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2025年12月  作者: 鍋乃結衣
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第八話 2025年12月14日 神様編その5 「長くて怖くて痛くて何一ついいことのない、怪異まみれの土曜日」


 私は強くない。この前は偶然たまたま、刃物を持った少年に勝てただけだ。多少は鍛えているが、武装した人間や人外を倒せるレベルでは到底ない。

 

 なので今回の案件も、上田のように怪異をぶっ飛ばすやり方ではなく、マイルドでハッピーな私なりの方法で進めさせてもらう。具体的には、依頼者が「神様」と呼んでいた怪異と、山の中で鬼ごっこする。

 

 電車とバスと徒歩の計3時間をかけて、私はようやく、依頼者が指定した場所、◻︎◻︎団地に到着した。時刻は七時、日が昇り、空はすっかり明るくなった。

 

 事務所ほどではないが、ここも相当に不気味だ。◻︎◻︎団地は、多摩の奥、樹々に隠されて外部からは見えないほど、深い深い森の中にあった。白くて大きくて、少しだけ黒ずんだ棟がいくつも並び、近づくと壁にうっすらと亀裂が走っているのが分かる。お世辞にも綺麗とは言えない。

 

 ネットで調べたところ、ここはバブル期の勢いに乗って大量に建築された団地の一つらしい。当時は、森を抜けると多種多様な商店がわんさかあって、駅からは遠かったが、徒歩圏内で生活必需品の全てが揃うため、売りに出されてすぐに、全ての部屋が完売したとか。


 だが、バブルが弾けると、店が次々と潰れ出し、それに比例するように団地の居住者も減少していった。生活の基盤である商店がなくなったのだから、当然といえる。


 そして、今となってはもはや廃墟同然である。一応、数十名の住人がいるらしいが、もう部屋のほとんどが何十年と買い手のつかないままである。

 

 団地の入り口付近で、しばらく依頼者が現れるのを待ってみたが、何も起きなかったので、今度は団地の周りをぐるぐる回ることにした。

 

 見れば見るほど、廃墟としか思えない団地だった。管理人が手入れを怠っているのか、至る所が雑草まみれだし、駐輪場にはでこぼこに凹んだ、到底乗れそうにない自転車が放置されている。  

そして、何より人の気配が全くしない。生活感というものがない。いくら人の少ない団地とは言え、多少は話し声や生活音が聞こえてきてもおかしくないのだが、それが全くしない。


 本当に何も起きない。適当に座れそうな花壇をを見つけ、そのまま腰掛けた。ここに呼び出された以上、何か仕掛けてくるものと考えていたが、これでは拍子抜けだ。色々と準備してきたのに。

 

 欠伸が出かけて、咄嗟に噛み殺す。暇になると、途端に眠気が戻ってくる。こんなとこで寝るなんて自殺行為だが、耐えられないものは耐えられない。

 

 徐々に意識が朦朧としてくる。脳みそが溶けるような感覚がする。今、まさに眠りそうな、その時だった。

 

 たったったっ、と走るような音がした。ようやく、依頼者が来たのか、と目を擦り、顔を上げる。団地の入り口から、こちらに向かって、誰かが走ってくる。だが、その様子がなんだかおかしい。

 

 体がくねくねしている。いや、かくかくしている。いつかテレビで見た、人形劇の人形の動きがよぎる。特に頭。一歩進むごとに、ぶんぶん揺れている。

 

 怪異ではない。それは直感で分かった。ならば、なんだあれは。くねくねの人影はどんどん近づいてくる。その姿と重なったのは、あの刃物の少年だった。

 

 なるほど、依頼者が「神様」と呼ぶ怪異が何か、ぼんやりとだが全貌が掴めた。想像通りなら、鬼ごっこプランでは解決できないかもしれない。 

 

 くねくねの人影は、すぐそこまで来ていた。腰にタオルを巻いた、上裸のお爺さんだった。目を見開き、真顔で私をじっと見ている。武器の類は持っていない。

 

 お爺さんは走って来た勢いのまま、私に飛びかかって来た。私の首を掴もうと、手を伸ばしてくる。それを、私は両手で掴んだ。身を翻し背負い投げする。

 

 お爺さんは地面に背中をぶつけると、ピクピクと痙攣して動かなくなった。頭を打たないように調整したし、力も抜いたから、死んではない。

 

 どうやら「神様」は、自分の手を汚したくないようだ。わざわざ人間を操って、二度も襲わせているあたり、間違いない。

 

 となると、本体が出てくる可能性は低い。刃物の少年やこのお爺さんのような操り人形で、私が死ぬまで攻撃してくるつもりだろう。私は、この団地に来れば、本体が直接攻撃を仕掛けてくるものと考えていた。アテが外れた。


「どうしよ……」  

 

 途方に暮れるしかない。だが、それもすぐ、無数の足音に掻き消された。だだだだだ、と大勢が走ってくるのが聞こえる。お爺さんが走って来た方、団地の入り口から、何十人という集団が、私に向かって走ってきていた。

 

 人気がないと思ったら、森の中に隠れていたのか。流石に相手にできる数ではない。逃げないと。

 

 私は全力で、集団とは反対方向に駆け出した。この団地の入り口は、集団が入っていたところだけだ。入り口以外、団地は成人男性の倍はある高い塀に囲まれている。乗り越えるには、かなりの勢いがいる。この足を止めてはいけない。

 

 だが、塀が間近に迫ってきた時、予想外のことが起きた。目の前の塀の上から、どたどた音を立てて、人が落ちていく。しまった、回り込まれた。集団を入り口とここの二手に分散させていたのか。

 

 後ろの奴らも、すぐそこまで迫っている。他に、逃げられる場所はないか。周りを見渡し、棟が目に入る。


 下手したら死ぬが、やるしかない。


 私は近くの棟に駆け込み、階段を駆け上がった。ひたすら、がむしゃらに、上の階を目指す。後ろからは、同じく階段を駆け上がる激しい音が聞こえる。

 

 七階まで登ったあたりで、私は廊下に移動した。手すりから身を乗り出し、目下の樹の位置を把握する。一か八か。私は手すりから飛び降りた。

 

 このまま落ちたら、樹のクッションがあっても危ない。だが、少しずつ勢いを殺していければ、問題ないはずだ。


 そう、厳密には地面まで一直線に落下するわけではない。上の階の手すりから、下の階の手すりへ、飛び移っているだけ。

 

 冷たい風が頬を切る。誤って、前に飛ばないように集中する。下の手すりに、下の手すりに、下の手すりに……


 あと三階分。と、ここで足が滑る。体のバランスが崩れ、真っ逆さまに落下する。両腕で頭をガードする。大丈夫、樹が守ってくれる。


 直後、バキバキバキバキ、と枝の折れる音と、トゲトゲした激痛が全身に走った。強い衝撃と共に、地面にぶつかる。アホみたいに痛い。だけど、止まってはいけない。

 

 落ちてきたところを見上げると、あの集団がまだわらわらと群れている。今のうちだ。

 

 団地の出口に向かって、走る。なんの収穫もないまま、ダメージだけ負うことになった。土曜出勤してるのに、なんでこうなる。せめて手がかりくらい欲しかった。最悪だ。





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