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第六章 おもちゃが大好きな貴方に②

 サーシャは息を呑む。――《銀色の星神》。

 これもまた予想していた台詞だ。しかし、どう答えればいいのか分からない。

 もし、自分がハーフで《願い》を叶えることは出来ないなど言えば、この男が逆上してくることは火を見るより明らかだ。

 その場合、武器のない自分達では抵抗する術がない。



(どうしよう……。どうすればいいの……?)



 何も答えられず、サーシャが思考の迷路にさまよっていると、無言になった彼女に対し、ジラールが怪訝な表情を見せ始めていた。

 このままではまずい。見かねたユーリィが、咄嗟に助け舟を出す。



「……ところで、お前の《願い》とは一体何なの?」



 《星神》との対話に割りこんできた不躾な少女を、ジラールは渋面顔で睨みつける。

 が、その表情はすぐに歓喜へと移り変わり、



「ふふっ、そうか、そんなに聞きたいか! ならば答えよう! 僕の《願い》は!」



 そして高らかに声を上げ、己が《願い》を言葉に変える。



「僕の《願い》は、並ぶものなき《最強の鎧機兵》を手に入れることだッ!」



 その言葉に、ユーリィはぱちぱちと瞳を瞬き、



「……………え?」



 あまりにも子供じみた《願い》に、彼女は困惑した。



「……どういう意味? 最強って?」


「察しの悪い小娘だな。そのままの意味だよ。僕は僕だけの《最強の鎧機兵》を求める。あんな《朱天》もどきじゃない。本物の《七星》さえ超える――最強の力をな!」



 胸を張ってジラールが《願い》の詳細を告げる。

 その幼稚かつ無謀な言葉に、ユーリィは頭が痛くなってきた。



「何それ? 《七星》を超えるって……お前そもそも《七星》の実力を知っているの?」



 ふうと嘆息して、彼女は言葉を続ける。



「《神君》・《戦帝》・《朱天》・《金剛》・《凰火》・《鬼刃》・《雷公》。――それら《七星騎》と呼ばれる七機の恒力値は、平均でも三万五千ジンを超えるの。公式では《朱天》の三万八千ジンが最大。彼らは文字通り桁が違うの」



 と、どこか誇らしげに語るユーリィに対し、ジラールはただ考え込むように沈黙した。むしろ、その常識外れな数字に、サーシャの方が困惑していた。



(さ、三万八千って、な、何それ……。《ホルン》の十倍以上……?)



 唖然とするサーシャをよそに、ユーリィは、黙りこむジラールを見据えていた。

 流石に無知を理解して諦めたのだろうか。

 そう思い、ユーリィは静かにジラールの反応を待つ。

 ――だが、ようやく出てきたジラールの言葉は、彼女の想像を超えていた。



「ならば、十万だ」


「え?」


「だから、それなら僕は恒力値・十万ジンの鎧機兵を望むよ。それぐらいあったら《七星》だって超えられるだろ?」



 一瞬、ユーリィはジラールが何を言っているのか分からなかった。

 しかし、徐々に言葉の意味を理解していき――。



「お、お前、何を言っているの! 馬鹿じゃないの! 無茶苦茶言わないで!」



 ユーリィは激昂した。本当にこの男はどれだけ無知なのだろうか!

 《星神》の能力といえど苦手な物は存在する。

 代表的なのが《星導石》だ。あれは星霊の力を阻害するため、通常では作り出すことはもちろん、修復することさえ叶わない。

 さらに言えば、生み出すものが複雑な物ほど星霊の操作は困難になる。

 要するに、精密機械でもある鎧機兵は《星神》の最も苦手な存在なのである。



「《星神》は万能じゃない! 鎧機兵を丸ごと作ることなんて出来ない!」



 ユーリィの怒声が部屋に響く。

 すると、ジラールは不快そうに顔をしかめて、



「……キンキンとうるさい奴だな。お前に言われなくてもそれぐらい知ってるよ」


「だったら何故!」



 と、憤るユーリィを、ジラールは片手で制し、



「でもさ、きっと大丈夫だと思うんだ」



 笑って言う。



「命がけで頑張ればさ」



 ユーリィは思わずキョトンとした。



(……命がけで、頑張る……? それって――)



 少女の顔色が一気に青ざめる。――まさか、まさかッ、この男はッ!



「うん。でもまあ、僕の夢を叶えるには仕方がないことだろ?」



 ジラールは当然とばかりに言い放つ。



「お、お前……。そんなことのために、《最後の祈り》を使う気なの……?」



 ユーリィは呆然と呻く。《最後の祈り》とは、まさに命がけの力だ。

 それは使用する《星神》だけでなく《願い》を伝える人間側にとっても、だ。


 ――なにせ、使えば確実に《聖骸主》が生まれてしまうのだから。


 《聖骸主》の力は強大だ。たとえ鎧機兵を数十機揃えても必ず勝てるとは限らない。

 《七星》クラスでさえ、単独では危険と判断されるのが《聖骸主》なのだ。

 ゆえに、どんな悪人も《最後の祈り》を使うことだけは躊躇うというのに――。


 この男は、まるで子供がおもちゃをねだるように《最後の祈り》を強要する。

 ユーリィは改めて眼前の男の瞳を見て――言葉を失った。


 狂気がない。


 仮にも他者の命を奪おうとする状況でありながら、この男の瞳には狂気がない。

 あるのは、歓喜と無邪気さだけだ。

 蒼白になるユーリィを鼻で笑い、ジラールは愛するサーシャに語りかける。



「さあ! 愛しいサーシャ! 僕の《願い》は分かっただろ。早く叶えてくれ!」



 サーシャは思わず後ずさった。寒気さえする恐怖が全身を襲う。


 結局、この男は子供なのだ。無邪気で、残酷で、強欲な子供なのだ。


 もしもここで、自分には《願い》が叶えられないと『おあずけ』などすれば、この男は間違いなく癇癪を起こすだろう。それも、手がつけられないほどに。


 だが、ここまで迫られるともう言い逃れも難しい。

 何より、サーシャは特に弁が立つような人間ではない。

 下手な言い訳をして、この男の興味がユーリィに移りでもしたら最悪である。

 普段からジラールは妙に勘だけは鋭かった。ここで迂闊な嘘は言えない。


 ならば、いっそのこと――。



「……ジラール。私には、あなたの《願い》は叶えられないわ」



 その自殺行為ともいえるサーシャの言葉に、ユーリィは驚愕で目を見開く。

 ――どうして、このタイミングで真実を……ッ! 

 サーシャは横目でユーリィへと視線を送り、柔らかに微笑む。


 これでいい。これでこの男の怒りは自分に向くだろう。

 自分はここで襲われ、凌辱されるかもしれない。

 しかし、怒りが自分に向いている間だけはユーリィを守れる。

 そしてその時間さえあれば、アッシュがきっと助けに来てくれるはずだ。

 サーシャはそう直感していた。



(……先生。どうかユーリィちゃんを……)



 キュッと手を握りしめて。

 サーシャは心の中で切に祈った。



       ◆



 アッシュの宣言に、《朱天》は迅速に応えた。

 黒い機体の関節から数十万もの操鋼糸が触手のように延びて《鎧》を絡め捕り、瞬時に各部位へと分解する。操鋼糸で引き寄せられた《鎧》は次々と機体に装着され、そして最後に《朱天》の後頭部から獅子のたてがみのような白い鋼髪が雄々しく伸びた。


 かくして、瞬く間に武装は完了した。


 今ここに――極星の名を背負う漆黒の鬼が現出する。

 そこから先は、虐殺だった。

 黒い右腕が暴風となり、赤い鎧機兵――《赤皇》の首をいきなりもぎ取る。

 続けて《朱天》は、味方の惨状に呆然とする蒼い鎧機兵――《蒼騎》の胸部に、手に掴んだ《赤皇》の首ごと掌底を叩きつけた。

 グシャリ、と頭部がまるで果実のように潰れ、蒼い機体は一度も落下することなく、十セージルも離れた木々にまで吹き飛ばされる。



『う、うわああああァァ! ち、近付くなァァァ!』



 残された《赤皇》の操者――エリックがパニックを起こし、闇雲に剣を振り回す。ブンブンと唸る巨大な剣。アッシュは眉をしかめた。



『……うざいな』



 アッシュの呟きと同時に、《朱天》は無軌道に動く腕を容易く掴み取った。そして、そのまま赤い鎧機兵の右肘を、ベキンッと事もなげにへし折る。



『う、うわああああぁあああああああァァァァ!』



 恐慌状態に陥った《赤皇》は、じたばたと後方に逃げようとするが、それよりも《朱天》の右腕の方が早かった。漆黒の手刀が風を切る。――と、《赤皇》の腹部に火花が走った。


 赤い機体が激しい振動を起こし、震える手で黒い巨人の右腕に触れる。

 ――漆黒の手刀は、赤い機体の腹部に深々と突き刺さっていた。

 《朱天》の右手は、腹部にあった《星導石》を貫き、その奥にある鎧機兵の背骨にまで到達していた。そして迷いなく鋼の背骨を掴み取ると力任せに引き抜く。


 ブチブチブチブチブチッ――


 脱力していた《赤皇》が勢いよくのけ反り、最後には腰が直角にへし折られる。

 赤い機体は一度だけ痙攣するように震えるが、――すぐに停止した。

 人形のように脱力した赤い鎧機兵を、《朱天》は無造作に投げ捨てる。

 その光景を、ようやく立ち直った《蒼騎》の操者――スコットは呆然と眺めていた。操縦棍を持つ手が、無意識の内に震え出す。



『う、うそだろ、エ、エリック……、エリィィーークッ!』



 我知らず同僚の名を叫んだが、倒れた赤い鎧機兵から返答はこない。

 だが、その代わりに。

 ゆらり、と黒い巨人が獣の如き貌を向けた。その赤き眼光が雄弁に語る。


 ――次はお前の番だ、と。


 スコットの全身に恐怖が走り抜けた。こんな化け物に勝てる訳がない! 

 蒼い鎧機兵は、慌てて突撃槍を投げ捨てた。ゆっくりと近付いてくる《朱天》に対し、無抵抗を示すため、両手をかざしてブルブルと手を揺らす。



『ま、待ってくれ! 俺は抵抗しない! そ、そうだ、情報だ! お前は情報が欲しいんだろ!』



 苦し紛れに放ったスコットの言葉。

 しかし、意外にも《朱天》の動きがピタリと止まった。

 スコットは《朱天》の反応に一筋の希望の光を見出し、自分の知る情報を洗いざらい叫び続ける。黒い鎧機兵は静かにその情報に耳を傾けた。そして――。



『……ハーフだと? サーシャがそうだと言うのか』


『そ、そうだ。俺は確かに見た。あの女の銀の髪を……』


『…………』



 《朱天》は沈黙する。それをスコットは好機だと感じた。

 今、自機と《朱天》の間は十セージル以上も離れている。ここで森を上手く盾にすればどうにか逃げ切れるかも知れない。まだ生きているかもしれない同僚を見捨てることになるが、まずは自分の命が優先だ。――スコットは即断する。


 蒼い鎧機兵は、形振り構わず《朱天》に背を向け逃走した。その直後、何故か背後から落雷ような音が聞こえてきたが、気にしている余裕もない。



(くそッ! 何なんだ、この化け物は! なんでこんな国に《七星》がいるんだ! ここはどうにかして逃げるしか―――え?)



 スコットは愕然とする。何故か《蒼騎》が突如、動きを止めたのだ。



(な、何だ! 何故動かない!)



 その不可解な状況に困惑していたら、



『何処に行くつもりだ?』



 あまりにも近くから聞こえてきたその声に、スコットは凍りついた。

 まさかと思いながら、恐る恐る後ろに振り向くと、



(う、うそだろ……)



 そこには最悪の想像通り、漆黒の巨人がいた。

 一体どうやったのか、《朱天》は《蒼騎》の背後にまで瞬時に移動し、その右手で暴れ回る尾を捕えていたのだ。

 危うく、スコットは恐怖で気を失いそうになった。


 幾らなんでも人外すぎる! これは本当に鎧機兵なのかッ!? 

 まさか、まさか、これが《煉獄》に住まうという本物の――。



『ひ、ひいいいィ! だ、誰か助け――』



 スコットの悲鳴など無視し《朱天》は《蒼騎》の尾を掴んだまま右手を振り上げる。

 天に向かって弧を描く蒼い鎧機兵は――突然、宙空で解放された。

 恐らく《朱天》が投げ飛ばす途中で尾を手放したのだろう。

 長い浮遊感――、そして、その後のズンと背中を貫く落下の衝撃に、スコットの口からカハッと空気が吐き出される。

 咳込みながらも敵機の姿を探すため、スコットは周囲に目を向け――絶句した。


 真横に同僚の無残な機体があったのだ。

 どうやら自分は十セージル以上の距離を片手で投げ飛ばされたらしい。

 あまりの膂力に愕然とするスコットだったが、近付いてくる《朱天》の姿を見て、さらに言葉を失う。


 《朱天》の右手には、蒼い尾が握られていた。

 投げている途中で手を放したのではない。

 ――いや、そもそも《朱天》に投げる気など最初からなかったのだ。

 《朱天》は蒼い鎧機兵を地面に叩きつけるつもりで右腕を振り上げたのだ。

 しかし、その膂力に尾が耐えきれず、振りかぶる途中で千切れたため、結果的に投げ飛ばしてしまったのである。――そう。ただ、それだけのことだった。



『……ふん。これが最新鋭機か。随分ともろいもんだな』



 何の感情もない平坦な声で呟くアッシュ。

 《朱天》は、掌の中の蒼い尾を、地面へと放り捨てる。

 ドスンッと音を立て落下した蒼い尾を、邪魔だと言わんばかりに踏み潰し、《朱天》は倒れ伏す《蒼騎》へ歩を進めた。


 その光景に、スコットの恐怖は最高潮へと至る。

 そして――最後の希望にすがりついた。



『ま、待て! お前は女達を助けに来たのだろう! こんな所にいていいのか!』



 その言葉の効果は絶大だった。黒い巨人は立ち止まり、《朱天》――アッシュの表情に初めて迷いの色が浮かぶ。脳裏によぎるのは二人の少女の姿だ。



(ああ、そうだ……。俺はユーリィと、サーシャを助けに――)



 早く行かなければならない。怒りを押しのけて、湧き上がる強い意志。それを感じ取り《朱天》がわずかに身じろぎした――その時だった。




 アッシュの脳裏に、三人目の少女(・・・・・・)の姿が映し出されたのは。




 流れるような漆黒の髪に、いつも優しさを絶やさなかった温和な瞳。

 ただ《彼女》の姿を思い出すだけで、切り裂かれるような痛みが胸中で渦巻く。

 灼けつくほどの激情が、止め処なく溢れ出てくる。



「~~~~~~~~~ッッ」



 あまりの苦痛に、呻き声さえ出せない。

 必死に冷静さを取り戻そうと、強く胸を押さえて歯を食いしばるが、その程度でどうにか出来るような生易しい感情ではなかった。

 そして、枷が決壊したかのように、心の中に黒い何かが流れ込んでいき――。

 


(――さようなら。大好きだったよ。あなたは、生きて幸せになってね――)



 《彼女》の最後の言葉が、胸に突き刺さる。

 アッシュは、心が軋む音を聞いた。






 グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――……。





 《朱天》のまるで慟哭のような咆哮が、空の彼方へ消えていった。

 そうして、黒い巨人は再びその一歩を踏み出す。――蒼い鎧機兵へと向かって。

 最後にすがった希望も打ち砕かれ、スコットは声も出せず震えていた。

 《朱天》の足音が、徐々に大きくなってくる。しかし、逃げ出そうにも、バランサーである尾を失ったこの機体では立つことも困難だ。

 為す術もなくスコットは身を丸めてカチカチと歯を鳴らす。――と、不意に浮遊感を感じた。《朱天》に機体の頭部を掴まれ、持ち上げられたのだ。


 眼前に映し出されるのは《朱天》の貌。


 それを見てスコットは今度こそ確信した。

 自分達が遭遇したのは鎧機兵などではない。

 自分達はあまりにも罪を重ねすぎた。あまりにも人を殺しすぎた。

 だからこそ、こいつが現れたんだ。


 ――そう。自分達が出会ったのは、罪人を貪り喰らう《煉獄の鬼》だったのだ。

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