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プロローグ

「――なあ、トウヤ。《聖骸主(せいがいしゅ)》って知ってるか?」



 それはトウヤが八歳の時。唐突に父がそんな質問をしてきた。

 生まれたばかりの弟をあやしながら、トウヤが「知らない」と答えると、



「そっかぁ……。けど、《星神(ほしがみ)》の方なら知ってるだろう?」



 確かにそれは知っている。トウヤの幼馴染であるサクヤがそうだった。

 人々の間からごく稀に生まれる特殊な力を持つ人間達。

 端的に言えば《星神》は他者の《願い》を叶えることが出来る。

 他人の《願い》を聞くことで、何もない空間から物を創り出したり、怪我の治癒などが行えるのだ。

 つい先日も、トウヤ自身、サクヤに小さな怪我を直してもらったばかりだった。



「う〜ん、怪我まで直せるのは、多分サクヤちゃんだけなんだが……。

 ともあれ《聖骸主》ってのは、その《星神》に深く関わる存在なんだよ」



 そして、父は真剣な面持ちで告げた。



「……《聖骸主》はな、限界まで能力を使った《星神》の成れの果てなんだよ。

 強力な異能をもって人々を襲う自我なき怪物。それが《聖骸主》なんだ」



 父の言葉にトウヤから血の気が引く。――では、サクヤもこのまま能力を使い続けたらいつの日かそんな怪物になってしまうのかッ!



「あ、いやいや、落ちつけトウヤ。すまん。少し誤解を招く言い方だったな。正確に言えば能力を超えるような……そう、命懸けになるような《願い》を叶えた場合にだけ起きる現象だ。普通はどれだけ能力を使っても《聖骸主》にはならないよ」



 それを聞いて、ホッと胸を撫で下ろすトウヤ。が、すぐに怪訝な表情を浮かべた。

 どうして父は急にそんな話をするのだろうか。



「ん? ああ、《聖骸主》への変貌――聖骸化は《星神》が背負うリスクだからな。知っといた方がいいと思ってさ。それにトウヤ、お前サクヤちゃんが好きなんだろ?」



 と言って、にやにやと笑みを浮かべる父に、トウヤは即答する。

 ――ああ、大好きだ。世界で一番愛している、と。

 少しばかり父の頬が引きつった。



「八歳児の台詞かそれ。ま、まあ、いいが……とにかく、だったら忠告しておくぞ」



 訝しげに首を傾げるトウヤを見据えながら、父は神妙な声で言葉を続ける。



「お前、さっきサクヤちゃんに怪我を直してもらったと言ってたが、今後は出来るだけ控えるんだ。特に人前では絶対使うな。……奴らはどこに潜んでいるか分からない」



 父は、ふうと大きく息を継ぎ、



「《星神》はとても稀少な存在なんだ。彼らの力を狙う者は多い。……いいかトウヤ。サクヤちゃんを守りたいんなら、今から教える組織のことを絶対に忘れるな」



 父のただ事ではない様子に、トウヤは息を呑みながらも真剣に頷いた。

 その返事に、父もまたおもむろに頷く。



「よし。じゃあ話すぞ。まず奴らの組織名だが――……」



       ◆



(――ああ、親父。まさにあんたの言った通りだよ)



 七年後のその夜、トウヤは少女の手を引き、森の中を走っていた。

 歳はトウヤの一つ上。黒曜石のような瞳と腰まで伸ばした漆黒の髪を持つ少女。

 彼女こそが、トウヤの最も大切な少女――サクヤだった。

 彼女の手を強く握りしめながら、トウヤはちらりと空を見やる。


 空が紅い。きっとあれは、故郷が――村が燃えているからだろう。

 東方の大陸アロンから渡ってきた曾祖父達が山間を切り開いて築いた小さな村。

 それが、今燃えている。そこに住む村人達と共に。


 両親や幼い弟コウタ。共に育った悪友達。シンタ、カケル、サラにトラオ……。

 恐らく、みんなはすでに――。



「待ってトウヤ! おじさんやおばさんは! コウちゃんや皆はどうするの!」



 サクヤが声を張り上げ足を止める。

 トウヤはたたらを踏んで一旦止まると、震える声で告げた。



「……今は、今は逃げることだけを考えるんだ! 奴らの狙いはお前なんだよ!」



 サクヤが大きく目を瞠る。



「わ、私が狙い? じゃあ、あの人たちは……」



 トウヤの顔が苦悩で歪む。自分の髪をかきむしり、最後に見た村の光景を思い出す。少年の瞳に映るのは、機械仕掛けの巨人どもが村を蹂躙する姿。


 その肩には、黒い太陽と逆十字の紋章が刻まれていて――。



(……黒い太陽の紋章……親父の話通りなら……)



 トウヤは唇をグッとかみしめて、サクヤの手を強く握る。



「奴らは多分《黒陽社》だ。どこかでお前が《星神》ってことが知られたんだ」


「そ、そんな……」


「……だから、逃げるんだよ。それだけが、俺達に出来る精一杯の抵抗なんだ」


「で、でも……」



 村の方向を見つめ、サクヤは戸惑いの表情を浮かべる。



(……サクヤ)



 トウヤは無言でサクヤを見つめた。彼女の考えていることはすぐに分かった。

 きっと彼女は、村に戻るべきではないかと考えている。


 実はサクヤは村の出身者ではない。

 彼女の両親と共にトウヤの村に流れ着いた者だった。

 しかし、両親は村に着くなり力尽き、幼いサクヤだけが残された。

 そんな彼女を村長は娘として迎え入れ、トウヤの両親を始め、誰もが笑顔で新たな仲間を歓迎したのだ。

 彼女にとって村人達は家族同然だった。見捨てたくないと思うのは当たり前だ。



「……トウヤ。あのね、今から村に戻って私が名乗り出れば……」



 予想通りの言葉を告げるサクヤに、トウヤはかぶりを振って答える。



「……ダメだ。いや、多分無駄だと思う。お前を攫うだけならわざわざ村を襲ったりしない。奴らは最初からすべて始末するつもりで村にやって来たんだ」



 トウヤの推測に、サクヤは言葉を失う。



「……サクヤ。分かってくれ。もうみんなは助けられない。見捨てるしかないんだ。俺はたとえみんなに恨まれてもお前だけは失いたくないんだ」



 血を吐くような想いでトウヤは語り、そして少女を強く抱きしめる。

 村が襲撃された時、父はトウヤに「行け」と告げた。

 他には構うな。最も守りたい者だけを連れて逃げろと言ってくれたのだ。

 トウヤは、父の最後の言葉を心に刻みつける。



「……俺はお前が好きだ。だから頼む。俺と一緒に逃げてくれ」



 トウヤは懇願し、より強くサクヤを抱きしめた。

 サクヤはしばし呆然としていたが、不意に目を閉じて耳を澄ます。

 そして、誰よりも大切な少年の鼓動をはっきりと感じ取った。

 ――もう、村に戻ることなんて出来ない。

 ここで逃げなければ、トウヤまで危険に晒すことになるのだから。



(……ごめんなさい。みんな、ごめんなさい……)



 何度も心の中で村の皆に謝罪し、サクヤは覚悟を決めた。



「……うん。分かった。私逃げる! トウヤと一緒に逃げる!」



 少年は静かに頷く。



「――ああ。どこまでだって逃げてやる。お前と一緒に」



 サクヤの手を引いてトウヤは再び走り出した。この森を抜ければ大きな河原に出る。そこまで行けば、普段水遊びに使っている小船で下流へと逃げられるはず。


 そして獣道をひたすら駆け抜けること十分。

 生い茂る木々の間からようやく河原の水の輝きが見えた時、トウヤの顔は思わず綻んだ。後ろへ振り返り、わずかに安堵を宿した声で少女に告げる。



「サクヤ! もうすぐだ! ここを抜ければ――」



 しかし、その台詞は最後まで言うことが出来なかった。

 突然、巨大なハンマーで殴られたような衝撃を受けたからだ。視界がブレ、繋いでいた少女の手が、抗うことも出来ずに引き離されてしまう。

 初めて味わう強烈な浮遊感に、天地の感覚すら見失って――……。




「――して! 私の手を離して!」



 その声に、トウヤはうっすらと瞼を上げる。



(……サクヤの、声……? 一体何が……?)



 思考が上手くまとまらない。どうやら少しの間、気を失っていたようだ。

 まだ目の焦点も定まっておらず、視界がぼやけて見える。

 しかし、それでも何とか状況を確認しようと大きく瞳を開いて――。



(……サ、クヤ? ……サクヤッ!)



 泣き叫ぶ幼馴染の少女の姿が映った。

 彼女の華奢な左腕は黒服の男に掴まれていた。トウヤはハッと気付く。

 全身を黒い服で統一するのは奴らの特徴だ。

 村を襲った連中の仲間がここで待ち構えていたのだ。

 下卑た笑みを浮かべる黒服に、トウヤは抑えがたい怒りを抱く。



(薄汚い手でサクヤにさわるな!)



 そして、激情の促すまま、立ち上がろうとして――愕然とする。

 身体がまるで動かない。暑さも、寒さも、痛みさえも感じないのだ。

 トウヤは自分が今、死の淵に立っていることを自覚した。

 恐らくここで無理をすれば死は免れない。

 無意識の内に、ごくりと喉が鳴る。

 だが、それでもトウヤは歯を食いしばり全身に力を込めた。

 サクヤの危機なのだ。こんな所で這いつくばっている暇などない!



(――動け! 動いてくれ! 俺の身体だろ! 言うこと聞いてくれよ!)



 しかし、そんな願いも空しく身体はまるで反応してくれない。どうにか眼球を動かすのが限界だ。トウヤはせめて視線だけでもと黒服を憎悪の瞳で睨みつける。

 するとその意志が届いたのか、サクヤを取り押さえようとしていた黒服と、ふと視線が重なった。その男は瀕死の状態でなお自分を睨みつける少年に興味を覚えたようだ。

 黒服の視線の先を追ってか、サクヤもまたトウヤの視線に気付く。

 一瞬少女の表情が輝く――が、それはすぐに少年の身を案ずるものへと変わった。



「トウヤ! トウヤ! しっかりして! 今すぐ治してあげるから!」


「おいおい、待ってくれよ。そんな下らん《願い》を勝手に叶えられてもなあ」



 黒服はサクヤの左腕を持ち上げ、その動きを拘束する。

 が、なお暴れ続ける少女に、黒服は娘の我儘に困り果てた父親のような顔をして、



「ああ、そんなに暴れないでくれ。そうだな……。ええっと、そこの少年」



 トウヤに話しかけてくる。



「このお姫様は君にご執心のようだから言っておくが、我々《黒陽社》はこの娘を無気に扱ったりしない。稀少な《星神》だしな。我らが《黒き太陽の御旗》に誓おう」



 トウヤは黒服を睨みつける。神話において女神を裏切った聖者――《黒陽》を讃えるような旗などに誓って、一体何を信じろと言うのだ。



「……う〜ん、信じられないって顔だな。ま、この少女は実に器量良しだし、多分そんな無茶もさせないだろう。きっと大丈夫だ。だから少年。君は――」



 黒服は、親しげに笑って言う。



「安心して死んでくれ」



 ――ズン。


 と、地面がわずかに振動した。そして一定間隔で響くパキパキッと固い物を砕くような音に、トウヤは悪寒を感じた。同時にサクヤの顔も青ざめる。



「とりあえずお悔やみ申し上げるよ。ん? この場合はご冥福を、になるのか?」



 と呟く黒服の後方には、河原の石を踏み潰して近付いてくる黒い巨人がいた。


 膨れ上がった肩に、丸太よりも太い四肢。前屈みの頭部と巨大な胸部。そして、背からのびる竜の如き尾。成人男性の約二倍の身長を持つ、まるで鬼を思わす雄々しき姿。


 その巨人の名は《鎧機兵(がいきへい)》――。世界で最も有名な人型兵器。


 強大な力を持つ《聖骸主》と戦うために生み出された《乗り込む鎧》だ。

 恐らく、トウヤを不意打ちしたのはこいつだろう。

 黒い巨人はゆっくりと動き出し、倒れ伏す少年へと足を向けた。


 トウヤの顔に緊張が走る。彼が間近で鎧機兵を見るのは初めてではない。

 ――いや、業務用にカスタマイズされたものなら乗ったことさえある。しかし、その機体は、これまで見たどの鎧機兵にも感じたことのない凶悪な威圧感を放っていた。


 原始的な恐怖がトウヤを襲う。――それは、死の予感だった。



「い、いやああァ――ッ! やめてお願い! 何でも言うこと聞くからやめてッ!」



 サクヤが半狂乱となり声を張り上げる中、その鎧機兵はただ静かに歩を進める。

 トウヤは震えていた。震えることも出来なくなった身体で、歯だけを鳴らして震えていた。一歩一歩近づいてくる死の恐怖に、心が悲鳴を上げていた。


 だからこそ、偽りなき心の底からの《願い》が、つい唇から零れ落ちてしまった。



「――だ。――――ない」



 それを口にした直後、トウヤは激しい自己嫌悪に陥る。

 サクヤが危険に晒されているというのに、自分の心配などするとはッ!

 トウヤは黒い機体を見据える。恐らくこの鎧機兵が歩みを止めることはないだろう。

 もはや自分の死は確実だった。ならばやるべきことは一つだ。


 せめてサクヤだけでも――。


 そして、トウヤは最後の力を振り絞るために、もう一度、愛しい少女の姿を目に焼きつけようとし――唖然とした。



(……サク……ヤ……?)



 てっきり泣いていると思っていたサクヤが、凛とした表情で彼を見つめていたのだ。

 彼女の瞳には決意の光が灯っていた。

 すると、トウヤの視線に気付いたのだろう。サクヤが唇だけを動かした。

 非常時に備えて二人で練習していた読唇術で、黒服には気付かれないように少年へ想いを伝える。



(――大丈夫だよ。あなたの《願い》は、私に届いたから――)



 その言葉に、一瞬唖然とするトウヤだったが、すぐに驚愕で瞳が震える。

 まさか、まさか、まさか――ッ!



(ダメだ! それだけはダメだ!! あんな《願い》を叶えたらお前は――ッ!!)



 青ざめるトウヤに、彼女は穏やかな笑みを見せた。

 そして――。



(――さようなら。大好きだったよ。あなたは、生きて幸せになってね――)



 絶叫すらままならない我が身の不甲斐なさに、トウヤは気が狂いそうだった。

 動かない身体に渾身の力を込め、這いつくばってでもサクヤの元へ向かおうとする。

 血と涙が混じった瞳でトウヤはサクヤを見つめた。



(サクヤ、サクヤ……。やめろ、やめるんだ! 俺なんか見捨ててしまえ!)



 必死に唇を動かすが、彼女はただ首を横に振るだけだ。

 そして、少しだけ困ったような顔をしてサクヤは何かを告げようとしたが、結局それは永遠に分からなくなってしまった。

 彼女の姿を覆い隠すように巨大な闇が現れたせいだ。

 トウヤは憎悪をもって闇を睨みつける。――それは、漆黒の鎧機兵だった。


 死神が、遂にトウヤの元へと辿り着いたのである。


 黒い巨人は、躊躇うこともなく巨大な右足を持ち上げた。足に着いた土塊がトウヤの頬にかかる。死を目前にした少年は、それでも最後まで瞳を閉じなかった。

 そして――死の鉄槌は、容赦なく少年に振り下ろされる。



 それが、トウヤと呼ばれた少年の最期だった。

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