ボノは心配性
「そういえば、さ」
「なあにボノ」
「いや、今更だけど、君達妖精って森の外に出たいと思う事は無いの?」
「あらボノ、私は時々貴方の家に行くじゃない」
今日も行っちゃおうかしら、といってボクの首筋に手を添えるクラーチャ。
ちょっとくすぐったい。
「クラーチャ以外の妖精も、時々どこかに出かけてるの?」
「知りたい? 知りたいのね。どうしようかしら。うーん」
あれ、どうしたんだろう。
クラーチャが悩むなんて珍しいことだ。
普段の彼女なら言えることならさらっと言うし、いえないことははっきりいえないと言う。
あ、いえないと言うよりまだ教えてあげないっていういたずら心もちゃんと言うね。
だからクラーチャがこういう話題で悩むのは珍しい。
「言えない事だったら言わなくても良いよクラーチャ」
「えっとね、私達は体験するし、知ってるんだけど、ヒトに信じてもらえるか解らなくって」
「信じてもらえるか解らない? そんなに変わったことなの」
「ええっと、妖精は森がないと居られないって言うのは知ってるかしら」
「うん。知ってる。だから村の人は無闇にこの森の木を刈らないし、冬が長い年には薪が足らなくても我慢してる」
「そうなのね、後で村の皆にありがとうって言っておいて、お願いよボノ」
「うん。解った。それで、森がないと居られなくなっちゃうのと関係あるのかな?」
「あるわ! それもとびっきりのが! あのねボノ、私達妖精は森を渡れるの」
「森を、渡る……」
何だろう。
渡るって川を渡るみたいな?
森の端から端まで簡単にいけちゃうのかな。
でもそんなの、森の中を自由に飛び回るクラーチャ達蝶々妖精を見てればそんな特別な事には思えないんだけど。
「むぅ。その顔は解ってないわね」
「えと、ごめん。森を渡るってどういう事なのかな。森の中を通るのとは違うの?」
「森を渡るって言うのはね、森なら好きなところに渡っていけるのよ。それもすぐによ。ヒトの旅みたいに時間は掛からないの好きな時、好きな様に移動できるの」
えと、時間が掛からないってことは。
他の妖精が住む森なら、ヒトが何日もかかる所を瞬き一つする時間で移動できちゃう?
「ほんとクラーチャ!それ凄いよ!」
「でしょう?でも私達妖精は自分の生まれた森で過ごすものだし、できるけどやる子は居ないのよ」
「それはなんでかな。クラーチャ達妖精は喜んであちこちに旅をしそうだけど」
「あのね、渡りの力は森が無くなりそうな時に、最後に残された妖精への救いの力なの。森から離れて生きていけない私達から森が奪われるとき、別の森で生きていけるようにっていう、神様の優しさ」
「……そういえば、この森はクラーチャ達にとっては生まれ故郷なんだね」
「そうよ。だから渡りの力を使いたがる子は居ないの。みんな、みんな、この森が大好きだから。私がボノを好きなのと同じくらい、大好きだから」
「なるほどね。森は、大事にしなくちゃいけないね。クラーチャ。ずっと一緒に居られるように」
大好きといいながら、ボクの耳たぶや襟足の毛をいじるクラーチャに思わずしんみりとした声を掛けちゃう。
でも仕方ないよね、森渡りなんてされたら、ボクじゃクラーチャを探し出せるか解らない。
クラーチャが知らない森に行っちゃうなんて、嫌だって思っちゃったんだから。
「ねぇクラーチャ。村長さんは森渡りの事しってるかな?」
「そうね。ヒトが伝承を絶やしてなければ知っているはずよ。ただ、森渡りを証明はできないの。森渡りは身一つで行うものだから。他の森のものを採ってきてとか言われても困っちゃう」
「うん。解った。でも一応言ってみるよ。妖精が渡っちゃうようなことを森にはしないでって。ボク、クラーチャに出て行かれたくないから」
「そうなの? 嬉しい! 大好きよボノ!」
嬉しそうなクラーチャがボクの襟足をくしゃくしゃっとかき回す。
彼女の手は小さいから、そんな酷い事にはならないけれど、ちょっとこそばゆい。
この感触を無くさない為に、村長さんにはきちんと言っておこう。
きゆう?だったかな。
考えすぎと笑われても良い。
ちゃんと、言いに行こう。
大事なヒトの大事な事だから。