第三章 ファイティングなメイドさん2①
「おっ、もう昼飯が出来てたのか」
午後一時を少し過ぎた頃。
一階の作業場から上がった来たアッシュは、二階の茶の間を覗いてそう呟いた。
修理の仕事も一段落つき、普段よりやや早めの昼休憩を取ったのだが、茶の間の卓袱台の上には、すでにサラダやパンなどが置かれていた。
「ん? 何だ、クライン。仕事は終わったのか?」
そう言って、隣のキッチンから顔を覗かせたのは、二十代前半の女性だった。
紫紺色の短い髪と、同色の瞳。
凛とした美しい顔の右側には、スカーフ状の白い眼帯を付けている。抜群のプロポーションに纏うのは漆黒の革服。傭兵が好む格好なのだが、その上に桜の刺繍を施された白いエプロンを装着しているため、何とも新妻然とした雰囲気を出している。
――オトハ=タチバナ。
アティス王国騎士学校の臨時教官を担う女傑。傭兵としても名を知られている。
今も腰には鎧機兵の召喚器でもある小太刀を差しているのだが、それ以上に印象に残るのは、やはり両手に持った大きな鍋だろう。ちなみに、両手には中々可愛らしい厚手のキッチン手袋を装着している。
「丁度良かった。私の方も準備が出来たところだ」
言って、彼女は鍋を卓袱台の中央に置いた。
次いで、手袋とエプロンを外すと、壁のハンガーに掛けた。
「少し早いが、熱い内に食事にするか」
「おう。そうだな」
アッシュとオトハは、それぞれ卓袱台近くの座布団の上に腰を下ろした。
アッシュは胡座を。オトハは正座している。
「へえ。今日の昼飯はシチューか」
鍋に入っているのは、肉の塊を大きく切ったクリームシチューだった。
「《猪王》の肉が安かったからな」
オトハはそう告げると、オタマを手に取り、鍋からシチューを掬ってお椀に盛った。
まずはアッシュの分を。次に自分の分を盛る。
「まあ、今日の晩も、同じ鍋になるが容赦してくれ」
「構わねえよ。いつもありがとな。オト」
オトハが同居するようになってから、本当に食事が充実した。
感謝こそすれ、文句などあろうはずもない。
アッシュとオトハは、「いただきます」と手を合わせた。
そして早速、アッシュはシチューを一口運ぶ。出来たてだけあって結構熱いが、ほどよいサイズに切られた肉の柔らかさが絶妙だ。
「また腕を上げたんじゃねえか? オト」
「ん? そうか?」
オトハも、シチューを口に運んでいた。
「まあ、料理もまた修練がものを言うからな」
言って、笑う。
「確かにな。けど、俺なんかどんだけ練習しても全然上手くならねえぞ。やっぱ才能ってあるんだろうな」
そう呟いて、さらに一口。
続けてパンも口にする。市販品だが、購入して間もないので柔らかい。
「けど、何か懐かしいな。このメニューって」
「ん? 何の話だ?」
オトハが小首を傾げた。
「いや、昔、これと同じメニューを作ってくれた人がいてさ。あの時は常備品の固えパンだったが、やっぱプロのメイドさんだけあって、シチューの方は本当に美味かったなと思い出して」
そこで、シチューをもう一口。
「そんな人と、オトの料理ってあんま遜色ねえんだから本当に凄えよ」
「それは有り難い評価だが……」
オトハはわずかに眉をひそめた。
「……もしかして、それはシャルロット=スコラのことか?」
「……へ?」
アッシュは目を丸くした。
本当に、驚いた顔をしている。
「え? 何でオトがシャルのことを知ってんだ?」
「……やはりそうか」
オトハは、嘆息した。
(こいつは女の手料理を食って、他の女を思い出すのか)
思わず呆れてしまう。
「もしかして、ユーリィから話を聞いてたのか?」
「ああ。こないだな。フラムとエイシスも知っているぞ」
「へえ、そうだったのか」
アッシュはパンにかじりついた。
モグモグと咀嚼しながら、シチューも口に運ぶ。
「まあ、シャルにはユーリィも世話になったからな」
「確かに話を聞いている限りそうだが……」
オトハは何とも言えない表情を見せるが、
「けど、シャルか……」
懐かしさに浸るアッシュは気付かない。
目を細めて、昔を思い出す。
付き合いこそ短かったが、彼女のことはよく憶えている。
いきなり斬りかかってきた出会いのインパクトが強すぎることもあるが、それ以降に巻き込まれた事件では、本当に色々と助けてもらった。
あの事件の後、彼女は、エリーズ国の王都パドロへと戻っていったが、彼女のことだ。きっと、今でもメイドをしているのだろう。
「本当に懐かしいな」
アッシュは、ふっと笑った。
そして感慨深げに呟く。
「今頃、シャルはどこにいんのかな?」




