姫、まずは勇者を襲撃す
まずはプロローグから。ゆっくり2人の旅を見守って下さい。
「私はね、王女様になりたいの。手を貸してね勇者さま♪」
そう言いながら、金髪の少女はにっこりと微笑んだ。
「冗談だろ?」
顔を上げて俺は言い返す。膝をつき、額には幾粒もの汗が滲む。しかし、その汗を拭う事も出来ず、ただ俺は笑うしかなかった。
少女は嬉しそうに声を弾ませる。
「それが結構なマジ話でして☆」
心から楽しそうに、少女は踊るような声で言った。
それが何より恐ろしい。
確かに笑っている。だが、その瞳には間違いなく強力な意思がある。
俺はどうすればいいのかわからなかった。
自称・王女様希望。
金髪に碧眼の容姿端麗。
少し背丈は高く、恐らくそろそろ十代終了。
少女と呼ぶにはおかしいか?
まぁ、見た目だけなら十分お姫様で通用しそうだ。
ただ、その自称・王女様希望は、その眼光と同じくらい鋭い剣の切っ先を煌めかせていた。
人様の喉、しかも急所のど真ん中に向けて。
「協力しろと言われても、俺はさっきから、あんたに殺されかかっている気がするんだが?」
声を出すと、喉が震えた。それだけで命に関わるんじゃないかと思う程に切っ先は近い。
襲撃されたのは、今から5分程前。襲撃自体はたまにされるから気にしない。
ただ、5分で地面に片膝つかされることは、まぁ最近は、とんと記憶にない。
しかも、相手は年下かつ女の子。
「俺は、王女様になりたいなんて可愛らしい事をいうお嬢さんに殺されそうになる程、弱くないつもりなんだが」
どの口が冗談を言うのか、と少女の目をしっかりと覗き込む。
だが、そこに冗談の色はまるでない。
俺には、まるで訳がわからなかった。
俺は困惑した殺されかけ、彼女は笑顔の脅迫者。
周りには他に誰の気配もなかった。人里離れた草原には、夕日が照らし二人が対峙するだけだった。
「なんで俺を襲う?」
最初からわからなかった事を聞いてみた。
彼女はさっき俺を『勇者』などと言ったが、俺はそんなもんになった覚えは一切ない。
勇者なんぞ、そんな職業がどこの世界に存在するものか。
ただ、自信を持って言える事がある。
そんじょそこらのエセ勇者より、俺は絶対に強い。
そんじょそこらの正義の味方よりも、間違いなく強いだろう。
それは、はっきり言えるんだ。
その俺より、この『自称お姫様志望娘』は強い。
「王女さまってのは成りたくなったらなれるもんじゃないだろ? しかも王様でも王子でもないただの通りがかりの剣士脅して、どうやって王女になれる?」
彼女が自称お姫様志望だというのなら、俺は自称流しの剣士だ。
少しいい剣を持ってる。少しは金も持ってるし、割と強い。
だが、それだけだ。
それ意外、もう何も持ってはいない。
そして、多分誰よりも『勇者』なんてものに相応しくない・・・。
その俺が、なぜ通りがかりの郊外でいきなり『王女になりたい』なんて理由で襲われた?
風が草原を吹き抜ける。
あ〜あ、せっかくの髪型が崩れるぞ、スカートめくれても知らないからな。
場違いな事を思った。
だが、こんなに低い位置から女の子を見上げることなんかあんまりなくて、どうしていいのかわからない。
こんな事、あるわけなかったのだから。
強い風が吹いていた。俺は少女をただ呆然と見上げていた。
彼女も俺をただ笑って見下ろしていた・・・花を象る紋を手首に携え、俺の喉に鋭い切っ先を突きつけて。
もし俺が勇者なら、こんな勇者がいてたまるか。情けないにも程がある。
崩れ落ちたら楽になれるかもしれない。
だが、一歩でも最後の力を失った時、この剣は俺を貫くだろう。
血飛沫は花と舞うだろう。
そしてきっと、抜く事すら出来なかった背中の剣は、俺がここで倒れる事を許さない。
(・・・隊長・・・隊・・・長・・・)
2人しかいないはずの草原に、何人もの悲愴な声が聴こえた気がした。
視線を反らす事も出来ず、俺は首をのけ反らし彼女を見上げ続ける。
王女になりたい少女は、不敵に笑っていた。
やがて――
「お腹空いたから、帰って話すわ、ついてきてね」
さらに笑顔で言い放った。
ふざけるなと言いたかったが、言えなかった。
いい加減、剣を退いて欲しかった。
なんとか気力を振り絞り、心を立て直す。
そこで、初めて気付いた。
彼女は、少しも乱れてはいなかった。
いや、風でスカートは捲れそうだし、髪のセットは多少乱れてるんだろう。
でも、息も見た目も、風が吹く以上には乱れていなかった。
「まずは、剣を退いてくれないか?」
思わず口をついた。
認めてしまった。
ランティス・フォード、職業・剣士、22才。
久しぶりの完敗だった。
とりあえずは出会いまで。