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【第18部まで完結】クライン工房へようこそ!  作者: 雨宮ソウスケ
第14部 『女神たちの闘祭』①

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第二章 レディース・サミット3②

 ――ほぼ同時刻。

 クライン工房の作業場にて。


(……これは、一体どういうことなんだ?)


 現在進行形で、アッシュは、ひたすら困惑していた。

 だが、それも仕方のないことだった。

 なにせ、彼の腕の中には今、見知らぬ少女がすっぽり納まっているのだから。


(誰なんだ? この子は?)


 思わず眉をひそめる。一応、彼女は、お客さまになるはずだ。

 少なくとも、最初に声を掛けてきたひょろ長い男性は、鎧機兵のメンテナンスの依頼をしようとしていた。

 まあ、そんな彼も、今は愕然とした表情を浮かべているが。


 アッシュは今や、彼女の腰だけでなく、後頭部も片手で押さえていた。

 指先に髪が埋まる。乱れている割には柔らかい髪だ。

 アッシュは髪に意識を向けた。そちらに集中しないと、凄い潰れ方をしている胸に意識が持っていかれてしまうからだ。ユーリィ並みに小柄なのになんという破壊力か。

 それを容赦なく押し付けてくるのである。この少女は。

 こればかりは、流石に気持ちが落ち着かない。


(……けどよ)


 アッシュは改めて、少女の様子を窺った。

 彼女は未だ「トウヤぁあ、トウヤああぁ」と、アッシュの本名を連呼していた。

 ここに至っては、流石に彼女は自分の知り合いなのだろうと理解していた。

 そうでなければ、その名前が口から出る訳がない。

 少なくとも、以前に会ったことはあるはずだ。


(けど、一体、いつ会ったんだ?)


 少女の頭を撫でながら記憶を探ってみるが、彼女のことが一向に思い出せない。

 ただ、その失われた名前を知っているということは、彼女と出会ったのは八年以上も前ということになる。それ以降に、その名を名乗ったことはないからだ。


(八年前って、この子が六歳か七歳の頃か? コウタと同年代っぽいが、まさか、クライン村の……いや、コウタの幼馴染にこんな子は……)


 眉根を寄せた、その時だった。

 不意に、ふわっと良い匂いがした。

 彼女が、より強くしがみついて来たのだ。

 その瞬間、鮮明に記憶が蘇ってきた。


『またな!』


 かつて、そう告げてきた少女のことを。


 ――たった一週間。

 たった一週間だけだが、今は消えてしまったあの村で世話をした少女。

 確か、あの少女も傭兵だった。


「……え?」


 アッシュは茫然として、彼女を少し引き剥がした。

 腰には手を回したまま、仰け反らせるように彼女の肩に片手を添える。

 少女は「ヤダああぁ、離しちゃヤダだあぁぁ!」と泣き続けていた。

 涙で濡れた彼女の顔は、幼い顔立ちながらも確かな色香があった。

 少しだけ背中がゾクリとするが、アッシュはそれどころではなかった。

 彼女の顔に、はっきりと見覚えがあったのだ。


「お前……もしかして、レナか?」


 記憶の中にある少女の面影が、彼女と重なる。


「昔、俺の村にやって来たあのレナなのか?」


「うん! オレはレナだ!」


 少女――レナは、勢いよく頷いた。

 アッシュは、さらに愕然とする。


「えええッ!? いや、だって、お前見た目が全く変わってねえぞ!?」


 思わずアッシュは両手でレナの頬を押さえた。

 腰の支えを失って、レナの両足がブランブランと揺れる。


「サク以上に何も変わってねえ!? なんでだ!?」


 目をこれでもかとばかりに見開いた。

 アッシュが知る限り、レナは確か自分よりも一つだけ下だったはずだ。

 出会った当時の彼女の年齢は十四歳。それが八年前のことだ。


 ――そう。八年も前のことなのである。


「う、うそだろ……」


 アッシュは、レナの両頬を掴んで饅頭のように潰しながら、唖然とした。

 どう見ても、目の前の彼女は十四、五歳にしか見えなかった。

 服装や、若干の髪型の変化程度はあるが、それ以外は記憶にあるあの頃のままだ。流石に唖然とするしかない。

 すると、その時、レナがバタバタと足を動かして、アッシュの両腕を掴んだ。


「ふぉ、ふぉずにあで……」


 頬を押さえられたまま口を開くが、上手くしゃべれないようだ。

 アッシュは、少しだけ頬を押さえる力を緩めた。

 ようやく、口が大きく開けるようになったレナは語る。


「昔、オズニアの遺跡にあった変な水を呑んだんだ。そん時、足も怪我しててさ。もう喉もカラカラで仕方がなく。そしたら、なんでか怪我が治ったんだ。そんでその日以降、傷の治りがやたらと早くなったんだけど、全然背が伸びなくなって……」


「何だそれ!? お前一体何を呑んだんだ!?」


「待つんだ!? 何だいその話は!? ぼくも初めて聞いたよ!?」


 と、叫んだのはキャスリンだった。

 アッシュは、視線を彼女の方に向けた。

 キャスリンもアッシュを見つめる。二人の視線がぶつかった。


「えっと、あんたらは、レナの傭兵仲間なのか?」


「う、うん」キャスリンはおずおずと頷いた。「それより、君はもしかして『クライン村のトウヤ君』なのか?」


「いや、その名前は……」


 アッシュは一瞬言い淀むが、


「……ああ。それで合ってるよ。色々あって今は別の名前を名乗っているが……」


 ここでうそを付くのも憚れる。真実を口にした。


「――はあッ!? 何すかそれ!?」


「……有り得る、のか? こんな、偶然は……」


 ダインとホークスも、愕然とした。

 一方、レナは、


「トウヤ。トウヤ」


 アッシュに対して、両手を伸ばしていた。

 まるで、小さな子供が玩具をせがむように、パタパタと手を動かして。


「首が痛い。一旦降ろせ。それと全然抱きつき足りない。早くオレを抱きしめろ」


「いや、お前な」


 アッシュは呆れるが、彼女を床に降ろした。


「しっかし、久しぶりだな。レナ」


「おう!」


 レナは、ニカっと笑った。

 笑顔まであの日と変わらない。アッシュも思わず笑みを零す。


「元気そうで何よりだ。見た目が全く変わってねえのは、マジで驚いたが」


「そういうトウヤは真っ白になったな。凄く苦労したんだな」


「いや、これは、そういう変化じゃねえんだが」


 アッシュは、自分の髪を一房掴んで苦笑をする。


「ともあれ、また会えて嬉しいぞ。レナ。それにお仲間さんたちは初めましてだな。今からお茶を用意すっから待っていてくれ」


 そう言って、アッシュは彼らを歓迎した。

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