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クライン工房へようこそ!【第18部まで完結!】  作者: 雨宮ソウスケ
第11部 『亡郷の再会』

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第五章 その場所へ②

「……アッシュ。ただいま」



 クライン工房の作業場ガレージに入った一行。

 まず、この工房の主人の養女でもあるユーリィが声を上げた。

 しかし、二階か奥にいるのか、返答は返ってこない。



「……むう」



 ユーリィが少し頬を膨らませる。と、



「あ、オトハさんだ」



 サーシャが指差す。



「まあ! 確かに本物のオトハさまですわ!」



 オトハに憧れる少女――リーゼが、喜びと共にポンと手を打った。



「……これまた、凄い美人さんだよ」と、リーゼの隣に立つ小さなメイドさんがポツリと呟き、「……オオ、ビジン」「……ネムレル、モリノビジョ」「……オチツケ。ココハ、モリデハ、ナイ」と、鎧の幼児達がはしゃいでいた。



 オトハは作業机の前。パイプ椅子に座っていた。

 ただ、珍しいことに居眠りをしているようだ。

 アリシアは、少し驚いた顔で目を瞬かせて。



「なんか、オトハさんの寝顔って初めて見るかも」


「うん。疲れてるのかな?」



 と、サーシャが小首を傾げた。

 ともあれ、お客さんだ。眠りこけていられては困る。

 代表してユーリィが、トコトコと駆け寄り、



「……オトハさん」



 肩を揺さぶって起こそうとするが、オトハは中々起きない。

 小さな声で「や、休ませて……ん」「え、なんで抱き寄せる? う、うん。確かに落ち着くが、こ、こんな休ませ方は、ずるい……んっ」とか呟いている。

 どうやら寝言のようだ。



「……オトハさん?」



 ここまで爆睡するオトハも珍しい。

 と、そこへ。



「……どいて。ユーリィちゃん」


「え?」



 ユーリィが振り向くと、そこにはミランシャがいた。

 赤い髪の美女は、どうしてか、少しだけ不機嫌そうだった。

 そしてその憤りを込めてか、バシンッとオトハの頭を強く叩いた。



「――ふわっ!?」



 いきなりの衝撃に、オトハは目を開いた。

 次いで、自分の頭を押さえて、「え? え?」と動揺する。



「え? 何だ?」



 何故か、自分の前には知っている人間や知らない人間で一杯になっていた。

 オトハが、状況が掴めず困惑していると、



「目が覚めた? オトハちゃん」


「ハ、ハウルか?」



 片方を眼帯スカーフで隠した紫紺色の瞳を瞬かせる。

 そんなオトハに対し、ミランシャは自分の腰に両手を当てると、身を乗り出すように屈めてオトハの耳元に顔を近付けて。



「(オトハちゃん)」



 少し嫉妬が混じった声で囁く。



「(あなた、昨晩、とうとうアシュ君に抱かれたんでしょう)」


「(――なっ!?)」



 目を見開き、オトハが仰天する。



「(お、お前、なんでそのことをっ!?)」


「(やっぱりそうなのね)」



 ミランシャは、流石に、無念を込めて嘆息した。



「(……嫌な予感はしてたの)」



 眉をひそめて、ミランシャは言葉を続ける。



「(そしてさっき確信したわ。オトハちゃんが、こんな大勢の前で無防備に眠りこけるぐらい消耗するなんて、それぐらいしか考えられないもの)」


「(な、ななな……)」



 パクパクと唇を動かすオトハ。ミランシャはなお語り続ける。



「(今回の件は凄く重い話だからね。アシュ君だって当然ヘコむだろうし、オトハちゃんなら、絶対に励ますでしょう? しかも、昨晩は二人きりだったし、相手がサーシャちゃんやアリシアちゃんならともかく、オトハちゃん相手なら、鈍感王のアシュ君でも、もしくはって思って……)」



 淡々と自分の推測を語る恋敵に、オトハは唖然とした。



「(いや、お前? どうして、その、そこまで冷静なんだ……?)」



 自分が言うのも何だが、これは、完全に出し抜いた状況である。

 本来ならば、もっと嫉妬や怒りにかられてもいいはずだ。

 けれど、ミランシャに、そこまで激しい負の感情は見られない。



「(……あのね。オトハちゃん)」



 ミランシャは、両手でオトハの肩を掴むと、真顔になった。

 初めて見るぐらい真剣な顔である。



「(確かに無念ではあるわ。けど、もう誰が最初に結ばれるかなんて段階は、とっくに過ぎてるのよ。少なくとも、アタシとシャルロットさんはね。あの女が現れた以上、形振り構っていられないし)」


「(あ、あの女? ハウル? お前、何を言って……?)」


「(そう。アタシ達はもう恋敵なんかじゃない。七人の同志なの。あの女のことは、後日に教えるけど、今は――)」



 ミランシャは、オトハの肩をより強く掴んで告げる。



「(オトハちゃんは、遂にアタシ達の中で最初の・・・実戦経験者・・・・・になったわ。だから昨夜のことは後で詳細に聞かせて。まずは年長組のアタシとシャルロットさんに。順当に行けば、次はアタシかシャルロットさんだろうし、その時の対策にするから)」


「……え? はあっ!?」



 オトハは、ガタンッとパイプ椅子を倒して叫んだ。



「お、お前、何を言っているんだ!?」



 が、すぐにその場で膝を崩した。

 唐突に力が抜けた感じだ。



「あっ、危ないわよ」



 咄嗟に、ミランシャがオトハの片腕を掴んで支える。

 だが、想像以上に重く、思わず自分まで倒れそうになった。



「うわっ、重っ」



 強く踏ん張って、どうにか倒れずに済む。

 それから、オトハの横顔を見つめた。



「……オトハちゃん。本当にしんどそうね」



 オトハは、ふうっと小さく息を吐き出してた。

 ぐったりとした彼女の重さに、ミランシャは微かに喉を鳴らす。



「それって、やっぱり昨夜のせいなの? アタシ達の中で、一番体力のあるオトハちゃんでさえ、そこまで疲労困憊になっちゃうものなの?」


「う、うん。本当に凄くて……」



 オトハが、顔を上げて言う。



「結局、夜通しなんてとても無理で――じゃなくて!?」



 そこで正気に返る。



「ハウル。お前な」



 重たい体を何とか動かして、オトハが、ミランシャに詰め寄ろうとした時、



「オ、オトハさん? どうかしたんですか?」



 サーシャが、怪訝そうな顔で声を掛けてきた。



「う、うむ。いや、何もない」



 内容が内容だけに、オトハは言葉を濁す。

 とりあえず大きく息を吐き出して、冷静さを取り戻した。



「すまない。少し疲れて眠っていた。それよりも客人か?」


「あ、はい」と、サーシャが頷く。「彼らがエリーズ国の人達です」


「……そうか」



 オトハは、視線を客人達に向けた。

 まず目に付いたのは鋼の巨人。次いで何故か鎧を着た幼児達。異国の騎士服を着た、礼儀正しそうな蜂蜜色の髪の少女に、彼女の隣に立つ薄緑色の長い髪の幼いメイド。

 少女と同じ騎士服を着た大柄な少年もいる。

 中々の体幹だ。鍛え上げていることがよく分かる少年だ。

 近くには、昨日やって来たシャルロットの姿もある。彼女は頭を下げてきた。

 そして、最後に目をやったのが――黒髪の少年だった。

 優しい顔立ちの少年。しかし、その佇まいにはまるで隙がない。



(そうか。彼が……)



 オトハは、目を細めた。

 あまり容姿は似ていない。

 だが、彼には、オトハが愛する青年と同じ気配があった。



「君が……」



 オトハは、唇を動かした。



「コウタ=ヒラサカなのだな」


「……はい。初めまして。オトハ=タチバナさん」



 少年は深々と頭を下げた。



「……? オトハさん?」



 ユーリィが、小首を傾げる。



「コウタ君と知り合いなの?」


「いや、初めて会う。だが、彼は――」



 ――と、オトハが少し困ったような顔をした時だった。

 二階へと続く階段から人の気配がした。

 全員が階段の方に注目した。

 そして、一人の青年が現れる。

 雪のような白い髪と、黒い瞳を持つ青年が。



「よく来たな。いらっしゃい」



 その青年――アッシュ=クラインは、歓迎の言葉を告げた。

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