第二章 鋼の騎士、アティスに立つ③
「――お師匠さま!」
ルカは駆け出した。
『――ルカ!』
鋼の巨人も走り出す。
そして、鋼の巨人はルカの腰を両手で掴むと、高々と抱き上げた。
『元気でしたか! ルカ!』
「はい! お師匠さまも!」
ニコニコと笑うルカ。
ヘルムのせいで表情は分からないが、鋼の巨人も喜んでいるようだ。
「(けど、あの二人ってほとんど歳が変わらないのよね)」
「(う、うん。確かそうだって聞いているよ)」
アリシアとサーシャが小声で囁き合う。
見た目的にはとても同年代には見えない。
ルカが小柄なこともあるが、それでもあの体格差は本当に凄い。
「あっ、そうだ!」ルカが叫ぶ。「オルタナ! こっちに来て!」
続けて、オルタナの名を呼ぶと、金色の冠の上に止まっていたオルタナが「……ウム!」と飛翔してルカの肩に掴まった。
『っ! ルカ! その子は!』
「はいっ! 私が造ったオルタナです!」
『飛行型なのですか! しかも私のゴーレムの自律機能も取り込んだのですね! お見事です! そこまで軽量化するのはさぞかし苦労したでしょう!』
と、話が弾んでいる。ルカは笑い、オルタナは自慢げに翼を広げていた。
あまりに師弟だけの世界を築くため、アリシア達も、エリーズ国からの来訪者達にしても、少し置いてけぼりな感じになっていた。
「(う~ん、ねえユーリィちゃん。声掛けしてくれる?)」
「(……私がするの?)」
ルカの一番の友達であるユーリィにお願いするアリシア。
それに対し、ユーリィは、この上なく嫌そうな顔した。
いくら仲が良くても、本来ユーリィは人見知りの気がある。あの鋼の巨人に話しかけるには相当な勇気がいった。
しかし、尻込みしているのは、アリシア達も同じだった。
「(ど、どうしようか?)」
と、サーシャが仲間達に尋ねた時だった。
「ダメだよ。メル」
不意に、少年の声が響いた。
全員の視線が、その声の主に向けられる。
場所は桟橋の上、そこにはやはり少年がいた。
「いくら嬉しくても、まずは初めて会う人達にご挨拶しないと」
ルカを抱き上げる鋼の巨人に、そう告げる黒髪の少年。
歳の頃はジェイク、リーゼと同じほど。恐らく同級生なのだろう。
服装もジェイク達と同じ制服だ。肩にはサックも担いでいる。
黒髪黒目に、少し線の細い優しい顔立ち。しかし、細身ながらも体幹から鍛え上げているのがよく分かる体つきの少年だ。
「コウ先輩っ!」
ルカが笑顔で彼の名を呼ぶと、少年は優しく笑った。
「ルカ。元気そうで良かったよ。そして」
少年は鋼の巨人の横まで来ると、アリシア達に視線を向けた。
「初めまして。ボクの名前はコウタ=ヒラサカです。エリーズ国騎士学校の二回生で、アシュレイ家の使用人をしている者です」
言って、頭を下げる。
すると、アリシア達が応じる前に、鋼の巨人がルカを降ろして。
『は、初めまして。メ、メルティア=アシュレイです。コウタの幼馴染で、同級生で、ア、アシュレイ家の長女、です』
少年に並んで頭を下げた。ただ、頭を下げる行為一つでも威圧感は凄まじく、ロックやエドワードなどは露骨に表情を引きつらせていたが。
「これは申し遅れました」
全員が硬直する中、年の功だけあってガハルドが挨拶をする。
リーゼに対した時のように、メルティアの手の甲にキス。ただ膝をついては、とても手に届かないので立ったまま。次いで、少年と握手を交わした。
それを見届けてから、アリシア達も挨拶をする。が、
「………」
黒髪の少年は挨拶の後、何故か無言でアリシア達を見つめていた。
いや、正確にはアリシアを。次にサーシャを。最後にユーリィ――特に彼女を見つめている時間は長かった――を順に目をやっていた。
「……コウタさま」
不意に、リーゼが少年に声を掛けた。
すると彼は、神妙な――と言うよりも、とても困ったような表情を見せた。
「……うん。分かっているよ。リーゼ。彼女達に加えて、さらに……」
そこで、キョトンとしているルカにも目をやった。
「……多分、ルカもなんだよね。はぁ……」
何故か深々と溜息までつく。
「あ、あの……」
サーシャが、おずおずと手を上げた。
「ど、どうかしたんですか? その、ヒラサカ君」
「あ、コウタで構いません」少年は笑った。「ボクらも、出来れば皆さんのことを名前で呼びたいですし」
「それは、別に構わないけど……」
どうやら、この黒髪の少年が彼らのリーダー格のようだ。
そう感じたアリシアが、少年に問う。
「じゃあコウタ君。何かさっきから奇妙な感じなんだけど、何かあったの?」
直球な質問。
すると、少年は仲間達の顔を見てから、頬をポリポリとかいた。
「いえ。本当に話通りの容姿の人達なんだなって思って。実は、ボクらはここにいる皆さんのことをあらかじめ聞いていたんです」
「「「………………え?」」」
「もちろん、ここにいないオトハ=タチバナさんや――」
少年は、躊躇うかのようにその名を呼んだ。
「……アッシュ=クラインさんの、ことも」
シン、とした空気が流れる。
ルカも含めて、アリシア達は目を丸くしていた。
「ルカ。私達のことを事前に教えてたの?」
ユーリィがルカにそう尋ねると、ルカはブンブンとかぶりを振った。
「ア、アリシアお姉ちゃんのことや、サーシャお姉ちゃんのことは少し話したことはあるけど、ユーリィちゃんや、仮面さんのことは話したことはないよ」
「……じゃあ、どうして私達のことを知ってるの?」
ユーリィが眉根を寄せた、その時だった。
「それは簡単な話よ。ユーリィちゃん。だって、アタシが教えてあげたのだから」
唐突に響く新たな声。
だが、その声はルカだけを除く、ここにいる全員が知る声だった。
エリーズ側、アティス側ともに知る声だったのだ。
ルカだけは初めて聞く声にキョトンとしているが、アリシア達は驚愕していた。
全員が唖然とした表情で、声がした桟橋に目を向ける。
「「「ミ、ミランシャさん!?」」」
――そう。
そこにいたのは、想定外の三人目の公爵令嬢。
燃えるような赤い髪と瞳。コツコツ、と足音を立てて歩くスレンダーな肢体の上には、純白のサーコートと黒い騎士服を着る美貌の騎士。
グレイシア皇国の名家。ハウル公爵のご令嬢であった。
アリシア達、アティス側の人間全員が驚愕の顔を見せる中、
「は~い。久しぶりね」
ミランシャは、どこまでも陽気な笑顔を見せていた。




