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クライン工房へようこそ!【第18部まで完結!】  作者: 雨宮ソウスケ
第13部 『冥王と黄金の姫』

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第五章 ロマン・チェイサー・リターンズ!③

 場所は変わり、とある宿の一室。

 そこには今、黒い服を身に纏う二人の人物がいた。

 ――いや、片方は、とても人とは呼べないか。


「……お恥ずかしいところをお見せしました。オルドス」


 椅子に座って、黒服の一人――ボルドが言う。


「〈気にする必要はないのである。ボルド〉」


 テーブルを挟んで、ボルドの前に座るもう一人の黒服――オルドスが答える。

 次いで、長い腕でテーブルの上のコーヒーカップを掴む。

 ゆっくりと頭に近づけると、熱いコーヒーがふわりとカップから浮き、流れるように動いて円筒の頭に吸い込まれていった。


「〈うむ。中々の美味である〉」


 オルドスは満足げに言った。


「〈それにボルド。そもそも恥じることでもないのである〉」


 空になったカップをテーブルに置き、オルドスは告げる。


「〈《黒陽社》の幹部たるもの、ましてや《九妖星》ならば、部下が美女なら手籠めにするのは当然の嗜みである〉」


「いや、そんなことを嗜みにしないでください」


 説得力がないと自分でも理解しつつ、ボルドは言い返す。

 すると、オルドスは「〈……ん?〉」と、頭を横に揺らした。


「〈何を言っているのであるか? ガレックは当然のように手を出していたである〉」


「……いや、特に破天荒な男を引き合いに出されても……」


 ボルドは溜息をついた。


「〈それに小生の金糸雀は全員部下である。シーラに至っては、あの子を拾った時から金糸雀にすると決めていたぐらいである〉」


「……忘れていました。あなたの方が破天荒でしたね」


 ボルドは、さらに深い溜息をついた。

 が、そこで表情を改める。


「ところでオルドス」


 支部長として、本部長に尋ねる。


「差し支えなければお教え願えますか? どうしてあなたがここに居るのです? そもそも何故、彼女を探しているのです? 社長の密命ですか?」


「〈……ん? んん? 社、長……?〉」


 すると、オルドスはあご辺りに手を当てた。


「〈……あ〉」


 不意に声を零す。

 ボルドは眉をひそめた。


「……オルドス? どうしました?」


「〈……しまった。忘れていたのである〉」


 オルドスは、長い腕で円筒の頬辺りをかいた。


「〈そう言えば、ゴドーもこの国に連れてきていたのである〉」


「え? 社長を?」


 ボルドは目を丸くした。


「どうしてこの国に社長が?」


「〈分からないのである〉」


 連れてきた当人であるオルドスが、堂々とそんなことを言う。


「〈ただ、ゴドーは我が金糸雀の歌を読んで、急にこの国に行くと言い出したのである〉」


「……歌、ですか?」


 ボルドは、指を組んでオルドスの言葉を反芻する。

 ――《冥妖星》が愛する金糸雀達の歌。

 未来視の異能については、当然、ボルドも知っている。


「一体、どんな歌だったのですか?」


 ボルドがそう尋ねると、オルドスは「〈そうであるな〉」と首を左右に揺らした。

 そして、おもむろにゴドーが興味を持った金糸雀の詩を詠んだ。

 オルドスの歌に、ボルドは眉根を寄せる。


「その歌は……」


「〈うむ。内容からしてゴドーに関係する歌ではあるな〉」


「確かにそうですが……」


 ボルドは、ますます眉をひそめた。


「正直、状況が分かりません。その歌が切っ掛けだったとしても、どうして社長はこの国に来たのでしょうか?」


「〈まあ、この国に用でもあったのではないか?〉」


 オルドスは、大して興味もない様子でそう返した。

 ボルドは、肩を落として嘆息する。


「それで社長は今、どこにおられるのですか?」


「〈知らないのである〉」


「……え?」


 ボルドは目を瞬かせた。


「え? ですが、あなたが社長を連れてきたのでしょう?」


 オルドスは滅多に他人を同行させないが、非常に便利な転移能力を有している。

 その能力で、ゴドーをこの国にまで連れてきたと思っていたのだが……。


「〈うむ。どうやら、どこかで落としてしまったようである〉」


「落としたって……」


 ボルドは、細い目を愕然と見開いた。


「〈大丈夫である。次元の狭間には落ちてはいないのである。きっと〉」


「いや、きっとって……」


 ボルドは、疲れ果てた様子で椅子の背もたれに体重を預けた。

 どうやらボルドの主君は、この国のどこかに放置されたらしい。


「〈まあ、ゴドーなら大丈夫なのである〉」


 と、落とした本人が言う。

 ボルドは、眉間を指先で強く押さえた。


「オルドス。あなたは……」


 一応、《九妖星》の一人として文句を言おうとした、その時だった。

 ――コンコン、と。

 静かに、ドアがノックされる。

 外からは「ボルドさま。私です」と声がした。カテリーナの声だ。


「……入ってください」


 そう告げると、「失礼します」と言って、カテリーナが入室してきた。

 当然ながら浴衣姿ではない。彼女も黒服だ。赤い眼鏡こそしていないが、頭頂部で髪を団子状で纏め、唇には紅い口紅を引いている。

 凛とした表情。まさしく、仕事時のカテリーナの姿だ。

 カテリーナは支部長と本部長に一礼をすると、


「ゾーグ本部長のご依頼の件、調べ終わりました」


 そう報告した。


「〈おお! そうであるか!〉」


 オルドスが喜色満面に立ち上がる。

 カテリーナはオルドスの前にまで移動すると、一枚の紙きれを差し出した。


「メモで申し訳ありませんが、彼女の居場所です」


「〈おおお……〉」


 オルドスは、そのメモを丁重に両手で受け取った。

 ボルドはその様子を一瞥しつつ、カテリーナに告げる。


「よくこの短期間で見つけられましたね」


「彼女の容姿は目立ちますから」


 と、いつものごとく(・・・・・・・)事務的に答えるカテリーナ。

 公私混同はしない。流石は《黒陽社》が誇る才媛の一人だった。

 ボルドは苦笑する。が、すぐに表情を改めて。


「それにしてもオルドス」


 ボルドは、メモを神器のように両手で掲げるオルドスに尋ねた。


「どうして彼女の居場所を?」


「〈うむ! そうであるな!〉」


 オルドスは、そわそわと窓辺に向かいながら答える。


「〈小生の子を産む花嫁は多い方がいいのである! ましてや、彼女の方は待たずともよいであるゆえに!〉」


「……え?」


 ボルドは目を丸くした。


「え? 子? 花嫁? どういう意味です? オルドス?」


 続けてそう尋ねるが、興奮気味のオルドスは聞いていない。

 窓辺に足をかけると、黒い翼を広げた。


「〈感謝する! ボルド! そしてボルドの金糸雀よ!〉」


 オルドスはボルドとカテリーナに、片手で敬礼して告げた。


「〈休暇の邪魔をしたのである! 後半戦、頑張るのである!〉」


 そうして、オルドスは羽ばたいて行った。

 後に残されたボルドは、未だ唖然としていたが、


「ボルドさま」


 カテリーナの声にハッとする。


「カ、カテリーナさん?」


 ボルドは、恐る恐る彼女の方に振り向いた。

 けれど、彼女は仕事時の顔だった。


「では、予定通りボーダー支部長の所に参られますか」


「え? あ、そうですね」


 ボルドは頷く。それに対し、カテリーナは「承知しました」と答える。


「では、宿の女将に出かけることを告げてきます」


 言って、ボルドに一礼するが、そこでポツリと言葉を添える。


「後半戦は……今夜にということで」


「え……?」


 ボルドは唖然とするが、カテリーナはツカツカと歩き去ってしまった。

 パタン、とカテリーナによって、部屋のドアが締められる。

 一人残されたボルドは、しばし茫然としていたが、


「……やれやれですね」


 ようやく思考が復帰し、ボルドは嘆息して呟いた。


「どうやら、ボーダー支部長達に話さなければいけないことが増えてしまったようです」

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