第九話 12月15日 神様編その6 「なんで私が図書館に」
コンビニに加え、団地での襲撃まで許してしまった。後者については、私自身予想はしていたことだが、それも「神様」本体を誘き出すためのものだった。なのに、結局はなんの成果も得られずに、ダメージだけ負うことになった。
人間相手なら、逃げ切れる自信がこれまではあった。だが、昨日のような大人数を使った攻撃が今後も続くなら、どうなるか分からない。
朝。A市公立図書館。その自習スペースに、私はいた。本なんて微塵も好きではないが、こうなった以上、情報収集のため無理にでも読まなければいけない。
A市は△△団地のある場所である。神様がわざわざこの地にまで呼び出してきたということは、おそらくA市を中心に活動しているのだろう。怪異に何か知るには、それの巣食う土地の図書館をあたるのが妥当……だと思っている。本なんだから、多分すごいことが書いてあるに違いない。だって本なんだから。
茶色い木製の机に座り、それっぽい本をペラペラと捲る。『神聖の儀式』『△▢
やはり私に文章は向いていない。仕事の写生ですら苦痛以外のなんでもないのだから。よくよく考えれば、小説を最後に読んだのはいつだっだろう。少なくとも高校以降は読んでいないから、かれこれ10年以上触れていない。こんな読解力カスカス女に、高尚な本なんて読めるわけない。
と、これまでの私ならここで、読むのを断念していたことだろう。だが、今は命がかかっている。読書自体も死ぬほど苦痛だが、死ぬほど、と実際に死ぬのは話が違う。それに、今この瞬間に、攻撃があってもおかしくないのだ。
分厚い辞書を片手に、足りない頭を振り絞り、文字の羅列を一語一語読み解いていく。腰が浮き、勝手に椅子から逃げ出そうとするが、足を床に押し付けて、必死に踏みとどまる。
拷問を耐えるような心持ちで、持ってきた本に一通り目を通し終えたのは、図書館に来て実に5時間が経過した時だった。オーバーヒートしそうな頭を冷やすため、一度外に出よう。そう思い、席を立ち、出口まで移動する。
ザーザー降りの大雨だった。相乗効果で、空気も最高に冷えている。最高なのは冷たい空気だけ。スマホの天気予報を見ると、この雨は図書館の閉館時間を過ぎても降り続けるらしい。今日は折り畳み傘を持ってきていないのに。
ため息すら出なかった。ここ最近、嫌なことばかりが続く。私がそんなに悪いことをしただろうか。大学一留こそしたが、あれでも自分なりに勉強して頑張っていたつもりだ。サボったのは就活だけ。殺されるような目に遭うほど、悪いことはしていない。
「お困りですか」
突然、右隣から声がした。女性の声だった。どこかで聞いたような気がしたが、ぱっとは思い出せない。そもそも、私に話しかけているのだろうか。それとなく周りを見渡すが、私と隣の誰か以外にいない。じゃあ、私に話しかけているのだろう。
「傘を忘れちゃいまして」
「なるほど。最近不運が続きますね」
視線を、声の主に移す。黒いスーツの女性だった。塩顔に、ニキビがばらついている。背丈は、私くらいだろうか。
「あの、誰ですか」
「それは気にしなくて大丈夫です。私はただ、あずまさんに助言をしに来ただけですから」
私の名前を知っている。面識があっただろうか。それとも、ストーカー的なあれか、単に危ない人だろうか。
「今回の事件の黒幕は、神様、という怪異で間違いはありません。あずまさんが本で調べていた通り、この地域に根差した信仰に起源を持つものです」
「え」
こいつ、私が本と格闘しているの、盗み見ていたのか。キモ。ヤバいやつじゃん。
「ですが、『神聖の儀式』にあるような、土地神や精霊のような純粋なものが正体ではありません。神様は、高尚ぶっているだけの……ちょっと、何立ち去ろうとしているんですか」
「だって、あんたイカれ女じゃん。誰か警察!」
「その警察が、私です」
イカれ女が、黒い手帳を見せてきた。警察手帳というやつだろうか。
「そんなもん見せられたからって、信じられるか。だ偽物かもしれないんだし、というか本当に警察なら、こんな行為許されないでしょ」
「あずまさんをチラ見してたのは事実ですが、本の内容を知っているのは、元々読んでいたからに過ぎません」
このイカれ女、何か言えばいうほどに、言い訳にしか聞こえてこない。
「もういいから、あっち行って」
「最後まで聞いてください」
私を引き止めようとしてくるが、これ以上変な奴に構っていられない。私は図書館の中に引き返すことにした。
「なら、これだけでも覚えておいてください!」
後ろから、大声で何か言ってくる。図書館の人を呼ぼう。
「高尚ぶっているからこそ、祭りの場にだけは姿を現します! そして、自らを汚されれば、我を失って襲ってきます!」




