第三章 対決④
「……クシュン」
その時、唐突にそんな声が響いた。
場所はクライン工房の二階。
階段近くで一階の様子を窺っていたメルティアは、小首を傾げた。
「零号。どうかしたのですか?」
と、今の声の主である零号に尋ねた。
零号は「……ウム」と頷いて。
「……ダレカガ、ワレノ噂ヲ、シタヨウダ」
「……え? 今のはくしゃみだったのですか?」メルティアが目を丸くする。「そんな機能はあなたにはないはずなのですが……」
「……キニスルナ。ソレヨリ、メルサマ」
零号は顔を上げて、メルティアを見つめた。
「……ガレージニ、チュウモクダ」
「え、ええ。そうですね」
疑問は残るが、メルティアは一階に意識を集中した。
そこでは、こんな会話がされていた――。
「え、レナさんって、私より年上なんですか?」
サーシャが、唖然とした声を上げた。
「……うそ……」
驚いているのは、ユーリィも同じだった。
彼女は、ずっと自分と同年代だと思っていたのだ。
一方、レナは、
「おう。今年で二十二だ」
「「オトハさんたちと同い年!?」」
「まあ、そういう反応するよなあ……」
アッシュが苦笑を浮かべた。
ちなみに、ユーリィとサーシャが増えた作業場には、さらに二つパイプ椅子が用意されて全員が座っている状況だ。唯一、九号だけはユーリィの傍で立っているが。
「まあ、レナの不可解な容姿は置いとくとして」
キャスリンが肩を竦めて、本題に入った。
「色々と脱線したけど、ぼくらは元々鎧機兵のメンテナンスを依頼しに来たんだけど?」
「おう。そうだったな」
レナが思い出したように言う。
というより、完全に忘れていたのだろう。
まあ、いずれにせよ、アッシュを見つめて。
「トウヤ。トウヤ」
「だから、それはやめろって」
「ん。じゃあアッシュ」
レナは言う。
「鎧機兵四機。メンテナンスの依頼をしてえんだけど、出来るか?」
「四機か?」アッシュはあごに手をやった。「納期は?」
それに対してはキャスリンが答えた。
「元々この国には一か月ほど滞在する予定だから、二週間かな?」
「二週間か。メンテナンスだけならいけるな」
現在、そこまで切羽詰まった仕事は抱えていない。
メンテナンスで余程致命的な損傷でも見つからない限り問題ないだろう。
「納期的には大丈夫だな」
アッシュは、首肯した。
「それじゃあOKだね。お金の方だけど……」
と、キャスリンが言いかけたところで。
「ちょっと待つっす!」
唐突に、ダインがストップをかけた。
全員が、ダインに注目する。
「そいつが団長の昔の知り合いってのは分かったすけど、仕事となると話は別っす! まずはそいつの腕前を確かめないと!」
「……確かに、それは一理……あるが」
ホークスが腕を組んだ。
「実際に、どうするのだ……?」
「まずは審美眼から試すっす!」
言って、ダインは立ち上がった。
「機体を預けた後、結局、何も分からなかったとかじゃあ、堪ったもんじゃないす!」
「まあ、それも分かるけど……」
キャスリンは苦笑を零した。
「露骨に攻撃的になったね。ダイン君」
「当り前っす――じゃなくって、これも団のためっす!」
「まあ、いいぜ」
アッシュも、両膝に手をかけて立ちあがった。
「正直、俺もオズニア製の鎧機兵ってのに興味がある。実際に確認しないと分からないことってあるもんだしな」
言って、作業場の中央に移動していくダインの後に続いた。
レナやキャスリンたち。サーシャやユーリィ、九号も、その後に続いた。
そして――。
「来い! 《ダッカル》!」
ダインは、短剣に触れて愛機を喚び出した。
作業場の中央に転移陣が展開される。
そうして出て来たのは……。
「え?」
サーシャが、驚くように目を見開いた。
アッシュは「へえ」とあごに手をやった。
ダインの召喚した鎧機兵が、かなり変わっていたからだ。
片膝をついて現れたオズニア大陸製の鎧機兵。
基本的なフォルム自体は、セラ大陸のものと大きくは変わらなかった。
全高も五セージル半ほどで大差はない。背中から、バランサーである竜尾が生えているところも同じだ。緑と白で彩られた外装もまた、セラでいうところの騎士型とさほど差はなかった。武器は、円錐型の突撃槍を携えていた。
「こいつはまた変わってんな」
アッシュはダインの機体に近づき、その脚部に触れた。
ダインの機体は、脚部がかなり特徴的だった。ダインの機体は、両足の足首よりも下が蜘蛛の足のように四方向に広がり、車輪が付いているのだ。それに加え、通常、鎧機兵の下腿部はやや細めのだが、この機体は大腿部とあまり差がない。
「へえ」
アッシュは感心しながら、車輪の一つに触れた。分厚いゴムで覆われた車輪だ。
オズニア大陸では『タイヤ』と呼ばれている車輪である。
「確かに変わっていますね」
サーシャが、興味津々にアッシュの隣に並んだ。
「《ホルン》とは、まるで違う足ですね」
サーシャも車輪に触れた。ユーリィもそれに続き、何故か九号は、ゴツゴツと車輪のゴムを殴り続けていた。
「ははんッ! どうしたっすか? 早速分からないんすかね?」
と、ダインが小馬鹿にするように吹っ掛けてきた。
アッシュは苦笑しつつ。
「ああ、初めて見るな。これがオズニアの機体の特徴なのか?」
率直にそう尋ねる。ダインは「ふふん!」と鼻を鳴らした。
「そうっすよ! 団長も、ホークスさんもキャスさんも同じタイプの鎧機兵なんすよ! どうっすか! お手上げっすか――」
「いや、大体の構造なら分かるよ」
「……へ」
キョトンするダイン。
アッシュは、四つに分かれている脚部に目をやった。
「要は、これって高速移動を前提にした脚なんだろ? 四つの脚部に、それぞれ独立したジョイント部もあるな。すべてのジョイント部の可動域が広い。岩場みたいな荒れた足場での移動も想定したもんだな」
「え? あ、いや……」
的確に言われて、ダインは言葉を詰まらせた。
アッシュは機体の全身を観察して、さらに告げる。
「基本骨格自体はセラのとほぼ同じか。動力は……まあ、恒力だろうな。別のもんに代替する理由もねえし。収納場所も同じく腹部か。下腿部が太いのは、鋼子骨格や人工筋肉だけじゃなく、車輪を動かす機構も内蔵しているからか。もしかして、これって噂に聞く『鉄鋼車輌』ってやつと同じものなのか?」
「……へえ」
腰に手を当てた、キャスリンが近づいてくる。
「ご名答だよ。よく分かったね。アッシュ君」
「鎧機兵の鈍足は、すべての職人の悩みどころだからな」
アッシュは両腕を組んだ。
「セラでも色々とチャレンジする職人は多いんだよ。《雷歩》や《天架》みたいな高速移動用の闘技でフォローできるっていっても、やっぱ職人なら操手の技量に頼らず、根本的に鎧機兵自体を速く動かしてえって誰もが考えるからな」
と、続けて説明する。
キャスリンは「へえ」と感心し、ダインは「ぐぐぐ」と唸っていた。
「それで、メンテナンスは出来そうなのかい?」
「う~ん、これを二週間か……」
アッシュは、あごに手をやった。
「大丈夫だと思うが、初めて見る機構だしな。俺一人だと少し不安か……」
と、頭を悩ませていたら、九号がアッシュのズボンをクイクイっと引いて。
「ん? どうした九号」
「……メルサマガ、テツダウト、イッテル」
「おっ、マジか」アッシュは階段の方に目をやった。「そいつはありがてえな」
どうやら九号を通じて連絡してくれたようだ。
正真正銘の天才であるメルティアが協力してくれるのなら心強い。
「おし」
アッシュは決断した。
「大丈夫だ。キャスリンさん。問題ねえ」
「うん、そうかい」キャスリンは笑う。
それからレナの方を見て、
「なら、もう決まりでいいよね。団長」
「おう!」
レナは頷いた。アッシュは、改めて団長であるレナに告げる。
「鎧機兵四機のメンテナンス。確かに受けたまわったよ」
「おう! 頼んだぜ! トウヤ! あ、じゃなくてアッシュ!」
ニカっと笑うレナ。
アッシュは一瞬だけ苦笑を見せるが、「おう」と同じように笑った。
「そんじゃあ、任せておいてくれ」
グッ、と親指を立てる。
何だかんだで受けることになった、鎧機兵四機のメンテナンス。
こんな田舎であっても、意外と商売繁盛しているクライン工房だった。




