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クライン工房へようこそ!【第18部まで完結!】  作者: 雨宮ソウスケ
第13部 『冥王と黄金の姫』

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第三章 神は願う①

 ――小生は、様々なものを見てきたのである。


 白と黒の混沌とした世界。

 天地を切り裂く大剣。

 永遠を望む怪物。

 塔の上を目指す翼人達。

 深淵を覗いた魔術師。

 千の刃を身に受けた聖女。

 星々を渡る船。

 黒き炎の円環を背負う男。

 荒れ狂う災厄の魔竜。

 黄金の槍を携えた戦女神。


 そんな、様々なものである。


 ――なに? 最後の三つ以外は分からないであるか?


 うむ。それは仕方がないことである。

 我が愛しき金糸雀(カナリア)・シーラよ。

 小生が見初めて、育て上げた我が愛し子よ。

 小生が見てきたものの大半は、異なる世界のものである。

 そなたが知らないのは当然である。

 小生は気が遠くなるような刻と、那由多の世界を越えてきたであるゆえに。


 ――世界を渡り続けた目的であるか?


 目的ならあるのである。

 我が種を残すためである。小生は小生の種の最後の一柱(ひとり)であるゆえに。

 要は花嫁を探しているのである。

 それならば自分が? うむ。嬉しいことを言ってくれるのである。

 しかし、シーラよ。そなたでは我が子は宿せぬ。

 そなたの献身と愛を疑ってなどおらぬ。

 されど、いかに尊き愛があっても、そなたでは小生の子を宿せぬのだ。

 こればかりは、どうしようもならないのである。

《星神》であるそなたであっても、なお因子が弱いのだ。

 限りなく神に近い因子を持つ者でなければ、小生の子は宿せないのである。

 異界においては、小生も神だったゆえに。


 ――ゆえに候補はただ一人。

 しかし、彼女はまだ幼い。小生の精を受けきるにはあまりに未成熟なのである。

 拾った当時のそなたのようにな。

 もうしばし成熟の刻を待たねばならないのである。

 せめて、あの娘が十六……いや、十八になるまでは。


 ――ああ、シーラ。悲しまないで欲しいのである。

 我が愛しき金糸雀・シーラよ。

 小生の子を宿せずとも、小生はそなたを愛しているのである。

 それは他の金糸雀達も変わらぬ。

 小生が新たな異界に渡らないのも、そなたらがいるからだ。

 この世界こそ、小生の終の居場所なのである。


 ――さあ、シーラ。

 その無粋な衣類を脱ぐのである。

 今宵もそなたの美しい姿を見せて欲しいのである。


 いや、今宵呼ぶのはそなただけである。

 悲しませてしまった償いをさせて欲しいのである。

 今宵はそなただけを、存分に愛でさせて欲しいのである。


 ――さあ、シーラよ。

 小生の腕の中へ――……。





「〈……我が金糸雀達は誰もが愛しいのである〉」


 ポツリ、とオルドスは呟く。

 そこは、とても高い外壁の上だった。

 たまたま繋がった《道》の先がここだったのだ。

 かなり高い位置に居るため、風が強い。

 オルドスは、シルクハットを片手で押さえた。


「〈だが、許して欲しいのである。種を残すのは小生の使命なのである〉」


 そう呟くオルドスの背後には草原と、遠くに森の影が見えた。

 そして前方には、農耕地が広がり、その奥に大きな街が見える。

 高台には、白亜の王城も確認できた。情報通りの景観である。

 久方ぶりの遠距離転移で少し不安だったが、どうやら無事目的地に到着したようだ。


「〈さてさて〉」


 シルクハットを強く被り直して、オルドスが呟く。

 オルドスが、わざわざこの地にやって来たのは、彼の花嫁を迎えるためだ。

 我が子を産んでくれる女性を迎えに来たのである。

 金糸雀達は嘆くかもしれないが、こればかりは成し遂げなければならなかった。

 出なければ、永きに渡る旅が無駄になってしまう。


「〈ようやくである〉」


 オルドスは、バサアっと背中の黒い翼を広げた。

 すると小さかった翼は、みるみるうちに大きくなっていく。

 オルドスは翼で空気を強く叩いた。


「〈我が花嫁よ。いざ迎えにいくのである〉」


 そう宣言して、異形の《妖星》は羽ばたくのであった。



 一方、その頃――。


「……おい。オルドス」


 オルドスが羽ばたいて行った、その直下。

 外壁のすぐ傍に並んで立つ大きな木の枝の一つに、《九妖星》の主であるゴドーは埋もれていた。どうもオルドスと転移先が少しずれてしまったようで、転移した直後、いきなり外壁から落下したのである。普通ならば、為す術もなくトマトになるところだが、それでも死なないのは、流石は《九妖星》の主か。

 ゴドーは、運よく木の枝に受け止められる形で難を逃れていた。


「あいつ、完全に俺のことを忘れているな」


 ゴドーはカウボーイハットに手を置いて嘆息する。


 ――《冥妖星》オルドス=ゾーグ。

 あの異界の魔神は、基本的に自分の女以外には興味を持たない。

 一応、ある程度の社交性も持っているようだが、真に大切にしているのは、自分自身と自分の女達だけだ。言うまでもなく、ゴドーに対しての忠誠心は欠片もない。

 ゴドーの悲願である異界渡りについて何度も聞こうとしているのだが、「〈小生にはもう必要のない能力ゆえに〉」と言って、耳も傾けてくれない。


 加え、あんな容姿であるため、本部長としての業務もこなせないのが実情だった。

 そもそも、働くということ自体にも興味がないのだろう。

 やっていることと言えば、本部長室に籠って、金糸雀と称する嫁達といちゃついていることぐらいだ。まあ、それに関しては一定の成果も上げているから文句もないが。

 そんな風にずっと引きこもってばかりかと思いきや、時折、ゴドーも知らない間にどこかに徘徊するなどしており、他の行動は大体気まぐれだった。

 いつぞやは、どこぞの戦地から、薄汚れた幼女を拾ってきたこともある。


 ゴドーにとっても、他の二人の本部長にとっても、何とも扱いが難しい男だった。


「自由奔放なことを責めはしないが、それでも、もう少しぐらいは俺を気遣ってくれてもいいんじゃないか? 一応雇用主なんだぞ」


 ゴドーは再び嘆息した。

 同じ異界の者でも、ランドネフィアの方がよほど気遣いに長けている。

 これが世界(文化)の違いという奴なのだろうか。


「まあ、別に構わんが」


 ――欲望に素直であること。

 オルドスもまた、その点においては《九妖星》に相応しい。

 何より今回、オルドスが持ってきた予見はゴドーにとって値千金の情報だった。少々雑に扱われることぐらい許せるというものだ。


 ゴドーは、するすると木の幹を滑るように降りた。

 パンパンと膝の埃を払う。

 それから顔を上げた。目の前に映るのは懐かしき街の光景だった。

 ゴドーにとっては、故郷と呼んでもいい場所だ。


「それにしてもこうも早く、この国に戻ってくることになるとはな」


 ゴドーは、ニンマリと笑った。

 しばし、思い出を懐かしむように顎髭を撫で続けていた。

 ――が、不意に目を細めて。


「さて。では、俺は俺で目的を果たすとするか」


 そう言って、《九妖星》の主も動き出すのだった。

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