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クライン工房へようこそ!【第18部まで完結!】  作者: 雨宮ソウスケ
第12部 『羽ばたく翼』

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プロローグ

「……うん、ありがとう。兄さん」



 一拍の間を空けて。



(……え?)



 その台詞に、ユーリィは唖然とした。

 口を開いたのは黒髪の少年。ユーリィより少しだけ年上の少年だ。

 ユーリィの友達である、ルカの先輩らしい。

 ただ、ユーリィは、彼を警戒していた。

 ルカの先輩は礼儀正しく、たぶん優しい人物だ。

 けれど、ユーリィは、それでも彼を警戒していた。

 理由は自分でも分からない。

 彼を見ていると、どうしてか、とても不安を感じるのだ。そして、そんな不安を抱いた中で、彼と、ユーリィにとって一番大切な青年との模擬戦が始まった。


 青年の実力については今更だ。

 青年はユーリィの家族であり、最強の守護者。負けるはずがない。


 驚いたのは少年の実力の方だった。

 なんと、彼は青年の力に食らいついたのだ。

 その戦闘は善戦とも呼べるものだった。

 青年と共に、今日まで色々な戦士と出会ってきたユーリィにしてみても、あの年齢で青年相手に善戦できる者などほとんど知らない。

 そして遂には、青年の愛機の腕に損傷を負わせたのである。



(……凄い)



 少年に対する不可解な不安を横に置き、ユーリィは純粋にそう感じた。

 青年の実力を、誰よりもよく知る彼女だからこその賞賛だ。

 いずれにせよ、これで模擬戦は終了。ユーリィのみならず、その場にいる者全員がそう思ったはずだった。


 しかし、戦闘はさらに続いた。

 それも青年が切り札まで使う戦いが、だ。


 戦闘そのものは青年が圧倒した。当然だ。少年の実力は目を瞠るものだったが、本気の青年は格が違う。抗うことさえ困難だ。

 だが、ユーリィは困惑した。



(どうしてなの? アッシュ)



 こんな状況は想定していない。

 青年――アッシュが、まるで相手を試すような戦いを仕掛けるなんて初めてのことだ。



(……アッシュ)



 ユーリィはキュッと唇をかんだ。

 確信する。

 やはりアッシュは、あの少年を特別扱いしている。

 その理由までは分からないが、間違いない。


 そうして困惑する中、今度こそ戦闘は終了した。

 結果は引き分けのような形だったが、アッシュが手加減していたことは誰の目にも明らかだ。やっぱり自分の愛する人は最強。ユーリィは内心で胸を張った。


 だが、疑惑は残る。

 ユーリィは戦闘が終わって、こちらにやってきた少年に率直に訊いた。



「一体何者なの?」



 少年は困った様子だった。

 そこへ、やってきたのがアッシュだった。

 そして二人は、少しばかりぎこちない様子で会話を交わした後、少年が先程の台詞を告げたのだ。

 ユーリィは「え?」と声を零した。

 隣に立つサーシャやアリシアも「は?」と呟いている。



(い、いま、なんて……?)



 さらに困惑するユーリィ。

 すると、アッシュは、



「ユーリィ」



 彼女の名を呼んで手招きをした。

 ユーリィは困惑したまま、アッシュの元に向かう。と、不意に足元からアッシュに抱き上げられた。



「ア、アッシュ?」



 ユーリィがアッシュの名を呼ぶと、アッシュはこう告げた。



「コウタ。改めて紹介するぞ。俺の『娘』のユーリィだ。可愛いだろ?」


「あ、うん」



 少年は、ユーリィに頭を下げた。



「改めまして、ユーリィさん。コウタ=ヒラサカと言います。その、兄がいつもお世話になっています」


(……え?)



 訳が分からない。

 兄? 兄って何だ?



「……兄って?」



 ユーリィはアッシュの肩に右手を置いた。

 そして少し潤んだ翡翠色の瞳でアッシュを見つめた。



「これって、どういうことなの? アッシュ?」



 困惑したまま、そう尋ねると、アッシュはあっさりしたものだった。



「ん? ああ。コウタは俺の実の弟だ。前に弟がいるって言っただろ?」


(……え)



 ユーリィは茫然とした。

 アッシュの台詞に、アリシアとサーシャが「「えええッ!?」」と愕然とした表情を見せ、ロックとエドワードの方はポカンと口を開けていた。

 ユーリィの視界には入らなかったが、実はオトハや、ミランシャ達は驚いていない。

 ただ、優しい眼差しでアッシュと少年を見つめていた。



「け、けど」



 ユーリィは唖然としながらも、コウタの方に目をやった。



「死んだって言ってなかった?」


「おう。生きてたんだ。流石は俺の弟だよな」



 アッシュは、ユーリィを抱きしめたまま、二カッと笑った。



(……弟? アッシュの、実の弟?)



 困惑はなお続く。

 と、少年――アッシュの弟は、少し気まずそうに頭を下げてきた。



「その、すみません、ユーリィさん」



 躊躇うように一拍空けて、



「本当なら、もっと早く名乗るべきだったんですけど、兄とは、ボクも八年ぶりの再会だったので、ちょっと言い出す機会が難しくて……」



 そう告げる少年に、ユーリィは言葉もない。

 ただ、自分を抱き上げるアッシュと、少年を何度も交互に見た。



(お、弟……アッシュの、本当の家族・・・・・



 ズキン、と胸の奥が痛む。

 そして――。



「………」



 自分でも分からない痛みで、ユーリィは睨みつけた。



「え、えっと……」



 当然、少年は困惑する。

 意味のない敵意。その自覚はある。

 けれど、それでも――。



(………なんか嫌)



 ユーリィは、不貞腐れるように視線を逸らした。

 そして胸の痛みを少しでも忘れるため、ユーリィはアッシュの首元に両腕を回すと、ぎゅうっと抱きついた。



「おい? ユーリィ?」



 アッシュは目を丸くする。



「どうしたんだ? お腹が痛いのか?」


「……うるさい」



 ユーリィはそれだけを告げて、アッシュの首元に顔を埋めた。

 もう言葉が出てこない。



「ユーリィ?」



 アッシュが優しい声で名前を呼んでくれる。

 彼女が愛する青年はいつだって優しい。

 今もギュッと抱きしめてくれる。

 しかし、心は弾むが、不安はあまり拭えなかった。



(……何なの? これ?)



 キュッと唇をかむ。

 まるで不安に抗うように。

 今はただ、アッシュの温もりにしがみつくユーリィだった。

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