奏でる
ここまで読んで頂いている『読もうさん』誠にありがとうございます。
つたない文章ですが、お付き合いください。
音楽室のある校舎へ、琴葉と一緒に移動する。外の渡り廊下から目を向けると、木々の緑が飛び込んできた。午後の柔らかい陽光を透かした若葉が揺れて、光は木漏れ日の隙間を揺らめいていた。前を向いて歩いている私たちの影も寄り添いついてきた。
音楽室には、すでに凪は到着して、自前のバイオリンの手入れをしていた。
「これから1時間だけ使えないから、早くやろう」
グランドピアノの前に座り、どうしても落ち着かない気分になる。
3歳からピアノを習い始めた。毎日長い時間ピアノを弾いていた。ピアノを弾いている時は母は近くに居た。
でも、褒めらたことなく、失敗しても怒られたこともない。無関心な母がいて、淡々と時間が流れた。母の関心を得たいため、幼いころから一心不乱にピアノを弾いていた。
泣きながら、みじめに愛を乞う人のように、母が亡くなってからは母の死を悼んでレクイエムを弾いていた。でも、それに答えてくれる人はもういない。
そう気づいてからはピアノは止めた。そして高校に入ってからは、全く触れていない。指が動くだろうかと考えてしまい、立ちつくしていた。そんな私に凪が心配な表情をして話しかける。
「どうした、大丈夫?」
慌てて椅子に腰かけ、鍵盤に触れ、数音を打鍵する。最初に音を聞いた思いは悲しさはなく、ただ懐かしかった。いつも小さい頃から私の思い出の中にはピアノがあったから。触れる前の不安は、鍵盤を打鍵して気持ちが落ちついた。
凪がバイオリンの調整が終わり、絃を引く。力強い音が無機質な部屋の中に響いた。私も簡単なエチュードを弾く。まだ、指が固い。そう思いながら、凪から楽譜を受け取った。
楽譜を確認して、凪と演奏曲を合わせる。弾き始めてから感じた、凪のバイオリンの腕は上級者といっても遜色がなく、素直にすごいと感嘆した。
そして、初めてと思えないほど合わせやすい。言葉にできない感情をなぞるように、絃をこするひたむきな響きが、凪の心情のように繊細で強い旋律を奏でていた。そっと寄り添うにように私もピアノを弾く。
ふっと、重なる音が、どこか遠い記憶を呼び起こされた。
そこには、壊れた心の欠片をひたむき集めている子どもがいた。
愛を乞い、裏切られて、でも、寂しさをずっと抱えている私たちがいる。
さびしい、寂しい、どうして一人なの。誰かいませんか。
開け放たれいる窓から5月の風が吹き込んできた。
爽やかなで温かみのある旋律が、私に流れ込んで、そして、ただ息を吞み込む。
その音に吸い寄せられて心が動揺する。そして、凪と共鳴する。
演奏が終了して、凪と視線が絡み合った。
横から感激して思いっきり拍手している琴葉への反応が遅れた。
「うわー 超うまいね。二人ともできすぎ君か!凪君も上手だね。見直した」
「雪華、コンクールに出場したと言ってね、どのぐらいだったの、君の演奏だと上位だと思うけど」
凪が問い詰めてきた。うっ、やばい、言いたくない。
私は、母の関心が欲しくて、コンクールに出場を決めた。明確な結果を残せば、きっと母の笑顔が向けてくれるのではないかと期待した。しかし、それは無駄だった。母の中心は父親だけだったから。
「、、、、、、金賞でした」
間をあけ小声で答えた。
「そんなに実力があれば、ここの音楽科に余裕で入れたと思うけど」
琴葉がキラキラして目で問いかける。
「いや、もうピアノは辞めたから、将来の夢の為にここに来たから」
気まずい空気が流れたので、私は話を変えた。
「この曲の演奏のイメージは、日の光を表現しよと思うの」
そして、続けて言う。
「冒頭は朝の光、サビは真昼の情熱な感じ、最後は夕暮れの茜色の感じで、どうかな? そしてサビの所をジャズ風にするのもいいかも」
「いいね。試してみよう」
何回か合奏して、休憩する。
「これって、主人公がピアノで好きな子がバイオリンを弾いているやつだよね」
「この曲って、天空の鏡で二人が一緒に演奏して、好きな女の子の幻が演奏が終わって消えていくシーンだよね。幻想的で物悲しかったよね」
以前に放映されたアニメで、才能あふれたピアニストの主人公があるトラウマで弾けなくなり、自由奔放なバイオリストの女の子と出会い成長する姿を描いた物語である。この曲は主人公がピアノコンクールで演奏している時に、女の子と一緒に演奏していると思って回想している。そこは、天空の鏡で空と水面の境界が消え、空と湖の青さが同じで、白い雲が漂って、青と白しかない場所で二人っきりで自由に演奏している。好きなシーンだったな。
「そうだ、あのね『スノードロップ』っ曲なんて弾ける?、アニメ繋がりで思い出してんだ。今度の夏のアニメフェスで、その主人公なりきるの」
そうだ、琴葉はコスプレイヤーだった。
「多分、弾けると思うけど、確認させて」
そう言って、スマホからこの曲を聴く。
また、ピアノに戻り、暗譜で弾く。弾きながら、歌詞を歌う。
~♪(サビ) かわらないもの 僕は探していたんだ
曲が弾き終わり、再度、琴葉が拍手喝采してくれた。
「なになに、ピアノだけでなく、歌までうまいなんて~ すごい感動した!」
目を見開き、琴葉は早口で私に語りかけてくれる。
「歌は、高音に透明感があってあんなに歌えるなんて。それに、耳コピで演奏できるんだね、ほんと、うちの雪華のスペックでどんだけ~~~」
叫ぶように称賛してくれた。本当に琴葉の言葉がうれしい。初めてピアノを頑張って良かったとじんわり胸が暖かくなる。
恥ずかしくなり、ハニカミながら「ありがとう」小声で琴葉に伝える。
そのあと、凪へ振り向くと目を赤く滲ませ無言で見つめてくる。そんな凪が不思議で、私は首を傾げた。
練習時間が終わる時間になったので、ピアノ室を離れた。
演奏中に生徒会メンバーが、近くを通ったのは、雪華は知らない。
数日後、次回のピアノ室の予約をしに行った凪が怒って教室に戻ってきてこう言った。
「ピアノ室はしばらく予約一杯で、文化祭まで使えないと言われた」
文中に出ている歌は、坂を全力で走る女子高校生の映画のサウンドです。オマージュしました
次回更新は旅行の為来週になります。




