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第八章 夜の女神と、星の騎士②

 ――ドンッ! 


 光の騎士が繰り出した延髄蹴りを《朱天》は右腕の手甲で受け止めた。大地を踏みしめた黒い巨人の左足がわずかに沈み込む。

 騎士はさらに連撃を加える。巨体とは思えぬ俊敏さで胴、貌、肩を狙って華麗な足技を撃ち出す。《朱天》は両腕を巧みに動かしその猛攻を凌いでいた。


 攻防のたびに轟く砲撃のような炸裂音。明らかに《朱天》は劣勢に立たされていた。こうも足技ばかりを繰り出されては、リーチの差から手が出せない。

 それを勝機と捉えたのか、光の騎士が大技に入る。

 一度後方に跳躍し間合いを確保。

 そして、前転で加速させた大技――胴回し蹴りを放つ!

 それに対し、《朱天》は両腕を十時に組んで天に構える――が、


 ――ズドンッッ!! 


(や、やべえェ、こいつは――)



 ギシギシギシッ――と悲鳴を上げる両腕。ゾッとする危険を感じたアッシュは、攻撃を受け止める防御から、荷重を受け流す回避へと対応を切り替えた。

 使うのは《衝伝導》。両腕の荷重は恒力の流れに乗って、足から大地へと注ぎこまれる。《朱天》の両足を中心に、幾つもの亀裂が地表を走り抜け、大地を打ち砕いた。黒い巨人の周辺は、瞬く間に地表の欠片で埋め尽くされる――。

 アッシュは舌打ちした。

 こんな攻撃を受け続けては《朱天》といえど長くは持たない。

 だからこそ――攻勢に出る!


 グウオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!!


 《朱天》が雄々しい咆哮を轟かせた。裂帛の気迫を放つ黒い巨人に、危機を察した光の騎士は間合いを取ろうとする。――が、《朱天》は逃さない!


 騎士の右足を両手で捉え、背負いながら地面に叩きつける!

 《光星体》の顔面が地にめり込んだ。さらに《朱天》は足を掴んだまま巨体を反転。追従して騎士の頭部が地を削った。そのまま徐々に遠心力をつけ、《朱天》はほぼ真上へ向けて光の騎士を放り投げた。

 勢いよく宙を飛ぶ光の騎士。それを見据え《朱天》は右の拳を腰だめに構える。

 そして、ギシリと拳を鳴らし、


 ――ドゴンッッ!! 


 落下してきた光の騎士の胸板に、漆黒の拳を炸裂させた!

 恒力値・五万六千ジン。その威力たるや攻城兵器にさえ匹敵する。

 ビシリッと《光星体》の胸板に亀裂が入る。

 そして次の瞬間、その巨体をかき消した。

 吹き飛ぶ速度があまりに高速だったため、まるで消えたように見えたのだ。


 遥か前方の地面に叩きつけられる光の騎士。

 ――が、漆黒の拳の威力はなお留まらない。

 騎士の体はそのまま大地を削る。岩土を砕く音が絶えることなく鳴り響き、砂塵が直線上に舞い上がった。数秒間に渡り続いたその轟音は砂煙と共にようやく風に散る。

 すると、その場所には一人の少女が倒れていた。

 《光星体》が解けたユーリィの姿だ。



『――――ッ!』



 アッシュは思わず息を呑む。横たわる少女の腹部には大きな裂傷があった。恐らく《朱天》の拳が《光星体》を貫き、彼女にも直撃したのだろう。

 すでに治癒を始めているようだが、あまりにも痛ましい傷跡だ。



(……ユーリィ。ちくしょう、やっぱ全力で挑めばこうなっちまうのかよ……)



 手加減すれば殺される。本気でやるしかない。

 たとえ傷を負わせたとしても《聖骸主》の治癒力ならたやすく治るはず。そう分かっていても、傷ついたあの子の姿はアッシュの心に耐えがたい苦痛を与える。

 出来るものならば、今すぐあの子の元へと駆けよりたい。

 しかし、その想いを振り払うように、アッシュはかぶりを振った。


 サーシャが今頑張っているのだ。

 師である自分がここで負ける訳にはいかない。


 アッシュは血が滲むほど唇を強くかみしめ、再び黄金の少女を凝視する。

 ――彼女は、すでに立ち上がっていた。

 幽鬼のようにゆらゆらと揺れる少女は、右手で自らの腹部に触れる。

 そして、血に染まった手を見つめて……。



「――――――――――――――――――――――――――――ッ」



 初めて傷を負わされた少女は、言葉ではない声を上げた。

 その叫びに、宙に漂う千を超える銀の星が一斉に黄金の少女の頭上へと集う。

 それは、まるで夜空に浮かぶ銀河のようだった。

 アッシュの顔に緊張が走る。――接近戦は危険とみて、遠距離戦に切り替えたか!

 今まで彼女が一度に操った星の数は数十程度。しかし今回は違う。まさに掛け値なしの全力だ。そして星々は煌めき、銀河の奔流は黒い巨人に牙を剥く。


 攻撃範囲は、およそ半径百セージル。どこにも逃げ場などない絨毯爆撃だ。

 咄嗟に《朱天》は両腕を交差させ、防御態勢をとるが、


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ――!! 


 地響きの如き轟音が、黒い巨人を飲み込んだ!

 まるで窓ガラスを打つ豪雨のように、災厄の星々が《朱天》と大地に降り注ぐ。

 凶悪なまでの圧力に身動きさえとれない。――まずい、押し潰される!



『――《朱天》ッ! 三本目を開け!』



 その絶叫と同時に、《朱天》の三本目の角が、紅い光に包まれる。

 大幅に恒力値を上昇させた《朱天》は両腕で前面の星々を薙ぎ払い、さらに間髪入れず数千ジンもの恒力を全方位へ向けて解き放った。


 《天鎧装(てんがいそう)》――。《ホルン》の機能であるそれをアッシュは技量のみで再現した。


 恒力による衝撃波はドーム状に走り抜け、銀河の奔流に一瞬の停滞を生み出す。

 その間隙に《朱天》は動いた。右へと向かって《雷歩》を解き放つ。機体への被弾を一切気にせず、さらに一歩、もう一歩と雷を呼び続ける。


 そうして《朱天》は転がるように、銀色の嵐の領域を突破した。

 両手をつき獅子のように身構える黒い巨人。三層まである装甲は無数の弾創により第二層まで破壊され所々崩れ落ちてはいたが、どうにか致命的な損傷は免れたようだ。

 ふうっと大きく息を吐き、アッシュは眼前で銀河の奔流が収まっていくのを見届けた。



(――どうにか凌げたか。だが、これでもう三本目かよ。流石に強えェ。出来ればまだ最後の《朱焔》だけは残しておきてえんだが……)



 今や《朱天》の四本ある角の内、三本は鬼火のような真紅の光に包まれている。

 ――そう。この四本角の名前こそが《朱焔》だった。

 大層な名ではあるが《朱焔》とは結局のところ、ただの――外付け動力炉である。


 通常、恒力の供給は機体の腹部に収められた《星導石》が行う。

 それは《朱天》も例外ではない。それどころか《朱天》――《七星騎》には、《極光石》と呼ばれる極めて稀少な、S級の《星導石》が使われていた。

 その恒力値は三万五千ジンを超える。A級の《星導石》で最高品質のものでも一万八千ジン前後であることを考えれば《極光石》はまさに破格の石だった。


 ――だが、アッシュはその恒力値でも満足出来なかった。


 《彼女》と戦うには、それでも不充分だったのだ。

 そこで創り上げたのがA級《星導石》から加工した四本の角――《朱焔》である。


 《朱焔》は一本につき、九千ジン前後の恒力を供給できる。

 四本合わせれば、三万六千ジン。

 要するに、アッシュは無理やり恒力値を倍近くまで上乗せしたのだ。

 だが、こんな馬鹿げた仕様には当然欠陥があった。

 許容を超えた恒力値は、機体に異常な負荷をかける。

 恒力値が上がるほど、人工筋肉は軋みを上げ、操鋼糸は高熱を発した。大出力に操作も格段に難しくなっていく。

 そして何よりすべての《朱焔》を解放した時、その問題は最も顕著に現れた。


 アッシュは、かつて最後の《朱焔》を使った時のことを思い出す。

 そうだ。確かあの時は――。



(……いつも無愛想なお前が、大泣きしたんだよな……)



 懐かしむように眼前の少女を見つめる。

 しかし、《聖骸主》となった彼女には当時の面影はない。

 そのことが深く心に突き刺さる――が、どうやら感傷に浸る暇はないようだ。

 治癒が完了した――それこそ、ドレスごと復元した黄金の少女が、小さな右手を天へとかざした。彼女の意志に呼応して満月が淡く光り出し、そして――。



『……ああ、なるほど。そうやって星を作ってたのか』



 宙に浮いた岩や木が圧縮されていくのを見据えながら、アッシュは状況を分析する。星々を補充されると厄介だ。先程の突破はそう何度も出来るものではない。ここは何としても妨害すべきだろう。――だが、アッシュは躊躇った。


 今までアッシュが容赦なく攻撃出来たのは、相手が《光星体》だからこそだ。

 しかし今、ユーリィは《光星体》を纏っていない。

 流石に《天蓋層》の方は纏っているとは思うが、《朱焔》を三本も解放した《朱天》の攻撃を防ぎきれるかは疑わしい。



(……ここは《穿風》で牽制するか? いや、それもまずいか。《穿風》だってかなり威力が上がっている。下手すりゃあ、またユーリィを傷つけちまう……)



 どうすれば、と悩み続けるアッシュ。

 そしてその間もどんどん星は生まれていき――。

 結局、彼は一歩も動けず、みすみす銀の星を補充する時間を与えてしまった。



(……何やってんだよ、俺は……)



 何も出来なかった。戦士としては最低の結果である。

 苛立ちについ舌打ちするが、自分の間抜けさだけに仕方がない。ともかく、新たに生み出された星々に対応するために、アッシュは上空を見上げ――唖然とする。



(……な、に……?)



 突如星々が一斉に四方へ拡散し始め、瞬く間にこの場から消え失せてしまったのだ。

 不可解な状況に訝しむアッシュ。

 意図を探るため、今度は少女へと視線を移し――。



『ッ! ユーリィ!』



 その光景に、思わず目を瞠った。

 黄金の少女が、突然苦しそうに顔を歪め、右手で胸を押さえていたのだ。

 さらに異常は続く。彼女の黄金の髪が明滅し、しかも、闇夜のドレスが右手で押さえる胸のあたりから、徐々に淡い桜色へと変色し始めたのである。

 ――まさか、まさか! これはッ!



『……やったのか……やり遂げたのか! サーシャ!!』



       ◆



 サーシャの闘いは、終始防戦一方だった。

 障害物のない広い場所では露骨なまでに戦力差が出る。そう判断したサーシャは戦場を森の中へと変えていた――が、



『あはははははッ! 鬼ごっこでもするのかい! サーシャ!』



 ジラール――《アドラ》は、サーシャの考えを嘲笑うかのように木々を薙ぎ倒しながら追ってくる。両の爪を伸ばして押し迫る様は、まるで神話にある三つ首竜のようだ。



(――くうッ! なんて怪物――ッ!)



 《ホルン》は頭上を襲う左の爪を両腕で支えた剣で防ぐ。盛大な火花が散った。たった一度凌いだだけで、愛機の両腕が悲鳴を上げているのがはっきりと分かる。

 とにかく押し切られる前に、後方へ跳ぼうとしたサーシャは、ハッと息を呑む。

 目の前に右の爪が迫ってきていたのだ。


 咄嗟に《ホルン》の左腕にある、小さな円盾を胸にかざす。

 ギィィン、と甲高い音を立て、円盾が粉々に砕け散った。

 ――が、たとえ小さくとも盾は盾。全外装の中でも最高の防御力を持っていたおかげで、どうにか致命傷は免れた。

 その代償に、派手に吹き飛ばされることにはなったが。



『う、うぐ……た、立ち上がって《ホルン》!』



 弾丸のような勢いで木に激突した《ホルン》が、よろめきつつも立ち上がる。

 衝突によるダメージは、《天鎧装》が防いでくれたのでほとんどない。

 しかし、吹き飛ばされたせいで《アドラ》を見失ってしまった。

 サーシャは警戒しながら黄金竜を探し――意外とすぐに見つかった。

 だが、その姿に、サーシャの背筋は凍りつく。


 《アドラ》は二十セージル程離れた場所で、アギトを開いて待ち構えていたのだ。

 その太く鋭い牙の間から、零れ落ちるのは真紅の炎。

 サーシャは息を呑んだ。まさか、これは神話の中に記された――。


 ――《悪竜の劫火(ドラゴンフレア)》――


 アギトから巨大な火球が放たれたのは、その名称が思い浮かんだ時だった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ――――!! 


 直径三セージルを超すその火球は、地表と木々を飲み込みながら《ホルン》に迫る!

 ――逃げ切れない。そう悟ったサーシャは、動揺する心を抑え込み、師から習いながらも未だ完全には会得に至っていない、とっておきの秘技の使用を決意する。

 真紅の火球は、眼前にまで迫って来ていた。

 サーシャは呼吸を整え、限界まで精神を集中する。


 そして――《ホルン》の両足から、落雷に似た爆発音が鳴り響いた。


 白い機体は凄まじい加速を得る。

 しかし、方向を一切考慮していなかったため真横に飛翔してしまい、火球こそ回避出来たが、盛大に木々を粉砕することになった。

 木片にまみれ、転がるように止まった機体をサーシャは何とか立ち上がらせる。



(や、やった! 初めて《雷歩》が出来た! 先生! 後で誉めて!)



 が、喜びも程々に、サーシャは鋭い視線で先程まで自分がいた場所を見つめる。

 そこには、まるで巨大な匙に抉られたような痕跡があった。火球の通過した場所には何も残っておらず、残滓たる炎だけが惨状を照らし出している。

 無意識の内にごくりと喉が鳴った。次は躱せないかもしれない。


 サーシャは《アドラ》を睨みつけた。同時に、その心は必死に打開策を講じる。

 とにかく武器が――破壊力が欲しい。今まで何度か試したが、攻撃は当たるのだ。

 ジラールは今、浮かれている。

 あの男が輪にかけて油断しているため《アドラ》の攻撃は粗い。両爪の攻撃は大雑把で、今の火球も、もっと近くでなら当てられたはずだ。


 結局、あの男は新しいおもちゃで遊んでいるだけなのだ。だからこそ剣も届く。

 しかし、どれだけ攻撃が当たっても破壊力がまるで足りない。

 渾身の一撃さえ、傷一つ付けられない状況だ。



(……一体、どうしたらいいの……)



 思い悩むサーシャは、大きく息を吐いた。

 大分精神が疲弊しているようだ。とにかく気を張り直さねば。



(……そうだ。まずは《ホルン》のダメージ確認を……)



 そして、サーシャは《星系脈》を起動させようとし――ふと気付く。

 いつの間にか《万天図》が起動している。

 何度も衝突したため、誤作動でも起こしたのだろうか? 目を細めて円形図を確認すると、そこには二つの光点と数値が記されていた。


 一つは近距離――。これは《アドラ》だ。恒力値も十万を超えている。

 その圧倒的すぎる数値にうんざりしながらも、サーシャは少し離れた位置にあるもう一つの光点に視線を向けた。恐らくこちらは《朱天》のはず。

 サーシャは、何気なくその光点の数値を確認し――言葉を失った。



(……う、そ、何これ……?)



 驚くべきことに《朱天》の恒力値は、六万ジンを超えていたのだ。



(……こんな馬鹿げた恒力値、一体どうやって……)



 と、困惑を見せるサーシャだったが、不意にキュッと眉を寄せた。

 気付いたのだ。これが本当に師を記しているとしたら、アッシュは今尋常ではない敵と対峙していることになる。

 

 ――すなわち《黄金の聖骸主》ユーリィ=エマリアと。

 

 サーシャは唇を強くかむ。

 そして、月と星々を従えた少女の姿を思い浮かべて……。



(――――え?)



 それは突然閃いた。あるアイディアが天啓の如く脳裏に浮かび上がる。

 確かあの時、ユーリィは重力を操っていた。そう……重力だ! 

 もしかしたら、この作戦ならば《アドラ》を葬れるかもしない。


 だが、ユーリィは自分の思惑通りに動いてくれるだろうか。

 ――いや、心配はないか。

 今、ユーリィが相手にしているのは、セラ大陸最強の騎士なのだ。いつまでも補充もなしで戦える相手ではない。ならば――やるべきことは一つだ。



(どうにかして、ユーリィちゃんの領域にまで辿り着くことが出来れば!)



 サーシャは決意を秘めた声で吠える。



『ジラール! 来なさい! 決着をつけて上げる!!』

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