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【第18部まで完結】クライン工房へようこそ!  作者: 雨宮ソウスケ
第14部 『女神たちの闘祭』①

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第六章 願い事一つだけ④

 夜の十時。

 アラン=フラムは、珍しく私服姿で歩いていた。

 歩く場所は、市街区にある大通りの一つだ。

 一応、彼は由緒ある貴族なのだが、身に纏う黒系統の服は実に質素であり、市街区の大通りを歩く彼の姿は、他の一般人とほとんど変わらなかった。

 むしろ、この構えない親しみやすさこそが、彼の長所なのだろう。


「お、ここか」


 アランは、おもむろに足を止めた。

 そこは酒場の前だった。

 カラン、と音を立ててドアを開ける。

 店内はとても落ち着いた趣だった。馬鹿騒ぎをする大衆酒場ではなく、静かに一人で呑むバーのようだ。

 全体的に少しくらい店内を進む。と、すぐに待ち人を見つけた。

 カウボーイハットを被る黒い服の男だ。

 彼はすぐにアランの来訪に気付いたようだ。振り向くと、ニカっと笑った。


「お、来たか。アラン」


「おう。本当に戻ってきてたんだな。ゴドー」


 カウンターで一人呑む旧友――ゴドーの横にアランは座った。

 次いで、アランも「こいつと同じものを」と注文する。

 店主(マスター)は「承知しました」と言って、すぐにグラスを出してくれた。

 注がれているのはブランデーだ。

 アランはそれを受け取り、


「元気そうで何よりだ。ゴドー」


「おう。お前もな。アラン」


 カラン、と。

 互いのグラスを重ねた。


「ところで」


 アランは周囲を見渡した。


「ガハルドの奴は来てないのか?」


「ふん。誘ったんだがな」


 ゴドーは意地悪く笑った。


「今夜はシノーラちゃんと先約があるそうだ。久しぶりに二人で外食するらしい」


「……相変わらず仲がいいよな。あの二人は」


 アランは、グラスに口を付けて苦笑を零す。

 ガハルドとシノーラ。

 学生時代は互いにライバル視して、何かにつけて激しくぶつかり合っていた二人だったのだが、卒業後はごく自然に惹かれ合って結ばれた。

 結婚式に呼ばれたかつての同級生たちは、それはもう驚いたものだった。

 すぐに離婚を噂されたこともあったが、二人の仲の良さは今も変わらずにいた。


「ふふ、アリシアちゃんの弟か妹が生まれるのも、本当に時間の問題なのかもな」


 と、ゴドーがニヒルに笑った。アランは目を丸くした。


「え? マジで? いや、シノーラちゃんって三十前半でも通じそうだもんな。ガハルドの奴が再燃してもおかしくないか……」


「愛の炎に歳は関係ないぞ。何より、ガハルドさんはとてもお若いのさ。ふふ、俺も妻たちを愛でたくなってきたな」


「だったら、早く嫁さんたちンとこ帰ってやれよ。十一人の嫁さんのとこに」


 アランが呆れるように告げる。と、


「違うぞ。十三人だ」


 ゴドーが左手で人差し指と中指を立てて、そう言った。


「俺はさらに二人の妻を迎えることにした。まずはあいつらを愛でてやらんとな。心苦しいが妻たちはその後だ」


「……おい」


 アランは半眼になった。


「こないだは、狙っているのは一人とか言ってなかったか? 一人増えてんぞ」


「仕方あるまい」


 ゴドーは、グラスを転がすように傾けた。


「素晴らしい美女と出会ったのだ。今はまだ刺々しくはあるがな。その棘を一本ずつ、俺の手で落としていくことを考えると……ぐふふ」


「……相変わらずゲス加減が全開だな。存在に規制をかけられるぞ」


 アランは、深々と嘆息した。

 一方、ゴドーは鼻を鳴らす。


「まあ、実のところ、これは意趣返しも兼ねているのだ。なにせ、あの男には娘同然の大切な娘を二人もくれてやるのだ。俺も奴から二人は奪わねば不公平だからな」


「……? どういう意味だよ。それ」


 アランが、訝しげに眉根を寄せた。

 ゴドーは皮肉気に笑って「気にするな」と告げてから、


「それよりアラン。他人の嫁を羨むばかりではなく、お前には良い相手はいないのか?」


「いねえよ。知ってんだろ」


 アランは、表情に陰りを落とした。


「エレナはもういない。俺の妻はいないんだ」


「……アランよ」


 ゴドーは双眸を細めた。


「お前の亡き奥方への想いは分かる。だが、真面目な話、少しぐらいは後妻を考えてみてはどうだ? フラム家には跡継ぎはいないのだろう?」


「……サーシャがいるさ」


 アランは、ブランデーを一気に呑み干した。


「あの子に家督を譲ればいいだけさ」


「それはサーシャちゃんが婿養子をとることを前提にしてないか? サーシャちゃんが嫁に行ったらどうする気だ?」


「………ぐ」


 呻くアランに、ゴドーは嘆息した。


「二百年以上も続くフラムの名を継ぐ者がいなくなるぞ。それでいいのか?」


「……それなら」


 アランは、ポツリと呟いた。


「養子でも取るさ。もしくはサーシャの子供――俺の孫に家督を譲る」


「養子では血の繋がりが絶える。サーシャちゃんの子供といっても……家督を譲るとなれば、幼少時からお前の元に預けることになるぞ。あの情の深いサーシャちゃんが、可愛い我が子を手放すとでも思っているのか?」


「…………」


 ゴドーの指摘に、アランは無言になった。

 ゴドーは再び嘆息した。


「悪いことは言わん。少し真剣に後妻のことを考えろ。何よりお前自身のためにもな。当てはないのか? 同僚とかでもいい。お前が気になるような――」


「うっさいな!」


 ――ゴンっと。

 アランは、グラスをテーブルの上に強く置いた。


「俺の妻はエレナだけだ! エレナだけなんだよ!」


「……アラン」


 ゴドーはアランを見据えて……苦笑を零した。


「アラン。お前、もう酔っているのか」


「うっさいな! 酔ってねえよ!」


 そう叫ぶアランの顔は赤かった。


「アラン? お前?」


 学生時代から、あまり酒には強くはないアランではあるが、流石にこれは早すぎるような気がする。そう言えば、こないだの宴席でも、アランの酔いは相当早かった。

 あの時は、特に不思議には思っていなかったが……。


「おい、アラン。しっかりしろ」


「うっさい! ヒック!」


 アランはフラフラだった。

 アルコール度数が高い酒のせいか、酔いの回りも異様に早い。アランは立ち上がろうとし、そのまま、ガクンと崩れてカウンターに突っ伏してしまった。


「おい! アラン!」


 ゴドーは眉をしかめた。そしてアランの首筋に手を当ててみる。


「……何だ? この異様に早い脈は……」


 そこでハッとする。


「ッ! おいおい、お前、まさか……」


 ゴドーはアランに近寄って、ある言葉を告げた。

 アランは「へ?」と顔を上げて、キョトンとした表情を見せた。


「なんで、お前がそれを知ってんだ?」


「うわあ、マジかよ……」


 ゴドーは、困り果てた顔で自分の額に指を当てた。


()()はガチで弱い傭兵か騎士が苦し紛れにすることだぞ。しかも、ここまで酔いが早いってことはかなり頻繁に使っていたってことか。なんでそんな真似を……いや」


 ゴドーは表情を改めた。

 アランの妻。エレナ=フラム。

 奥手な友が見初めた唯一の女性だ。彼女の死因はゴドーも調べていた。

 この国を――夫と娘を守って死んだ銀色の《星神》。


「……そうか。お前は《業蛇》に挑むつもりだったんだな」


 その手段を求めて、こんな損な体質になってしまったということか。

 このことは、もしかすると、ガハルドさえも知らないことかもしれない。


「……アラン。お前……」


 ゴドーは、小さく嘆息した。


「やっちまったもんはもう仕方がない。だが、それならそれで強い酒なんて呑むなよ。こうなるのは分かってただろ」


「??? なんで呑んじゃダメなんだ?」


「は? いや、お前、それも知らないで()()を使ったってことか」


 ゴドーは、呆れるように目を瞬かせた。

 と、そうこうしている内に、アランは、ゴツンとカウンターに頭をぶつけた。

 どうやら、糸が切れるように眠ってしまったようだ。


「やれやれだな」


 ゴドーは、カウボーイハットのつばに手をやり、苦笑いを零した。

 次いで、店主にお代を払い、アランを背中に背負って店を後にした。

 ゴドーは、しばらくアランを背負って歩いていた。

 幾つかの路地を曲がる。

 すると、


「……主君」


 それは、唐突なことだった。

 路地裏の影から、一人の男が現れたのだ。

 歳の頃は三十代後半か。右側の額に大きな裂傷を持つ頬のこけた人物だ。

 全身を黒い紳士服(スーツ)で固めたその男は、ゴドーの元に近づく。


「その方は、吾輩が背負いましょう」


「いや。構わんさ」


 ゴドーは笑う。


「俺の数少ない友だ。俺が背負うさ」


「………う~ん」


 その時、アランが呻いた。


「エレナ……エレナぁ……」


 亡き妻の名を呼ぶ親友に、ゴドーは目を細めた。


「一途なのはお前の美徳だが、俺はお前には幸せになって欲しいんだぞ」


 そう語るゴドーの表情には、横暴さや傲慢さはなかった。

 心から友の幸せを願う者の顔だった。

 黒い男は頭を垂れた。


「出過ぎた真似をして申し訳ありません。吾輩は失礼いたします」


 言って、男はすっと路地裏の闇の中に消えた。

 ゴドーは路地裏に向かって「気にすんなって」と、声を掛けてから歩き出す。

 その間も、アランはずっと妻の名を呼んでいた。

 ゴドーは、少し遠い目をした。


「……やれやれ」


 そして、眠る友を背負って嘆息する。


「死者への強すぎる想いは呪いと同じだぞ。まったく。誰か、こいつをもらってくれる奇特な女はいないものだろうか」

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