第七章 二人は再び出逢う②
(……そろそろ再会した頃か)
クライン工房の作業場前。
オトハは、空を見上げて物思いに耽っていた。
クライン工房の作業場は、閉められている。
シャッターには『本日、臨時休業』の壁紙が貼られていた。
今朝がた、アッシュ自身が貼ったものだ。
現在、クライン工房は、オトハ以外は全員不在だった。
アッシュは静かな表情で「そんじゃあ行ってくる」と告げて出かけて行った。
ユーリィと九号はそれを見届けてから、「……私は王城に行ってくる」と言って、出て行った。このことをルカ達に連絡するつもりなのだろう。
オトハは一人残された。
今日は、彼女も臨時講師の職が休暇だったので、やることがなかった。
そのため、何となく外に出たのだ。
(……サクヤ=コノハナか)
アッシュの幼馴染で婚約者だった少女。
不遇の死を遂げ、今もなおアッシュに愛されている女性。
オトハは、実際に彼女と出会ったことはなかった。
――一体、どんな女性なのか。
当然ながら、気にはなる。
なにせ、自分は今のアッシュの恋人なのだから。
「………」
無言のまま、胸元を片手で押さえる。
彼女と再会し、アッシュがどんな結論を出すかは分からない。
サクヤを選び、オトハに別れを告げるのか。
オトハを選び、サクヤに別れを告げるのか。
それとも二人とも――。
(いや、そこまではまだ下地不足だな)
オトハは嘆息した。
顔が少し赤い。
いずれにせよ、これは大きな変革期となる。
それは、オトハのみならず、ユーリィ達もそう感じ取っていることだろう。
皆、各自に出来ることで備えている。
そしてオトハもまた、自分に出来ることをするだけだ。
(そうだな……)
胸を支えるように腕を組む。
これから、戦場は激化を辿ることだろう。
今のところ、サクヤを除けば、オトハは最も優位な立場にいる。
圧倒的に優勢と言ってもいい。
しかし、それに甘えていられない状況に陥るはずだ。何故なら、オトハの知る彼女達はタイプこそ違うが、それぞれ凄まじいポテンシャルを持つ者ばかりだからだ。
同じ場所に立てば、容易く覆されてしまうかもしれない。
ならば、ここは自分も戦力UPを図るべきだろう。
ちらり、と自分の姿に目をやった。
プロポーションを強調するような黒い革服。いつも同じ姿だ。
サーシャ達も、いつもは制服姿が多いが、それはあくまで学生だからだ。
当たり前だが、可愛らしい私服も持っている。
しかし、自分はどんな時でも同じ格好だ。
(これはまずいのか……?)
よく分からないが、オトハは眉根を寄せた。
アッシュにも、前に別の服を持っていないのかと問われたことがある。
その時は気にもしなかったのだが……。
(ううむ……)
オトハは、くるりと踊るように全身に目をやった。
(この服は頑丈で動きやすいからいいのだが……)
とはいえ、いつも同じ服では飽きられてしまうのも事実だ。
アッシュだって、たまには違う姿の恋人を見たいだろう。
オトハは考えた。
(……よし)
そして決意する。
(この前、街で見かけた寝間着を買おう)
……何故そこで下着に飛ぶのか。
オトハのオトハたるところなのだが、ともあれ、彼女は満足げに頷いた。
街の店舗で見かけた寝間着は結構大胆なものだった。
――肌が透けるような黒の寝間着。
オトハとしては、赤面することが確実な一品だが、あれならば、きっとアッシュも喜ぶこと請け合いだろう。これもすべて戦力UPのためだ。
「早速出かけるか」
オトハは頷くと、クライン工房横に造った馬舎に向かった。
そこには、アッシュのララザと共に、オトハの愛馬もいるからだ。
オトハは、少し上機嫌な様子で歩を進める。が、
「………」
不意に足を止めた。
瞳を鋭く細める。
背筋辺りに、強い悪寒を感じたのだ。
オトハは、首筋を片手で押さえて振り向いた。
「……招かざる客が来たか」
ポツリ、と呟いた。
鋭い眼光で、その男を見据える。
「招かざる客とは悲しいぞ」
男は肩を竦めた。
「俺は一日千秋の想いでここに来たというのに」
「ふん。そうか」
オトハは、腰の小太刀の柄に手をやった。
「ならば、私も嬉しいと言っておこう」
足を開き、重心を落とす。
「斬り損ねたお前を斬る機会を、こうして与えられたのだからな」
「フハハ、相変わらずオトハは気が強いな」
男は陽気に笑う。
次いで、カウボーイハットのつばに手をやり、臨戦態勢のオトハを見つめた。
「だが、そこがいい。実にいいぞ。お前のその気丈な仮面は俺がゆっくりと外していってやろう。勿論、俺の腕の中でな」
そう言って、その男――ゴドーは両手を広げた。
「さあ、オトハよ。再会の時は今だ」
そしてゴドーは宣言する。
「ようやく、お前を俺の女にする時が来たのだ」




