憧憬
今日も朝から灰色の雲に覆われ霧のように雨が降り、遠くの景色が霞んでいる。
文化祭のコンサートの練習で、今日から朝にピアノ室を借りることができた。
女子寮の管理人の薫子さんに前日の夕方に事情を伝えて、朝食前に登校することをなった。
朝、薫子さんが寮の入り口で待っていた。
「おはよう、早くから大変ね。おにぎり作ったから食べてね」
「ありがとうございます。うれしいです」
薫子さんからおにぎりを受け取り、さらに手を振って見送りもしてくれた。
人の親切が素直にうれしい。
母と同世代の人を見ると、どうしても母の面影を重ねてしまうが、薫子さんは 子供さんがいないから、寮の子が自分の子供みたいよと朗らかに言っていた。
(こういう風なお母さんがいたらいいな)
凪は家にある練習用のバイオリン取りに行って今日は叔父の家から登校する。
少し前にLINEに【ごめん 少し遅れる】とメッセージが届いた。
私は一人音楽科の校舎の3階ピアノ室で凪を待ちながら、窓から校門の方角を 眺めていた。
白い霧の中から長身と思われる男子生徒が、自転車を押しながら入ってくるのが見えた。
その男子生徒は立ち止まり、校庭に方を顔を向け暫くその場を動かずにいた。
(凪かな? どうしたんだろう)
煙るような霧雨で校庭には誰もいない。
彼は自転車置き場に自転車を置くと、真っすぐに運動部の部室へと歩いて 行った。
部室の近くに来ると、その人影は、長谷川雅斗であるとわかった。
(今日はバスケ部の朝練はなかったような、自主練習なのかな)
先日に見た雨の中ひとつの傘の下二人で並んでいる光景がに浮かんだ。
雅斗と佳緒理は幼馴染で仲が良い。噂では付き合っているんだろうと・・・
(はぁ、幼馴染からの初恋か、なんか漫画みたいで素敵)
入学前の説明会で佳緒理が優しく声をかけてくれてうれしかったな。返事をした私は慌てて失礼な態度だったけど。
雅斗は他の女子生徒を避けているけど、佳緒理が相手だと少しだけ目を細めているんだよね。
美男美女の二人を見ていると、とてもお似合いで思わず心の中で手を合わせたくなる。
(私はこれから誰かを好きになることはないから・・・ちょっぴり憧れるな)
少し後ろ向きな考えになり、目を伏せる。
ぼんやりとしていたら、凪がバイオリンを持ちながら入ってきた。
「おはよう、どうした?何か見ていたの?」
「おはよう、朝からよく降るなと思って、、」
考えを一旦止め、凪と練習をするため、ピアノへと移動する。
一通りに練習していると、時計は8時前になっていた。
私たちは朝食を抜いていたので、教室で薫子さんのおにぎりと凪が買ってきたサンドイッチを教室で頂くことになり、ピアノ室をあとにする。
音楽棟から教室のある校舎へ行く通路は、体育館の横を通る。
体育館からボールがリズミカルに床を打つ音が聞こえる。扉が開いており、無意識に立ち止まり見る。
雅斗が一人で黙々と、ゴールポストへシュートの練習をしている。
いつもと違う真剣な横顔で真摯な目が印象的で息を呑む。
違う扉から佳緒理がタオルを持って体育館へ入ってきた。
凪に「行こ」と言われその場を離れた。
「雅斗、お疲れ様 これで汗を拭いて」
甘えた声で佳緒理が雅斗に近づいてタオルを渡す。
「ああ」
雅斗は汗を拭きながら、雪華がいた扉に視線を向け後ろ姿を見た。
本日はお弁当を作れず、琴葉と食堂のメニューを食べることにした。
「何食べる~雪華」
「日替わり定食にするわ」「私も」
食べながら琴葉とおしゃべりをする。
「凪君はどうしたの?」
「うん、お弁当がないから、寮の同室の男子と教室で食べるって」
「やった、お邪魔虫はいないから、今日はガールズトークね」
もりもりと食べている琴葉が楽しそうにしている。
「そうだ、コンサートのドレスできたよ。会心の一着になったと思う」
「ありがとう、うれしい、すごい楽しみ」
「なんで、コンクールの時も着たでしょ」
黒歴史を思い出し、げんなりした。
「う~ん 私小学生の時は母の意向で髪がものすごく短くて、体もヒョロヒョロしていたからよく男の子と間違われたの」続けて言う。
「でね、ドレスが壊滅的に似合わなかったの。何を思ったのか母が父親の小さい頃のスーツを着て出なさいと言われて、それで出場したの・・・」
「えっ それは・・・ でも美少年だったんじゃない」
「それはわかんないけど、最悪なのは、会場のトイレに入ろうとしたら、知らない男の子に手を引っ張られて男子トイレに連れて行かれそうになった」
「災難だね、それでどうしたの」
「恥ずかしくて、その男の子を睨みつけ手を振り払って逃げた、、、、」
琴葉は可哀そうな子を見る目で「ご愁傷様です」と言ってくれた。
「その時のコンクールで出場している女の子が、ピンクや黄色の淡い色でフリルがあるかわいいドレスを着ていたから、とても憧れたな・・」
またまた琴葉が目を潤ませ、力をこめて言ってくれた。
「絶対に雪華に似合うドレスだから!」
「琴葉 大好き」
私も満面の笑顔で返事をした。
「食堂のご飯もいいけど、やっぱり雪華のお弁当が食べたい!」
「琴葉が食べてくれるから、朝練がないときは張り切って作るね」
そう聞いた琴葉が何か思いついたかと思えば、少し気まずい顔をしてこちらを見た。そしてオズオズと口を開いた。
「あのね、実は前から雪華に言わなくちゃいけないことがある」
困った表情の琴葉に、首を傾げる「なに」と問う。
「うちのお母さんが、寮での暮らしがものすごく心配してるの」
そうだ、琴葉の家から食べ物を送ってくれている。とても娘を大切にしているんだなと、思い胸がほっこりする。
「そして、寮で自炊しないといけないと聞いて、一応入学前に料理を習ったんだけど、壊滅的に駄目だった。呪われているの。目玉焼きも作れないことが分かったの。週末は家に帰ろうと思ったけど、でも、雪華にご飯を作ってもらっていると聞いた両親は大喜びだったの」
「どうせ元から作るつもりだったか、気にしないで。琴葉は美味しそうに食べてくれるから、私もうれしいよ。もし、一人だったら適当にすませるか、食べないことも多かったと思う」
「雪華は読書すると集中するから、そうなったかもね」
私は苦笑いして、
「それに琴葉と一緒に食べるとうれしいから、こちらこそ、ありがとう」
「うっ 毎回美味しいものを作ってくれてありがとう。私も雪華と食べるのは楽しいよ」
目を潤ませた琴葉だったが、またまた、気まずそうに言った。
「だから、心配している母に食事の写真をメールしているの・・・」
そうだ、いつも食事前にスマホで撮っていたなと思い出す。
「この間家に帰った時に、うちのお母さんが雪華が作ったものをSMSにアップしていたんだ。許可なくごめんね。」
ゴホゴホ、むせた。
そして、思わず「えええーー」大声で叫んでしまった。
周囲にいた人が振り向いた。慌てて口に手を当てる。そして、小声で言う。
「どうして・・・」
「元々、私がコスプレする服を母のSMSにアップしていたの。雪華が作ってくれるものが美味しそうだから、ついねとお母さんが言っていた」
うーん茶色が多めの弁当だぞ、休日のご飯の適当に作ったものだったのに。
「お母さんが雪華の作った料理がとても映えると言っている。雪華が料理の写真が載るようになってフォロワーが増えたって言っていた・・・」
琴葉はスマホを出して私のお弁当の写真を見せてくれた。撮る腕が良いのか、少しおいしそうに見える。
呆れた私はまあいいかと思い「分かった。別に構わないよ」
琴葉は満面の笑みなり、何度も感謝の言葉を贈ってくれた。
「琴葉の腕で、とっても美味しそうに撮れているね」
私は琴葉にサムズアップして、二人で笑いながら食べて、今日のガールズトークは終わった。
その時に雅斗が近くを通ったことは、雪華は気づかなかった。
昔の黒歴史 誰かと関わりあっています




