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【第18部まで完結】クライン工房へようこそ!  作者: 雨宮ソウスケ
第13部 『冥王と黄金の姫』

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第八章 目覚める本懐③

 ――ギィンッ!

 鋭い剣戟音が鳴り響く。

 オトハが、繰り出した小太刀の音だ。

 連撃は繰り返される。

 並みの者ならば、目で追うのも難しい速度だ。

 しかし、そのことごとくを、ゴドーは平然と凌いでいた。


「フハハッ! どうした、オトハ!」


 言って、ゴドーは、儀礼剣でオトハの斬撃を大きく弾いた。

 オトハは、険しい表情で後方に跳んだ。

 すると、ゴドーは一拍の間を空けた。

 オトハは舌打ちしつつ、左腕を盾に身構えた。

 直後、ゴドーの砲弾のような前蹴りが襲い掛かる!


「――ぐうッ!」


 左腕に直撃!

 オトハは、苦悶の表情を浮かべて吹き飛んだ。

 ゴロゴロと後方で転がり、即座に立ち上がる。


「どうした? 斬撃が遅くなってきているぞ?」


 一方、ゴドーは追撃もせずに、儀礼剣で肩を叩いている。


「……貴様」


 オトハは、ギリと歯を鳴らした。


「どこまで私を侮辱する気だ……」


 先程からの攻防。

 ゴドーは、自分から仕掛けることは一度もなかった。

 オトハの攻撃を受け続けて反撃の繰り返しだ。

 しかも、反撃の際は、オトハが防御の姿勢を取るまで待つぐらいだ。

 明らかに侮辱されている。

 オトハの眼光に、殺意に満ちた光が灯る。

 しかし、ゴドーは気軽なもので、


「そうは言ってもな」


 肩を叩くのを止めずに語る。


「俺とてあまりお前を傷つけたくはないのだ。なにせ、お前は俺の女なのだしな」


「………」


 オトハはもう戯言にも付き合わない。

 全身の神経を研ぎ澄ませて、小太刀を正眼に構える。

 それに対しても、ゴドーの態度は変わらない。


「しかし、オトハは思ったほど体力はないのだな。胸こそ大きいが、全身は華奢で少し小柄だからか。筋肉の質は良さそうだが、筋量自体が人並み程度といったところか」


 ゴドーは顎髭を撫でた。


「う~ん、これでは恐らく俺の相手は一晩持たんな。抱き潰してしまうか。まあ、それならそれで、あえて焦らして、じっくりと仕込んでやればいいだけだか」


「………」


 その不快な台詞にも、オトハは無言だ。

 正直、付き合うだけの余裕もない。

 悪戯の権化のような男だが、こいつは――。


(……強い)


 静かに、オトハは喉を鳴らした。

 オトハは、対人戦において自分が最強などと思ったことはない。

 少なくとも数人は自分よりも強い者を知っている。


 伝説の傭兵、父――オオクニ=タチバナは別格。

 同じ《七星》の一人であるライアン=サウスエンドも、オトハよりも強いだろう。 

 彼女が愛するアッシュもその一人だ。


 彼らは、誰もが対峙すると凄まじい圧を感じたものだ。


(……こいつは)


 そして、眼前の男の圧もまた、彼らに比べても遜色がない。

 明らかに、自分より格上の敵だった。


(一体、何者なのだ?)


 ポトリと地面に零れ落ちる汗。

 オトハは、動揺と緊張を隠せずにいた。



       ◆



 一方、動揺する者がもう一柱(ひとり)

 オルドス=ゾーグもまた、困惑していた。


(〈……こいつは何者であるか?〉)


 名は知っている。

 アッシュ=クライン。《七星》の一人であり《双金葬守》の二つ名を持つ男。

 オルドスのもう一人の花嫁の養父であるという情報も握っている。


(〈ガレックを殺すほどの強者であることも知っている。知ってはいるが……〉)


 まだ少しふらつく頭を片手で押さえる。

 オルドスの体重は成人男性の三倍近い。それほどの筋肉密度を持っているのだ。


(〈まさか、小生を蹴り飛ばすとは……〉)


 人よりも、魔獣に近い体躯。

 それを、目の前の平凡そうな男は、軽々と吹き飛ばした。

 驚愕すべき膂力である。

 しかし、それ以上に――。


(〈……何か、ヤバいのである〉)


 オルドスの直感が、そう告げていた。

 この男と直接対峙してはいけない。

 様々な世界を観てきた長年の経験が、警鐘を鳴らしていた。

 だが、ここで退く訳にもいかない。

 人間相手に退いては、神の矜持に関わる――のは、どうでもいい。

 誰が相手でも、神とて死ぬ時は死ぬのだ。

 特に目の前の男は、神殺しさえもあっさりやってのけそうだ。

 そんな嫌な予感がする。


 ――危険ならば、即座に撤退。

 そうして、オルドスは今まで生き延びてきたのだ。


 けれど、この局面では、逃げる訳にもいかなかった。

 オルドスは、ちらりと花嫁に視線を向けた。

 流れるような黒髪に、優しげな黒い眼差し。鼻梁に至っては至高の域だ。

 そして、何よりも、情報通り、ゆっさゆさだった。

 それも想像以上だ。しかも、ただ大きいだけではない。

 重力に逆らうかのように、まるで形が崩れていないのだ。

 今もわずかに身じろぎするだけで微かに揺れている。まさに眼福だ。

 どれほどの張りを有しているか……。

 それを確かめることを想像するだけで、今から心が躍ってくる。


(〈……うむ。素晴らしいのである〉)


 オルドスは、花嫁に心からの賛辞を贈った。

 想像を遥かに超えて美しく、素晴らしい花嫁である。

 これは何としてでも、手中に収めたい。

 しかし、眼前の男をどうにかしなければ、彼女と愛を営むことが出来ないのだ。


(〈仕方あるまい〉)


 オルドスは、覚悟を決めた。

 次いで、タキシードの懐から、一振りの儀礼剣を取り出した。


「……あン?」


 アッシュが不快そうに眉根を寄せた。


「てめえ。そのガタイで鎧機兵戦に逃げんのかよ?」


 ボキボキと拳を鳴らす。


「女を奪いてえのなら、自分の拳で来いよ」


「〈……そなたは〉」


 オルドスは、神妙な声で告げる。


「〈危険である。少なくとも無手で挑みたくはないのである。ゆえに、小生はこの世界で得た力で挑むことにするのである〉」


 言って、儀礼剣の鞘に片手を当てた。


「〈来たれ。《冥妖星》よ〉」


 途端、オルドスの後方の空間が割れた。通常の転移陣ではない。星が瞬くような異空間がそこに現れた。

 そしてそこから現れたのは――。


「……そいつが《冥妖星》か」


 自身も腰のハンマーに触れて、愛機を喚びつつ、アッシュが呟く。

 四本の赤い角を持つ、《煉獄の鬼》のごとき異形の鎧機兵――《朱天》を傍らに、アッシュは《冥妖星》に目をやった。

 ――《九妖星》の一角。それも本部長格の鎧機兵。

 初めて見るそれは、《九妖星》にしては、珍しく人型に近かった。

 全高は、四セージル半ほどか。

 全身の装甲は深い紫色。人型ではあるが両腕は長く、関節も一つ多い。大腿部は太く両足はひしゃげている。背中に竜尾はなく、代わりに甲羅のごとく膨れ上がっている。そこから、蟲の四肢を思わせるような、細く長い四本の腕が伸びていた。

 頭部に関しても歪だ。円筒状で上から並ぶように八つの眼を持っているのである。アッシュからは見えなかったが、後方にも同じ数の眼があった。

 静かに佇むその姿は、よくよく見ると、オルドスに似ていた。

 すると、アッシュの目の前で《冥妖星》が胸部装甲を開いた。

 ――いや、胸部だけではない。

 メインである両腕と、大腿部も割れるように開いたのだ。


「……ああ。なるほど」


 アッシュは目を細める。


「メルティア嬢ちゃんの着装型鎧機兵と同じタイプか」


 あの巨体だ。通常タイプの鎧機兵にはまず乗れない。

 要は乗り込む鎧ではなく、正真正銘の着込む鎧ということなのだろう。

 機体サイズが小さいのも円筒魔神の体格に合わせてか。

 と、考えている間に、オルドスは吸い込まれるように《冥妖星》の中に納まった。


「……じゃあ、俺も用意するか」


 アッシュは、隣に膝を曲げて佇む《朱天》の操縦席に乗り込んだ。

 そして操縦席の中から、サクヤに呼びかける。


「サク。お前も来い」


「え? け、けど……」


 サクヤは少し躊躇った。


「い、いいの? その鎧機兵は、本来は私を……」


「……気にすんな」


 アッシュは苦笑を浮かべた。


「確かに、お前を乗せる日が来るなんて思いもしてなかったが、《朱天》だって受け入れてくれるさ。何よりこの状況でお前を外に放置できねえよ」


 と、告げるアッシュに、


「……大丈夫だよ」


 サクヤは、微苦笑で返した。


「コウちゃんから聞いているんでしょう? 私には《聖骸主》の力が――」


「……そんなものは使わせねえよ」


 サクヤの台詞を遮って、アッシュが言い放つ。

 サクヤは「え?」と目を剥いた。


「そんな力はもう二度と使わせねえ。それより来い。サクヤ」


 アッシュは、優しく笑って問うた。


「お前の居場所はどこなんだ?」


「……あ」


 サクヤは、口元を押さえて立ち尽くす。

 が、すぐに、くしゃくしゃと表情を崩して。


「うん……うん。分かった」


 言って、《朱天》の元へ駆け寄った。

 そして、アッシュの手を掴んで引き上げてもらう。


「……サク」


 アッシュは、サクヤを抱きしめた。


「少し狭いが我慢してくれよな」


「……うん。大丈夫だよ。トウヤ」


 そうして二人は《朱天》の中に乗り込んだ。

 アッシュが前に。サクヤが彼の背中にしがみつく状態だ。

《朱天》の胸部装甲が閉じられる。

 同時に、胸部装甲の内側に外の光景が映し出されてクリアになる操縦席。

 アッシュは前を見やった。

 そこには、ダラリと両腕を下げて、わずかに宙に浮く《冥妖星》の姿があった。

 どうやら、あの機体には不可解な飛行能力があるようだ。


「また厄介そうだな。だが」


 アッシュは、操縦棍を強く握りしめた。

 相棒の脈動が伝わってくる気がした。

 背中には、愛しい女の鼓動も感じ取れる。


「さて。相棒」


 アッシュは不敵に笑って宣言した。


「これから色々とやることがあるんだ。さっさと片付けることにしようぜ」

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