手の衣服の改良に着目しました』
そこで二人のスタッフが壇上に上がってきた。
サーシャたちと同じ衣服を着た、男女一組のスタッフ。
セドは、彼らに手を向けて説明する。
『耐刃性、耐衝撃性を追求し、研究を重ねて通気性も有した我が社の自慢の逸品! この衣服はナイフ程度ならば容易く防ぐのです! この衣服を着るだけで打撲、裂傷をほぼ防ぐことが出来ます! まさに次世代の操手の衣服!』
セドは声を張り上げて告げる。
『我々は、この商品を「操手衣」と命名しました!』
「「「おおおお……」」」
観客席から感嘆の声が零れる。
ただ、その視線はサーシャたちに釘付けだったが。
「なあ、オト。サク」
アッシュは言う。
「そろそろ目を離してくれよ」
「いや。ダメだ」「うん。あれはダメだよ」
オトハとサクヤは無下もない。
「いや。俺も結構興味があんだよ。『操手衣』に」
そう告げると、不意に膝の上に重さを感じた。
次いで、さらに両目が押さえつけられる。
「あれはダメ」
「……その声はユーリィか?」
どうやら、ユーリィまでが膝の上にまで移動してきて、オトハとサクヤの二人の手の上からさらに両手を押さえつけたようだ。
アッシュは嘆息する。
「俺はこのまま大会中、ずっと目を塞がれたままなのかよ」
「……む」「それは……」「……むむむ」
三者三様に呻く。確かにそれは無理な話だ。
オトハたちは、仕方がなくアッシュの目を離すことにした。
ようやく視界を解放されたアッシュは、まず目の前にいるユーリィに言った。
「ユーリィ。とりあえず元の席に戻ってくれ」
「……いや」ユーリィはかぶりを振って、ムスッとした表情で言う。「いま思い出した。結局、あの時は抱っこしてもらえなかった」
言って、ユーリィは両手をアッシュに向けた。
「だから、今して」
「いや、あのな」
アッシュはユーリィを落とさないように彼女の腰をそっと抑えつつ、
「こんな場所で、抱っこなんて出来るかよ」
呆れ果てたように嘆息する。
今は、ほとんどの人間が操手衣を着たサーシャたちに目を取られているので、誰もユーリィが膝の上に乗っていることに気付いていない。しかし、それでも、こんな場所で抱っこなど出来るはずもなかった。多分、そこら中にいる騎士にしょっ引かれてしまう。
「家に帰ったらしてやるから、今は席に戻ろうな」
コツン、とユーリィのおでこをつついた。
ユーリィはまだ少し不満そうだったが、言質は取ったので「……うん。分かった」と自分の席に戻った。が、すぐに「……ボトルを買ってくる」と言って席を立った。
そんなユーリィの背中を見つつ、サクヤが、
「……分かってたけど、トウヤって本当にユーリィちゃんには甘々なのね」
「確かにな」
オトハは、ジト目でアッシュを睨みつけて告げる。
「クライン。お前、エマリアに告白されたことを忘れてないか?」
「……う」アッシュは言葉を詰まらせた。「いや、けどな……」
ユーリィの気持ちは聞いたが、やはり娘という認識は強固なものだった。
「そこは俺も色々と考えるよ。それより今は」
そこでアッシュは、初めてサーシャたちの方に視線を向けた。
そして「おお~」と感心の声を上げる。
「なるほど。あれが『操手衣』って奴なのか」
関節部に繋ぎのないタイプの樹脂製衣服。
全身を余すことなく守るためにあの形に成ったのだろう。
同時にあれは一種の下着でもあり、上着などを着ることも想定しているのかも知れない。
一切の装飾を排除した機能性重視というコンセプトがよく分かる衣服だった。
……だが、確かに、あれはエロい。
サーシャやシャルロット、レナなどはとんでもない状況だった。
ルカも、相当凄いことになっている。
あの子の将来は本当に凄いんだろうなぁ。
そんなことを思いつつ、極めて不機嫌そうなアリシアの方にも目をやって、
「……おいおい」
その隣にいる白い鎧機兵の操縦席に立つ、ミランシャのそっくりさんを見つけた。
「ミランシャの奴、結局、出てんじゃねえか」
「あっ、ホントだ」
サクヤも、彼女の存在に気付く。あの赤毛は見間違いようもない。
「確かにミランシャさんね。けど、いいの? これって?」
「……あいつめ」
オトハが呆れたように呟く。
「流石に《鳳火》ではないようだが、一体何を考えているのだ」
「まあ、《鳳火》を自粛しただけでもマシか」
アッシュは、苦笑を浮かべた。
勝気な性格ながらも、根は純情なミランシャは終始もじもじとしていた。きっと、あの衣服が恥ずかしくて堪らないのだろう。
何だかんだで箱入り娘なのだ。
近くにいる堂々とした振舞いのレナとは、実に対照的だった。
(そんなに恥ずかしいなら、無理して出んなよ)
ポリポリと頬をかきつつ、アッシュは視線をセド=ボーガンに向けた。
彼とは顔見知りだった。
(あのおっさんも努力した訳か)
それが、この舞台なのだろう。
この大歓声に包まれた会場を見る限り、大成功のように思える。
ただ、興奮している観客の大半が男性なのはどうかと思うが。
(これは操手衣の見た目を理解した上での確信犯だろうな。宣伝に、ちゃっかりエロさを組み込んでくる辺り、食えねえおっさんだよな)
そんな苦笑を浮かべるアッシュをよそに。
別の場所では、冷めた眼差しを見せる人物もいた。
ガハルド=エイシスである。
「……ボーガン氏」
セドではなく、ギルに声を掛ける。
ギルは、ずっと視線を逸らしていたが……。
「……その、すまない」
視線を合わすことは出来ずとも謝罪する。
ガハルドは淡々と言葉を続ける。
「機能とコンセプトの素晴らしさは分かります。商品としても見事なものとも思います。しかし、あれは、明らかに下着寄りの衣服ではないのでしょうか?」
「うぐっ……」
胸を片手で押さえてギルは呻く。
海千山千の老獪な商人の顔色が、どんどん青ざめていく。
「あそこには私の娘はおろか、王女殿下までいらっしゃるのですが?」
「本当に、すまないと思う……」
ギルは、それしか言えなかった。
「「「うおおおおおおおおおおおお――ッッ!」」」「サーシャちゃん、最高ッ!」「王女さまあああああああッ!」「アリシアちゃん! 結婚してくれえええッ!」
そんな大歓声が聞こえてくる。
VIPルームは、沈黙に包まれた。
父親たちの、無言の時間だけが続く。
こうして《夜の女神杯》は開催されたのであった。




