第二章 鋼の騎士、アティスに立つ②
「え? 何の騒ぎですの?」
その時、次の人物が船から降りてきた。
アリシア達の注目が幼児達から、その人物に移る。
「……おお」
「……凄え美少女」
ロックとエドワードが、思わず感嘆する。
歳の頃は十五ぐらいか。
凛々しく美しい顔立ちに、しなやかさを持つスレンダーな肢体。瞳の色は黄金にも似た蜂蜜色であり、髪の色も同色だ。毛先の部分にきつめのカールがかかっている長い髪は、後頭部当たりで紅いリボンを使って結ばれており、歩く度に揺れていた。
身に纏うのは、恐らくはエリーズ国騎士学校の制服か。襟までを締める黒い服だ。足には軍靴。腰辺りには白い布を纏っており、短剣も差している。
少年達の視線に気付き、彼女はニコッと微笑んだ。
「――おおっ!」
「凄えッ! 本物だ! 本物の令嬢だ! パチモンのエイシスとは違う!」
ロックとエドワードは興奮した。
「……誰がパチモンよ」
ただし、すぐさまアリシアに肘を打ちつけれて沈静化するが。
「リーゼ先輩!」
ルカが、彼女が降りてきたことに気付き、満面の笑みを見せた。
「元気そうですわね。ルカ」
彼女は微笑む。それから、腰に着けた白布をスカートのようにたくし上げて、アリシア達とガハルドに、優雅に礼をする。
「初めまして皆さま。エリーズ国・レイハート公爵家の長女、リーゼ=レイハートと申します。以後お見知りおきを」
年下とは思えない堂々とした挨拶に、サーシャ達はたじろいた。
しかし、ガハルドだけは流石なもので。
「これはご丁寧な挨拶、恐れ入ります」
言って、彼女――リーゼの前で片膝をついた。
「レイハートさま。私の名はガハルド=エイシスと申します。アティス王国・第三騎士団の団長を務める者です。本日は殿下と共にお迎えに上がりました」
そう名乗ってから、彼女の手を取り、甲に口付けをする。
それを見て、アリシア達は焦った。
「(おい! お前の父ちゃん、凄え真面目な挨拶してんぞ!?)」
「(え!? ど、どうしよう、私達もした方がいいの!?)」
「(と、とりあえず、ハルトとオニキスは倣った方がいいのかな?)」
「(ぬ、ぬう!)」
「(まあ、私は関係ないけど)」
と、ユーリィだけを除いて混乱している内に、事態は変化する。
彼らが何かをする前に、リーゼの後ろから、さらに二人の人物が現れたのだ。
「おう。早速挨拶してんのか? お嬢」
そう告げるのは、リーゼと同じ制服を着た少年だった。
短く刈った濃い緑色の髪が特徴的な人物であり、背中には大きなサックを担いでいる。恐らく、年齢もリーゼと同じだろう。
「おっす! オレっちの名前はジェイク=オルバン。よろしくな!」
陽気な雰囲気を持つ少年は、拳を突き出して笑った。
「え、えっと」「は、はい」
アリシアとサーシャは少し躊躇ったが、
「ああ。よろしく。俺の名前はロック=ハルトだ」
「よろしくな。俺の名前はエドワード=オニキスだ。長いから、エドでいいぜ。ロックの方も名前で呼んでやってくれ」
「おう。よろしくな、エドにロック。オレっちはジェイクって呼んでくれ」
ロックとエドワードは、ジェイクに同じ少年として身近さを感じたのか、特に緊張する様子もなく、すぐに応えた。
アリシアとサーシャも、小さな声で名乗った。
ただ、ユーリィだけは名乗らない。
何故なら、彼女は彼女で別の相手に困惑していたからだ。
「……あの」
ユーリィは、躊躇いがちに尋ねた。
「どうして、さっきから私を見つめているの?」
今、ユーリィの前には一人の少女がいた。
ジェイクと共に船から降りてきた少女――いや幼女だ。
歳の頃は九歳ぐらいか。
ユーリィと並んでも、そう劣らない整った顔立ち。髪は腰まで伸ばしており、色は薄い緑色。瞳の色も同色だ。若干、表情が乏しいところもユーリィに似ている。
だが、彼女の最大の特徴は身につけたその服だった。
彼女は、銀色の小さな王冠付きカチューシャを付けた、メイド幼女だったのだ。
「……他の人の話も色々と聞いてはいたけど」
メイド幼女は語る。
「……私はあなたに一番興味があったの。だって、あなたは私が目指す場所に先にいて、今も頑張ってる先輩で、私のお手本だから」
「……どういう意味?」
ユーリィが眉根を寄せた。
しかし、幼女は答えてくれない。「……また後で。先輩」とだけ告げて、今度はサーシャとアリシアの元に駆け寄った。
そして、ユーリィの時と同じようにじいっと見つめる。
「あ、あの?」
「私達の顔に何か付いている?」
幼女の不可解な行動に、幼馴染コンビは困惑する。と、
「……先輩もそうだけど、本当にみんな、凄い美人さんばかりだよ。けど、誰が本命なんだろ? ううん、同じだと考えるとやっぱり全員なのかな?」
幼女は、そんなことを独白していた。
サーシャとアリシア。そしてユーリィとしては首を傾げるばかりだ。
と、その時だった。
「――アイリちゃん!」
ぎゅむうと、豊満な胸で幼女の頭を捕縛する者がいた。
ルカである。
「……相変わらずのおっぱいだね。ううん。また少し大きくなった?」
「ひ、ひゥ! そ、それほど大きくはなってないよ!」
言って、ルカはアイリと呼んだ幼女を離した。
幼女は振り向き、ルカを見上げて柔らかに微笑む。
「……久しぶり。元気そうで何よりだよ。ルカ」
「うん。アイリちゃんも元気そうで良かった」
つられるようにルカも笑った。
そこで幼女は改めてサーシャ達に目を向けて。
「……アイリ=ラストンだよ。アシュレイ家のメイドをしているの。よろしく」
「あ、うん。アリシア=エイシスよ」
「私は、サーシャ=フラム」
「……知ってるよ。特徴ですぐに分かったし」
「え?」「特徴?」
サーシャ達は、再び眉根を寄せた。
――一体、彼女は何を言っているのだろうか?
二人してそう考えた、その瞬間だった。
――ズン!
桟橋が軽く揺れた。
同時に鎧を着た幼児達も騒ぎ出す。
「……メルサマダ!」
「……メルサマガ、オイデニナラレタ!」
「……シズマレイ! モノドモ!」
――ズン!
再び揺れる桟橋。全員が桟橋に視線を向けた。
そして彼らの反応は様々だった。
ルカは、その水色の瞳を輝かせて。
サーシャとアリシア。ユーリィは蒼い顔で桟橋を見つめて。
「「……お、おおおおー……」」
ロックとエドワードは、ただただ声を上げていた。
ガハルドは表情こそ変えなかったが、頬に微かな汗が伝っていた。
――ズン!
三度、響く足音。
アリシア達は凝視した。
――その姿は、古の騎士が如く。
佇む姿は巌の如し。踏み出す一歩は大地を揺らす。
アティスの地に降り立った彼女は、あまりにも雄々しかった。
『ルカ! お久しぶりです』
ただ、その声は意外にも可愛らしかったが。




