追憶
すみません、ドロドロしてます。
雪華は、茜色の光が差している凪の長い影を見ながら、心の奥に隠していた漆黒で忘れたい出来事がある。
でも、脳裏から焼き付いて消えない痛ましい記憶を辿った。
父親は結婚当初から母子とも冷遇していた。数年経ち家業が持ち直すと、佐藤祖母と親戚たちは、手のひらを反すように言葉の暴力を浴びせ「育ちが悪い」「女しか生めなかったくせに」「男が外で遊ぶのは妻に魅力がないからだ」と、父方の親族は暴言を私たち母子吐き続けた。
親戚一同が集まると私たち母子に悪意を垂れ流し続けて、周囲から嘲られ、空気扱いが続いた。
その中で唯一かばってくれたのは祖父だけだった。でも、祖父は急死した後は、私たち母子は逃げ場を失った。
相変わらず父親は、守りもせず、会うと冷血な目で一瞥するだけで、私たち母子には無関心を通していた。
そんな環境で過ごすと周囲の悪意に反応に敏感になる。でも、叔父は卑怯にも親切なふりをして近づいた。一回目もことが公にならないと確信して、また、私を狙った。
叔父の異常行動に最初に気づいたのは、母であった。
寒い冬の夜だった。父の親戚との食事会で、服にジュースをかけられた私は、着替えるために脱衣室へ行った。そこに、叔父は無理やり入り、扉にカギを掛けた。
私は突然の出来事に、声も出せず硬直した。
異変に気づいた母は急いで駆け付け抱きしめてくれた。当人であるはずの叔父は嘲る様な笑みで誤解だと繰り返すばかりだった。
しかし、佐藤祖母は、私に、「お前が誑し込んだんだろ!子供なのに穢らわしい、母親の教えがダメだからだ!」と冷たい口調で吐き捨てた。
その時、バチーンと音がした。母が祖母に勢いよく頬を叩いた。そして獣が唸るように低い声を出した。
「あぁぁーーーーー」
母の瞳が最後の輝きを灯すように青白い炎になった。
大きく肩をいからせた。そして、狂った獣ように怒鳴り始めた。
「あんた達の家族はお爺さん以外は畜生だ!」
「お金に困っているときは私の家にすり寄ってきたのに、嫁いだ後は別宅に入れてかごの鳥扱い。親戚一同は私たち母子を邪魔者扱いして、罵詈雑言吐いて、挙句の果てには血のつながった姪に手を出す。ご立派な家だわね」
父親に対峙して、嫌悪感を持ちながら憤怒した表情で激しくなじる。
「貴方も、こんな扱い続けて酷いわ。縁談が嫌だったらしっかり断って欲しかった。私は貴方が好きだっただけなのに。結婚してから私は貞淑にあなた達に尽くしたと思うわ。なのに、いつも冷たくて、よくこんな扱いができるものだわ。貴方は、彼女ばかり微笑んで、私にも配慮が欲しかった、これは、不倫よ。真実の愛なんかじゃない。もう、いい加減にして、離婚しましょう。あんたなんかあの女にくれてやるわ!今、ここにお爺さんがいなくてよかったね、これでは成仏できないわ」 一気に吐き捨てた。それを聞いた父親は、怒りを露わにして母を止めようと近づいてきた。
父親の実家の食事会に、彼は初恋の女性を招待されている。興奮している母は、急に振り返り、その女性と対峙した。
「あんたなんか愛人なのよ。先に生んだあんたの子供は私生児よ、また子供を腹ませているのもわかっている。もういいわ。あんな男はあんたに熨斗を付けてあげるわよ」
怒りが収まらない母は、右手は大きく振りかぶり愛人の頬を叩こうとしたが、その手首は父親に強く掴んだ。しかし、ふいに愛人がふらつき転倒した。
腰を打ち床に座り込んだ時に足の間から鮮血が流れた。周囲は凍り付き、とっさに父親は彼女を抱きかかえて、母に一喝した。
「彼女に何かあたらお前を許さない!!」
言い捨て、雪が降り始めた道を振り向きもせず病院に向かうため歩き出した。
母は茫然となり、その場から動かない。それから、ゆっくりと青白い顔を動かした。最後に私に視た。
もう父親の愛を生涯与えられない。努力をして、ここまで完璧を目指した母の高潔な仮面が剥げれ、強い哀愁と悲しみを湛えた視線が私と一瞬だけ絡み合った。だが、それは次第に生気が無くなり空虚で何も映していない。静かに母も崩れるように床に倒れこんだ。
阿鼻叫喚の混乱した場を、私は眺めていた。
舞台から一段下の客席にいる観客のように。最初から声を失った他人ように。
目の前には、舞台上に私とどこか似た役者いた。
遠くで眺めているだけで、この舞台に上がれない役者は、瞬きもせず立ち尽くした。
混乱が続く中でも、私の存在を忘れ、部屋の隅で流れる風景のように眺めていた。
誰も私を見ない。足元から凍り付き、自分の心臓の音だけしか聞こえず、外からの音が消えた。
どのくらい経ったのだろう。使用人に助けられ別宅にいた。母は入院中で会えずにいた。子供の私は一人で面会できないため、そのまま一人で過ごした。ここには誰もこない。当然父親も来ない。
かなり時間が経過して、望月祖母に連れられて面会した。
そこに居る人は、頬はやつれ、感情を全部削ぎ落した人形のような母だった。
まだ、ドロドロは続きます




