第四章 藍色の訪問、紫紺色の夜②
その日の夜。
「はあ? 何言ってるの?」
ミランシャが、キョトンとした顔を見せた。
それから、少し不機嫌そうに頬を膨らませて。
「アタシが、アシュ君から別の人に乗り替える訳ないじゃない」
そこは、白亜の王城ラスセーヌ。
サーシャ達に割り当てられた一室でのこと。
その部屋には今、サーシャ、アリシア、ユーリィ。
そして、ミランシャの姿があった。
彼女達はベッドの上や椅子など、それぞれが思うように座っていた。
「……で、でも」
アリシアが、少し躊躇いがちに口を開く。
「今日のコウタ君への態度を見ると……」
「あははっ」
ミランシャはパタパタと手を振って笑った。
「確かにコウタ君は、アタシにとって特別な子よ。けど、それは……」
そこで、ミランシャは言い淀んだ。
「……? どうしたの? ミランシャさん?」
ベッドの縁に腰をかけるユーリィが小首を傾げる。
竹を割ったような性格のミランシャにしては、煮え切らない態度だ。
ミランシャは少し迷った後、
「明日になれば分かるわ」
結局、それだけを告げた。
やはり煮え切らない返答に、アリシア達は眉根を寄せた。
「確か、昼も同じようなことを言ってましたけど、明日、何があるんですか?」
と、サーシャが尋ねる。
「……う~ん」ミランシャは頬をかいた。
「正直に言って、その時になるまでは何も話せないの。これは、シャルロットさんも同じ意見よ」
「……シャルロットさん、ですか」
サーシャは、ここにいないメイドさんの姿を思い浮かべた。
現在、この場にいる女性は、特定の条件――まあ、はっきり言えば、アッシュに思慕を抱く者だけを集めていた。
ただ、シャルロットとルカだけは、まだ来ていない。
エリーズ組の女性部屋に寄っているのだ。
「これは本当に驚いたんですけど、ミランシャさんって、シャルロットさんと仲がいいんですね。一体どこで知り合ったんですか?」
と、アリシアが訊いた。
サーシャとユーリィも気になったので、視線をミランシャに向ける。
すると、ミランシャは少し自嘲気味な笑みを見せて。
「彼女と出会ったのは偶然かな。実はアルフの方が先に出会ってるのよ。ある事件でアルフが親しくなったエリーズ国の学生達――コウタ君達のことなんだけど、彼らをハウル家に招待する話になってね。アタシは興味があって見に行ったんだけど……」
そこで嘆息。
「あの時は本当に驚いたわ。シャルロットさんのこともそうだけど、思えば、あの女と初めて出会ったのも、ほぼ同じ頃だったわね」
「……ミランシャさん?」
不意に、真剣な表情を見せるミランシャに、アリシア達は訝しむが、
「まあ、ともかくね!」
ミランシャは、腰に手を当てて笑う。
「アタシとシャルロットさんの仲がいいのは事実よ。と言うよりね」
ミランシャは、少し頬を染めて視線を逸らした。
「実は、アタシ達って船内で、かなり本音で話し合っているの。特に、アシュ君についてはね。まあ、結果的に言うと」
一拍おいて。
「アタシ達って、すでに恋敵同士じゃないのよ。アタシが正妻。シャルロットさんが第二夫人ってことで落ち着いてるのよね」
「……え? はあっ!?」
ミランシャの唐突な宣言に、困惑の叫びを上げたのはアリシアだった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 何それ!」
ガタンと椅子を倒して、ミランシャの傍に駆け寄った。
「そ、それって、ミランシャさんまでハーレム肯定派になっちゃったんですか!」
両手でミランシャの肩を掴むアリシア。
「え、えっと、そこまで露骨じゃないけど……」
ミランシャは困ったような表情を見せた。
「その、アタシ達って遠方組じゃない。どうしても、いつも傍にいるユーリィちゃん達より不利だし、なら、協力しようって話になって」
「それで一夫多妻に至ったの!?」
アリシアは、後ずさって愕然とした。
――と、その時だった。
むにィ、といきなり柔らかいものに右腕を拘束された。
「え?」
見ると、そこには腕と胸でアリシアの右腕を絡み取るサーシャの姿があった。
「まあまあ。落ち着いて。アリシア」
全く笑っていない琥珀の瞳でアリシアを見つめてサーシャが言う。
次いで、がしっと左手首を誰かに掴まれた。「え? え?」とアリシアが困惑しているとそこには彼女の左手首を掴むユーリィがいて。
「その件については、ゆっくり話そう。夜は長いし」
ユーリィが言う。彼女の翡翠色の瞳も全く笑っていない。
「え? 何を――ハッ!?」
そこで、アリシアは気付いた。
「まさか今日のお泊まり会って――は、謀ったわね!? サーシャ! ユーリィちゃんまで!」
「ちなみにルカもだよ」
サーシャが聖母の笑みで言う。ユーリィもまた微笑んで。
「うん。オトハさんだけはいないけど、ミランシャさんとシャルロットさんがいるのはむしろ僥倖。今日は徹底的に話し合おう」
「話し合おうって……ひ、卑怯よ! ミランシャさんとシャルロットさんまでこの様子じゃあ、私って完全に孤立無援じゃない!」
「だから、じっくり話し合うの」
サーシャは、アリシアの腕をより強く抱き寄せた。
「アリシアが覚悟を決めるまで、じっくりとね」
「結論ありき!? それはもう話し合いじゃないわよ!?」
「え? 何の話?」
事態を呑み込めないミランシャが、目を瞬かせる。
――と、その時だった。
不意にドアがノックされた。幼馴染の腕をロックしたまま、サーシャが「どうぞ」と告げると入ってきたのは、ルカとシャルロットだった。
「え? ルカ?」
そして、サーシャは困惑した。
何故なら、ルカの水色の瞳が赤く腫れていたからだ。
「ル、ルカ? どうしたの?」
アリシアの拘束を解いて、二人の幼馴染とユーリィはルカの元に駆け寄った。
「な、何でもないよ。お姉ちゃん達」
ルカは腫れた目を擦って、そう返す。
「け、けど……」
サーシャ達は困惑する。
すると、ミランシャが、シャルロットに目をやって尋ねた。
「教えちゃったの?」
「申し訳ありません。ミランシャさま。ルカさまだけは……」
「……そうよね。メルちゃんのお弟子さんだもね」
彼女達は、それ以上は何も言わなかった。
事態は分からないが、何やら妹分に衝撃的なことがあったようだ。
「……ルカ」
サーシャが優しい声で告げる。
「何か辛いことがあった? 今日はもう自分の部屋で休む?」
「しんどいなら、別の日にしていい」
「う、うん。そうよね。休んだ方がいいわよね。ルカがこの様子だし」
心配でもあるが、ここぞとばかりにアリシアも言う。
しかし、
「ありがとう。お姉ちゃん達。ユーリィちゃん。けど、じっくり話し合おう」
その台詞を前にして、アリシアは絶望した。
そして、ルカは言う。
「きっと、明日は特別な日になるから。私達の想いを一つにしときたいの」




