蒼の境界
寮の1階の広々した清潔感のある食堂にいる。
入寮した新入生に寮の規則を教えているのは、50代半ばの優しい感じの泊まり込みの管理人、薫子さんだ。薫子さんはこの高校教師だった旦那さん先立たれ、その後ここの管理人をしている。
説明が終わると夕食になる。先輩方と一緒に食べる。新入生に比べると2・3年生は少ない。やはり規則が厳しかったり、受験のため退寮するそうだ。静かな食事がすむと、各自自室へ戻る。
「雪華、明日は入学式だね。同じクラスになるといいね」
にこやかに笑み、私が家で作ったクッキーをほうばる。さっき夕食がおわったのに、食欲が落ちないのにびっくりしながら、相槌をうつ。
「進学クラスを希望していたけど、入試の結果で決まるんだよね」
「そうそう私も弁護士希望だから、進学クラスを希望なんだけど、自信ないな」 琴葉の父親は、弁護士で隣の県で個人の法律事務所を構えている。
お茶を飲みながら、まだクッキーに手を伸ばしている。
「これ、おいしいね 雪華が作ったんだ」もぐもぐと琴葉が語りかける。
「雪華ってお嬢様みたいなのに、意外~」
「うちは母子家庭で母が亡くなってからは、祖母と一緒に作ることになったの」
母から料理を教えてもらったことはない。手料理も幼いことに数回だけで寂しい食卓だった。
「でも、雪華はお嬢様女子中学校卒業でしょう?なんでエスカレーターでそのまま進学しなかったの?」
実家から3駅先の女子中学は電車で通学していたが、つらい体験をしたので、寮があるこの学校を選んだ経緯がある。これは思い出したくない。口の中が苦くなった。慌てて早口で言った。
「うん、こっちのほうが偏差値が高いし、受験に有利でしょ」
この高校は、県内有数の進学私立学校で、首都の国立大へ合格輩出数も全国に見ても多い。
「私の兄もこの学校の卒業生で、めっちゃプレッシャーだった。ほんと大変だった」安堵の言葉を発しながら、明るく兄妹仲を屈託なくしゃべる琴葉が、なぜか目の前にいるのに、眩しい光の世界の住人に思えた。
翌日は入学式で快晴で春らしい陽気だった。
無事にクラス分けは、琴葉と一緒の普通科の進学クラスになった。入学式には、祖母は体調不良で代わりに母の弟の嫁の叔母が来てくれた。
「おばさん、ありがとうごさいます。おばあさんの容体はどうですか」
「まだ、咳があるけど大丈夫よ。私も帰りの本家によるつもりだから」
看護師の仕事をしている叔母がみてくれるなら安心する。
「これからおばあさんを、よろしくお願いします」
案じる私に穏やかな叔母はうなづき、入学式終わってすぐに帰宅した。
入学式終了後、生徒会役員から、今後の学校生活のオリエンテーションが行われた。
「あっ」思わず声がもれた。隣にいる琴葉が壇上に上がった役員を見て
「うわぁ 役員の人 みんなめっちゃ美形だね」
壇上中央には、柔和な印象でお兄さんタイプの生徒会長の春野大介がマイクを通して説明している。斜め後ろのは、他の役員で、甘い容姿でもやんちゃな印象の会計の白石淳一、紅一点の書記、高橋佳緒理は頬がバラ色で、二重瞼で大きな目をしている。口元を少し上げて笑顔をみせている。可愛らしいお嬢様で愛らしい。
佳緒理の横には、副会長の長谷川雅斗がいる。佳緒理より身長が頭一つ高い。シャープな輪郭で、鼻筋が通った高い鼻。目元は切れ長で涼やかで形のよい唇が、シンメトリーにバランスよく配置されている顔貌である。今は無表情のためか冷淡な印象をあたえる。
(やっぱり、美人なのよね)
前回と同じ印象を持って興味深く眺めていると、彼は客席を見渡した。
一瞬、彼の視線が私の瞳をあったような気がした。彼の瞳は深い深海ような静かであるが、しかし、その視界には、何も映していないような空虚が見えた。壇上と大勢の新入生である一人である私と視線が合うなどない。
壇上にいる役員は正々堂々として、よどみなく発言している。2歳上であるが、すでに大人という雰囲気を醸し出している。壇上はまるで、春の光にあふれており、手の届かない場所であり、聖域のようにと隔てている。
(勘違いよね。)
その後視線が合うことはなかった。
まだまだ雪華の暗い独白です




