第五章 宣戦布告②
「どうやら二人ほど、先客がいますね」
裸体をタオルで隠して、ジェシカが言う。
「そうなんだ」
そう言って続くのは、同じくタオルで裸体を隠したサクヤだ。
サクヤは、視線を大浴場の湯船に向けた。
湯船には二人の先客がいた。
一人は二十代前半。長い薄紅色の髪が印象的な女性だ。
もう一人は少女だった。
年の頃は十四、五歳ぐらいだろうか。
緋色の眼差しと、ところどころ外に飛び出すアイボリーの髪が目に映る。
彼女たちは、こちらをじいっと見つめていた。
(……あれ?)
サクヤは、ふと眉根を寄せた。
どうしてか、奇妙な既視感を覚える。
特にアイボリーの髪の少女。彼女はどこかで見たような……。
「……? あなた、どこかで……?」
「――お、お前!」
すると、その少女はバシャアッと湯船から立ち上がり、目を剥いた。
「サクか! サクヤなのか!」
「え」
小柄な少女とは思えない見事な果実に、思わず目を奪われたサクヤだったが、突然名前を呼ばれてキョトンとする。
隣に立つジェシカが、そっと尋ねる。
「サクヤさま? お知合いの方ですか?」
「え、えっと、あれ?」
サクヤは、すぐには答えられなかった。
そうこうしている内に、湯をかき分けて少女がサクヤに近づいてきた。
「ちょ、レナ! 知り合いかい?」
相手側の連れであるらしい薄紅色の髪の女性が、声を上げた。
サクヤは眉根を寄せる。
(……レナ?)
どこか聞き覚えのある名前だ。
記憶を探ろうとするが、その前にレナと呼ばれた少女がサクヤの前に立った。
そしてニカっと笑う。
(……あ)
その笑顔に、サクヤは思い出す。
「――レ、レナ!?」
思わず、その場にタオルを落として目を剥いた。
「昔、トウヤの家で世話になっていた?」
「おう! そのレナだ! 久しぶりだな! サク!」
「え、ええええェ!?」
サクヤは狼狽した。レナを生まれたままの姿を上から下まで確認して。
「なっ、なんでっ!? 全然見た目が変わってないよ!?」
「おう! アッシュにも言われたぞ。けど、それはサクだって同じじゃねえか」
今度は、レナがサクヤの姿に、まじまじと目をやった。
「サクって確かアッシュより年上だったよな? 全然変わってなくて驚いたぞ」
「え、えっと、私には一応理由があるんだけど、えええェ……」
サクヤは、ただただ茫然としていた。
すると、
「あの、サクヤさま」
ジェシカが尋ねてくる。
「やはりお知り合いの方だったのですか?」
「あ、うん。そうだけど……」
サクヤは困惑した様子で返す。と、
「う~ん、それはぼくも聞きたいな」
いつしか、薄紅色の髪の女性まで目の前に立っていた。
彼女もまた、サクヤをまじまじと見つめた。
(……これはまた、とんでもないレベルだね……)
内心で唸る。
美貌、肌の艶、プロポーション。どれをとっても格が違う。
キャスリンは、コホンと喉を鳴らした。
「……十代にしか見えないんだけど、君がサクヤさんなのかい?」
「え、あ、はい。あなたは……?」
サクヤがそう尋ねると、キャスリンは苦笑を浮かべて名乗った。
「レナの仲間さ。名前はキャスリン。家名は……まあ、今はないよ」
それからジェシカの方にも視線を向けて。
「とりあえず、まずは互いの自己紹介と行こうじゃないか」
そうして五分後。
四人は軽く互いの自己紹介をした後、揃って湯船に浸かっていた。
「……そう」
サクヤは嘆息した。
「トウ……アッシュとは、もう再会してるんだ」
「おう! 運命を感じたぜ!」
レナは親指を立てて、そう答える。
サクヤとしては、頬を強張らせるだけだ。
レナの存在は記憶にはあった。
ある意味、サクヤが最初に危機感を覚えた少女である。
しかし、クライン村が無くなってしまった今、まさか、こうして再び出会う機会が来るとは想像もしていなかったのだ。
(トウヤ……あなたの引力ってどうなっているの?)
呆れ半分、諦め半分の気分で、そう思ってしまう。
一方、レナはレナで落ち着かなかった。
それは、サクヤに対してではなく、ジェシカに対してだった。
「な、なあ、ジェシカ」
レナは、ジェシカに尋ねた。
「……? 何でしょうか?」
ジェシカが、訝しげに眉根を寄せる。と、
「あのさ、ジェシカは……アッシュのハーレムメンバーじゃねえよな?」
「……………は?」
ジェシカは、目を瞬かせた。レナはしどろもどろに補足する。
「いや、だってジェシカも綺麗だし、胸も大きいし。サクとも親しそうだから」
「……いえ。私は……」
レナの問いかけに、ジェシカが何とも言えない顔をすると、
「いえ。それはないわ」
サクヤが、パタパタと手を振ってフォローを入れてくれた。
ジェシカは、少しホッとするが、
「だって、ジェシカはコウちゃんのハーレムメンバーだし」
「――サクヤさま!?」
「へ? そうなのか?」レナはキョトンした。「コウちゃんって、アッシュの弟のコウタのことだろ? あのちびっこい」
サクヤは苦笑を浮かべた。
「あれから八年も経っているのよ。コウちゃんも成長しているわ。もう十六歳なのよ」
「そっかあ……そうだよな」
レナは昔を懐かしむように、あごに手をやった。
「オレの妹もデッカくなってたしな。コウタもデカくなるか」
「……いや、今の話だと、アッシュ君の弟君もハーレムを築いているのかい?」
と、ツッコミを入れたのは、キャスリンである。
視線はジェシカに向いている。
「い、いえ、その、我が君……いえ、コウタさんは……」
ジェシカは、何も答えられなかった。
それだけで状況を知るには充分だった。
「ははっ! コウタもモテるようになったんだな!」
一方、レナは平常運転である。
「一度会ってみてえな。けど、安心したぜ」
レナは、ニカっと笑った。
「サーシャとか、オトハとか、すげえレベルばっか見てたからな。ジェシカまで加わってたら、またヘコむところだったぜ」
「……いえ。あのね。レナ」
サクヤは、ジト目で自分を指差した。
「私のことを忘れてないかな? トウヤの婚約者である私のことを」
「あ、そっか」レナはポンっと手を打った。「そんじゃあ、サクも、ハーレムメンバーの一人なのか?」
一瞬の沈黙。
「――なんでそうなるのっ!」
サクヤは、バシャンッと湯面を叩き、湯船から立ち上がった。
その様子に、キャスリンは失言だと思った。
「レナ。流石にそれは失礼だよ。そもそも、アッシュ君がハーレムを築いているってのもただの噂で……」
「私は『正妻』なの! メンバーの一人みたいな言い方はしないで!」
「……ああ、怒ってる点はそこなのかぁ」
キャスリンは、額に手を当てた。
サクヤは鼻息も荒く、再び湯船に浸かった。
しかし、脱力するキャスリンとは対照的に、レナは気軽に尋ねてくる。
「それよりサク。結局、アッシュのハーレムメンバーって、どんなのがいるんだ?」
「……むむ」
見た目も性格も昔と全然変わらないレナに、サクヤはやや不満げだったが、
「私を含めて八人――」
「あ、オレも含めてもいいぞ」
「……九人よ」
サクヤは嘆息した。
「レナの直感通り、サーシャちゃんとオトハさんもそのメンバーよ。あと、クライン工房ではユーリィちゃんとも会ったのよね?」
「おう。アッシュの養女だよな」
レナは頷く。
「あの子もそうなの」
「えっ、そうなのかい?」
キャスリンが目を剥いた。レナの方も眉根を寄せて呟く。
「そうだったのか。まあ、確かにあの子もすげえ綺麗だったしな。けどよ」
レナは「う~ん」と腕を組んで唸った。
「まあ、オレの故郷だと、十二、三歳ぐらいの娼婦ってのもいたけどさ。あんなちっこい体だと、アッシュの夜の相手なんてまだキツくねえか? クタクタになるまで念入りに愛撫しても、入れてる最中で泣き出したりしねえか?」
「そんな生々しい話はしないで!?」
サクヤは思わず叫び声を上げた。顔も羞恥で赤くなる。
キャスリンも「……レナ。君、本当に処女なのかい?」と眉をしかめ、まだ経験のないジェシカは、無言のまま耳だけ赤くしていた。
ともあれ、サクヤは小さく嘆息して。
「……流石にユーリィちゃんはまだそこまでは行ってないよ。トウヤはあの子のことを本当に大切にしているし、そういうことは、あの子はみんなの中でもきっと最後だよ。まだまだ先のことかな?」
と、告げてから、コホンと喉を鳴らした。
「そ、その、一応言っとくけど、今のところ、トウヤとエッチをしたことがあるのは、私と……オトハさんだけだからね」
「そうなのか?」
レナは、まじまじとサクヤを見つめた。
サクヤは恥ずかしそうに言う。
「う、うん。ハーレムって言っても、トウヤに自分の女宣言されているのは、私とオトハさんだけだし。もう一人だけ特例っぽい人もいるけど、他の人たちは、まだキスもしてないはずだよ。これから頑張るって感じかな」
「……ふ~ん」
レナは、あごに手をやって考え込んだ。
サクヤとオトハの容姿を、脳裏に思い描く。
そして、
「なあ、サク。二つ聞いてもいいか?」
「な、なに?」
色々な意味で流石に熱くなってきたのか、サクヤは頬を手で扇いでいた。
「残りのメンバーでおっぱいが大きいのはいんのか?」
「なんか凄い質問が来たわね……」
「いいから答えてくれよ」
レナの顔は真剣だ。サクヤは仕方がなく答えることにした。
「……そうね。私やオトハさんとほとんど同じぐらいの人が一人。さっき言った特例の人だよ。あと、今の段階でも結構大きいけど、将来的には、私やサーシャちゃん並みになりそうな子が一人かな」
「……そっか。強敵だな」
レナは少し視線を落とした。
が、すぐにサクヤを再び見つめて。
「もう一つ教えてくれ」
ガッ、とサクヤの両肩を掴む。
「な、なにかな?」
レナの気迫のようなものにサクヤは圧された。
そして、レナは問いかけた。
「アッシュは、大きなおっぱいが好きなのか?」
………………………。
………………。
…………。
長い沈黙。
サクヤも、キャスリンも、ジェシカも。
レナ以外の女性が全員、遠い目をした。
気まずい沈黙。
しかし、それさえもレナは気にしなかった。
「なあ、答えてくれよ。重要なことなんだ」
ブンブンとサクヤの頭を揺らす。
「ちょ、ちょっと止めて。確かに重要だと思うけど……」
とりあえず、レナの両手を掴んでサクヤは言う。
レナの手が止まった。
再び沈黙。
全員がサクヤに注目した。
サクヤは頬を染めつつ、視線を逸らして告げた。
「多分、大好きです」
「おっしゃああああああああああああ―――ッッ!」
レナは立ち上がって、勝利の声を上げた。
それから、唖然とするサクヤに満面の笑みを向けて。
「ありがとな! サク! 値千金の情報だ!」
「そ、そうなの?」
「おう! おかげで方針が決まったぜ! キャスもありがとな!」
「え、ぼ、ぼく?」
キャスリンもまた唖然としていた。
しかし、レナはやっぱり気にしたりしない。
「待っていろよ! アッシュ!」
たゆんっ、と大きなおっぱいを揺らしつつ。
「勝つのは――このオレだかんな!」
天に拳をかざして、そう宣言するレナであった。




