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2025年12月  作者: 鍋乃結衣
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第六話 12月13日 神様編その3

「あの、私被害者なんですけど」


 しかめっ面の男性警察に、私は訴えた。昨日のコンビニでの出来事から一夜明けた。私は近隣の警察署で延々と取り調べを受けていた。今も、もう相当な時間取り調べ室にいるが、ここはなんだか空気が重い。微妙に狭いからだろうか。


「なんでこんなに長く拘束されなきゃいけないんですか」


 そう聞くと、しかめっ面の男性警察が答えた。


「殺されそうになったから、反撃しただけ、ね。……本当か?」


「だから何度もそう言ってるじゃないですか」


 私もいい加減うんざりしてきた。こんな調子でおんなじことを何回も何回も聞かれ続けるのだ。また男性警察が何か言い始めたが、もう聞く気にもなれなかった。



そもそも、昨晩何があったのか、振り返ってみる。コンビニの休憩スペースにいた私に、制服の少年がナイフを持って襲いかかってきた。なぜか自動ドアが開かず、私は店内で少年から逃げ回る羽目になったのだ。



 制服の少年がナイフを振り上げ、私のところに向かって走ってくる。さっきのは、まぐれで避けられただけだ。逃げなければ。

 

 私は身を翻し、自動ドアのもとまで走り出した。異変に気づいていないのか、丁度今入店してきた中年男性が、びっくりした顔でこちらを見ている。


「逃げて! 刃物持ってる!」


 そう叫ぶと、状況を理解したのか、中年男性はそそくさと去っていった。その後に続いて、私も自動ドアに飛び込んだ。ゴツっと鈍い音とともに頭に衝撃が走り、私は仰向けに転倒した。ドアが開かなかった。まさかと思い、自動ドアを叩くが、反応がない。


「クソ!」


 立ち上がり、走り出す。制服の少年はすぐ後ろだった。非常口などもあるのかもしれないが、それを探す余裕はない。この少年が疲れ果てるか、標的を変えるまで、店内をグルグル走り回るしかない。

視界の端を、菓子パン、スナック、日用品、おにぎり、ジュース、雑誌、と様々なものが過ぎ去っていく。ふと、レジカウンターが赤く染まっているのに気づく。まさか。いやだめだ、気に留めてはいけない。無心で走り続けないと、殺される。


 制服の少年は、いつまでも追いかけてくる。突然、私の後頭部に固いものがぶつかった。足元にコーヒー缶が転がる。続いて、ペットボトルやおにぎりが投げつけられる。


 これくらいなら、まだまだ全然走れる。だが、逃げ回るにつれ、投げつけられた商品が床を埋め始めた。これでは転んでしまう。次に転倒したら終わりだ。否が応でも慎重に進むしかない。私は足ツボマットの上を歩く時みたいに、可能な限り早足で商品と商品の間を駆けて行った。


 だが、すると当然、少年には追いつかれた。


「死ね!」


と絶叫が響く。私は咄嗟に身を屈めた。頭上スレスレな所を、ナイフが横切る。大きな動作をしたせいで、少年の腹部に隙ができる。そこ目掛けて、私は思い切り拳を叩き込んだ。


 グチャ、と肉の潰れるような音がした。少年の目が大きく見開かれる。一歩、二歩とよろめきながら、後ろに後退した、


 私も、少年と距離をとる。警察はまだこないのか。なんかこう、非常を知らせるボタンとかないのか。というか、私を見捨てて逃げた中年はどうした。警察呼べよ。


 少年の顔は、殴られたことによる怒りなのか、最高に引き攣っていた。もはや般若面のそれだ。少年の背後にはレジカウンターがある。その上に設置されたテレビモニターでは、よく知らないアニメのコマーシャルが流れている。店内bgm とアニメのコマーシャル。それだけが流れている。私と少年は、互いに一歩も動かず、睨み合っていた。


「神の正義をもって」


 アニメの音声が聞こえる。おそらく少年のキャラクターであろうが、にしても声が高すぎる。


「悪魔に死の裁きを」


 少年が肩を上下させながら、少しずつこちらに近づいてくる。自動ドアは開かなかった。裏口から出たいが、それは丁度少年の真後ろ、レジカウンターの中だ。私もジリジリと後退する。かかとに何か当たった。横目で見下ろすとおにぎりだった。後ろの床は、もう雑多な物で埋め尽くされていた。歩けるスペースなどない。


「俺以外は全て悪! 皆殺しだ!」 


「それが正義なものか、貴様の傲慢だ!」


「失礼な奴だな。お前から嬲り殺してやろう」


 ……聞き覚えがある、このセリフ。昨日電話で聞いた。「失礼な奴だな」と。テレビの方を見上げた。画面いっぱいに、目がありえないほど大きい、アニメにしてもあまりにも大きい、歪なキャラクターが写っている。男か女か性別の判別もつかない。


 視線を少年の方に戻すと、すぐそこまで近づいていた。痛みを堪えているのか、歯を食いしばっている。


 逃げられない以上、やれるだけ戦うしかない。拳を固める。


 少年がナイフを振り上げた。おそらく、まっすぐ振り下ろしてくるはずだ。それを避けて、顔面を殴る。私はナイフをじっと見つめた。

だが、振り上げられたきり、それが振り下ろされることはなかった。がちゃりと音を立てて、ナイフが床に落ちた。少年は血反吐を吐き、その場に崩れ落ちてしまった。



「あの少年、内臓がやられてたそうだ」


 しかめっ面の警察が言った。


「お前さんに殴られたせいで、内臓の一部がやられたとか」


 一命は取り留めたそうだがな。と付け加えられた。


「コンビニの監視カメラも、なぜかその時間だけ止まっていた。あずまさん、お前さん何をした?」


 私は自然とため息が出た。


「殴っただけですって」


「殴っただけって、鉄パイプでも使ったのか?」


「……拳ですよ。鍛えてましたから、昔」


「あのな、お前、蹴り入れて内臓破裂した例なら聞いたことあるけどよ、素人が拳で内臓破壊したなんて、まず聞かねえぞ」


「正当防衛です。何言いたいんですか」


 しかめっ面の警察が怒鳴った。


「お前が、今回の事件の真犯人なんじゃねえかって話だ!」


「はあ?」


 何がどうして私のせいになっているのか、まるで分からない。私が頭悪いせいだろうか。それとも、このおっさんイカれているのか。


 いっそのこと殴ってやろうか。と思った矢先、しかめっ面警察の後ろの、扉が開いた。


「あずまさん失礼いたしました」


 女性の声がした。扉の前に、黒いスーツを着た若い女性がいる。ニキビの多い塩顔。髪は短くまとめてる。


「なんだてめえ」


「いい加減にしてください。それでも警察ですか」


 すると、ぞろぞろと警察官が取調室に入ってきた。しかめっ面を掴むと、外へと引きずり出していった。


「なんだコラ、触んじゃねえよ畜生!」


 怒声が聞こえる。なんとなく、さっきの少年とその姿が重なった。よくよく見ていると、顔もなんとなく似ていた気もする。……身内だったとか? いやまさか、そんな偶然。でも、そうだとするとあの支離滅裂さにも説明がつく。……考えないようにしよう。


 完全に外に引きずり出された後、スーツの女性が一人、私の前に残った。 


「長いこと拘束してもらい、申し訳ありませんでした。取り調べは以上になります」


「……そうですか」


 色々言いたいことはあった。が、今はもう早く帰りたい。眠い。


「荷物はどこですか」


「外にご用意してます」


 私は席を立ち、さっさと出口に向かった。スーツの女性の隣を通り過ぎた時、何か言いたげな視線を感じたが、無視した。


 ただでさえ落ち込んでいたのに、さらに気分を害されることになった。こんな状態で、神様どうこう言ってた依頼者に合わないといけないのか。最悪だ。

 


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