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クライン工房へようこそ!【第18部まで完結!】  作者: 雨宮ソウスケ
第11部 『亡郷の再会』

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第四章 藍色の訪問、紫紺色の夜②

 その日の夜。



「はあ? 何言ってるの?」



 ミランシャが、キョトンとした顔を見せた。

 それから、少し不機嫌そうに頬を膨らませて。



「アタシが、アシュ君から別の人に乗り替える訳ないじゃない」



 そこは、白亜の王城ラスセーヌ。

 サーシャ達に割り当てられた一室でのこと。

 その部屋には今、サーシャ、アリシア、ユーリィ。

 そして、ミランシャの姿があった。

 彼女達はベッドの上や椅子など、それぞれが思うように座っていた。



「……で、でも」



 アリシアが、少し躊躇いがちに口を開く。



「今日のコウタ君への態度を見ると……」


「あははっ」



 ミランシャはパタパタと手を振って笑った。



「確かにコウタ君は、アタシにとって特別な子よ。けど、それは……」



 そこで、ミランシャは言い淀んだ。



「……? どうしたの? ミランシャさん?」



 ベッドの縁に腰をかけるユーリィが小首を傾げる。

 竹を割ったような性格のミランシャにしては、煮え切らない態度だ。

 ミランシャは少し迷った後、



「明日になれば分かるわ」



 結局、それだけを告げた。

 やはり煮え切らない返答に、アリシア達は眉根を寄せた。



「確か、昼も同じようなことを言ってましたけど、明日、何があるんですか?」



 と、サーシャが尋ねる。



「……う~ん」ミランシャは頬をかいた。



「正直に言って、その時になるまでは何も話せないの。これは、シャルロットさんも同じ意見よ」


「……シャルロットさん、ですか」



 サーシャは、ここにいないメイドさんの姿を思い浮かべた。

 現在、この場にいる女性は、特定の条件――まあ、はっきり言えば、アッシュに思慕を抱く者だけを集めていた。

 ただ、シャルロットとルカだけは、まだ来ていない。

 エリーズ組の女性部屋に寄っているのだ。



「これは本当に驚いたんですけど、ミランシャさんって、シャルロットさんと仲がいいんですね。一体どこで知り合ったんですか?」



 と、アリシアが訊いた。

 サーシャとユーリィも気になったので、視線をミランシャに向ける。

 すると、ミランシャは少し自嘲気味な笑みを見せて。



「彼女と出会ったのは偶然かな。実はアルフの方が先に出会ってるのよ。ある事件でアルフが親しくなったエリーズ国の学生達――コウタ君達のことなんだけど、彼らをハウル家に招待する話になってね。アタシは興味があって見に行ったんだけど……」



 そこで嘆息。



「あの時は本当に驚いたわ。シャルロットさんのこともそうだけど、思えば、あの女・・・と初めて出会ったのも、ほぼ同じ頃だったわね」


「……ミランシャさん?」



 不意に、真剣な表情を見せるミランシャに、アリシア達は訝しむが、



「まあ、ともかくね!」



 ミランシャは、腰に手を当てて笑う。



「アタシとシャルロットさんの仲がいいのは事実よ。と言うよりね」



 ミランシャは、少し頬を染めて視線を逸らした。



「実は、アタシ達って船内で、かなり本音で話し合っているの。特に、アシュ君についてはね。まあ、結果的に言うと」



 一拍おいて。



「アタシ達って、すでに恋敵同士じゃないのよ。アタシが正妻。シャルロットさんが第二夫人ってことで落ち着いてるのよね」


「……え? はあっ!?」



 ミランシャの唐突な宣言に、困惑の叫びを上げたのはアリシアだった。



「ちょ、ちょっと待ってください! 何それ!」



 ガタンと椅子を倒して、ミランシャの傍に駆け寄った。



「そ、それって、ミランシャさんまでハーレム肯定派になっちゃったんですか!」



 両手でミランシャの肩を掴むアリシア。



「え、えっと、そこまで露骨じゃないけど……」



 ミランシャは困ったような表情を見せた。



「その、アタシ達って遠方組じゃない。どうしても、いつも傍にいるユーリィちゃん達より不利だし、なら、協力しようって話になって」


「それで一夫多妻に至ったの!?」



 アリシアは、後ずさって愕然とした。

 ――と、その時だった。

 むにィ、といきなり柔らかいものに右腕を拘束された。



「え?」



 見ると、そこには腕と胸でアリシアの右腕を絡み取るサーシャの姿があった。



「まあまあ。落ち着いて。アリシア」



 全く笑っていない琥珀の瞳でアリシアを見つめてサーシャが言う。

 次いで、がしっと左手首を誰かに掴まれた。「え? え?」とアリシアが困惑しているとそこには彼女の左手首を掴むユーリィがいて。



「その件については、ゆっくり話そう。夜は長いし」



 ユーリィが言う。彼女の翡翠色の瞳も全く笑っていない。



「え? 何を――ハッ!?」



 そこで、アリシアは気付いた。



「まさか今日のお泊まり会って――は、謀ったわね!? サーシャ! ユーリィちゃんまで!」


「ちなみにルカもだよ」



 サーシャが聖母の笑みで言う。ユーリィもまた微笑んで。



「うん。オトハさんだけはいないけど、ミランシャさんとシャルロットさんがいるのはむしろ僥倖。今日は徹底的に話し合おう」


「話し合おうって……ひ、卑怯よ! ミランシャさんとシャルロットさんまでこの様子じゃあ、私って完全に孤立無援じゃない!」


「だから、じっくり話し合うの」



 サーシャは、アリシアの腕をより強く抱き寄せた。



「アリシアが覚悟を決めるまで、じっくりとね」


「結論ありき!? それはもう話し合いじゃないわよ!?」


「え? 何の話?」



 事態を呑み込めないミランシャが、目を瞬かせる。

 ――と、その時だった。

 不意にドアがノックされた。幼馴染の腕をロックしたまま、サーシャが「どうぞ」と告げると入ってきたのは、ルカとシャルロットだった。



「え? ルカ?」



 そして、サーシャは困惑した。

 何故なら、ルカの水色の瞳が赤く腫れていたからだ。



「ル、ルカ? どうしたの?」



 アリシアの拘束を解いて、二人の幼馴染とユーリィはルカの元に駆け寄った。



「な、何でもないよ。お姉ちゃん達」



 ルカは腫れた目を擦って、そう返す。



「け、けど……」



 サーシャ達は困惑する。

 すると、ミランシャが、シャルロットに目をやって尋ねた。



「教えちゃったの?」


「申し訳ありません。ミランシャさま。ルカさまだけは……」


「……そうよね。メルちゃんのお弟子さんだもね」



 彼女達は、それ以上は何も言わなかった。

 事態は分からないが、何やら妹分に衝撃的なことがあったようだ。



「……ルカ」



 サーシャが優しい声で告げる。



「何か辛いことがあった? 今日はもう自分の部屋で休む?」


「しんどいなら、別の日にしていい」


「う、うん。そうよね。休んだ方がいいわよね。ルカがこの様子だし」



 心配でもあるが、ここぞとばかりにアリシアも言う。

 しかし、



「ありがとう。お姉ちゃん達。ユーリィちゃん。けど、じっくり話し合おう」



 その台詞を前にして、アリシアは絶望した。

 そして、ルカは言う。



「きっと、明日は特別な日になるから。私達の想いを一つにしときたいの」

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