彼岸桜
後日、祖母と叔父で母親の墓参り来た。
市内から少し外れた郊外で小高い山の中腹にある、昔ながらのお寺とは違い白い寺院は西洋風が混在した建物である。本堂の庭は掃除が行き届いており落ち着いた印象だ。本堂の天井画は外国の美術作家が描いた色彩が鮮やかで、その土地の文化、風景、仏教的な世界観を抽象的な表現でなおかつ、荘厳な絵が天井いっぱいに精緻に描かれていて格子状に収められている。母の葬儀の時には、小学生であった私は、お経を唱えているときに仏像の近くにある金色の柱や見慣れぬ仏堂、天井などをチラチラ見ていた覚えがある。
樹木が多い境内だが、参道にはソメイヨシノより先に開花した彼岸桜が多くあり、今は花びら散っている。坂の中腹にあるお墓の近くにも植えてあった。彼岸桜の花が舞い散る下に、年月を感じさせる先祖の墓があった。
花びらが舞い落ちる中で、ふと生前の母が言った言葉を思い出した。
「あなたの名前は、妊娠中に始めて彼と手をつないだ時に降る雪を思い出して、私が名付けたの」子供の初めての贈り物が母だけであったことに胸がざわついた覚えを思い出した。父親は私の誕生をどう思っていたのであろうかと考えると、何ともやるせないと寂しい気持ちになった。
祖母は淡い色合いの菊、カーネーション、フリージアが混ぜたお花を持ち、私と叔父は手早く墓の掃除をした。お線香を焚き手を合わせてお祈りをする。
先日初めての父親に送ったメッセージには返信がなかった。
(やっぱりね、こないわよね)
4人の幸せそうな家族を思い出しながら、先ほど名づけのことも思い、どうしても寂しさがこみあげてくる。父親に捨てられた!母親を見殺しにされた!そう思う気持ちがあふれ出す。その後、手早く帰り支度をして、3人で車に乗りこみ昼食へ向かった。
車に向かった先は以前から馴染みのある老舗の寿司屋であった。食事中に「彼が戻ってきた」叔父がポツリと呟いた。
叔父の家業は父親の家業と競合する立場だ。父親の家も名門であったが、先代の投資の失敗で窮地になりその為、父親は若くして家業を受け継いだ。母と結婚を足掛かりにして安定な経営になった。元々経営の才があったのだろう。数年前から海外と取引するまで大きくなった。叔父は、祖父が急死した為、その引き続きがうまくいかず、祖父の代に比べ規模を縮小せざるを得なかった。
祖母は無表情で何も言わない。昔のことを思い出し、娘が自分より先に逝ってしまったことや、母の死後少したってから気落ちしていた祖父もあっけないほど亡くなったことなど複雑な思いをもっても不思議ではない。
私も半円形の伊達巻を食べる箸が止まった。この伊達巻は、昔に祖父がよくお土産で買ってきた寿司だった。普通の伊達巻と違い、巻いてあるのでなく、一つの太巻きの周りに甘くプリンのようなくちどけするもので幼い私はこれが好きだった。口に入れた伊達巻が急に味がなくなった。
続けて、叔父が問うた。「連絡はあったか?」 私はないと答えた。その後も終始言葉少なげで昼食は終わった。
叔父は、私と祖母を実家に送った後、仕事に戻った。疲れた祖母はお昼寝をしに自室に戻り、淡々と入寮のための荷物の整理をした。
庭の一本の桜が、柔らかい日差しを受け満開になっていた。




