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2025年12月  作者: 鍋乃結衣
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第五話 12月12日 神様編その2

書類でギッチギチの事務所の中、私は上田の前で正座させられていた。上田の手には、連絡帳がある。

何も言えずに俯いていると、頭上から声がした。


「頭悪いなお前」


「……」


「程度が低いのは知ってたが、これ程とはな」


「……」


 上田の声は、怒っているというより、心底あきれた、という感じだった。


「連絡帳がなかったから、とりあえず依頼を引き受けた。で、よくよく探したら、机の上に置きっぱなしだったと」


「……申し訳ございません」


「お前みたいなやつらは、メモに残せば大丈夫だと聞いていたが、考えが甘かったようだな」


 連絡帳が床に落とされた。12月11日の欄に「今年はもう神様案件を受けられない」とある。


「あずま、責任は取ってもらうぞ」


 上田がしゃがんだ。やらかしは今回が初めてではない。以前にも、人間のふりをした幽霊からの依頼を引き受けてしまい、事務所を怪異に襲撃されたことがある。今度という今度は許されない。私は解雇されるのだろう。それか、もしくは……いや、解雇されるだろう。


 母の姿が、脳裏をよぎった。直後、上田が言った。


「今回の一件は、お前ひとりで片付けろ」


「え」


「え、じゃねえ。どうにかしろ」


 予想外の一言だった。


「できなきゃ、死ね」

 


 夜。事務所を出て、少し考えると、上田の言っていたことは当然だった。私がやらかした以上、私がどうにかしなければいけない。今回の依頼主が言っていたのは、「移る」だ。どう考えても、変なものが来るに決まっている。


 それが起きる前に、事務所に来る前に、私一人ですべてをしょい込まなければいけない。私はスマホを取り出した。掛けて来た電話番号はメモしてある。これから私は、この一件を「私が一人で解決する」と依頼主に宣言する。諸々の厄介を、この一身に受け止める。


 スマホの電話アプリを立ち上げて、と、その前に少し休憩を挟みたい。事務所ではあの後もネチネチと上田に責められ続け、精神的にきている。

こういう時は、コンビニでアイスを買ってリフレッシュしなければ。


 便利なことに、私の住むアパートの前には休憩スペースつきのコンビニがある。嫌なことがあった日や、気合を入れたい日はこのスペースで、一つ500円のソフトクリームを購入するのが、私の中での恒例である。


 まさに、今がその時なわけだが。休憩スペースの一番端っこに座り、ソフトクリームを舐める。冬場に食べてこそ、罪悪感も合わさって至高だ。


 スマホで音楽でも流そうかと思ったが、充電が切れていた。モバイルバッテリーがあったはずなので、鞄に手を突っ込んで探してみるが、なかった。家を出る時に置いてきた気もしたが、事務所に置いてきたような気もした。


 ため息がでる。どうすれば、私の抜けてるところは治るのだろうか。しなくちゃいけないことをメモ書きするのは、もう試した。メモ書きすること自体を忘れて、意味がなかった。重要な予定がある日には、忘れないようにスマホに通知を入れたりもした。通知が来る時間にスマホを見ていなくて、これも意味がなかった。


 これまで、よく生きてこれたなと自分でも思う。上田に拾われてなければ、間違いなくのたれ死んでいた。その恩があるから、上田にボロクソに誹謗中傷されても、プラマイゼロになっている。


 私は小さい頃、どうやって生活していたのだろうか。あんまりいい思い出がないから、回想はしたくないが、周りの人たちにとんでもなく迷惑をかけてきた。……上田と同じで、プラマイゼロな気もするが。


 そんなふうにぼーっとしていると、突然、となりから絶叫が聞こえた。


「死ね!」


 声のした方に視線を移す。そこには、私と同じく休憩スペースに座る、学生服の少年がいた。私のほうを睨みつけている。だいぶがたいがいい。そこいらの成人男性なんか、平気で組み伏せられそうな身長と体格だ。そして、なぜか物凄い怒った顔をしている。


「死ね!」


 もう一度、私の目を見て、少年は言った。近づいてはいけない人だとわかった。

 なんで神様は、休憩することすら許してくれないのだろうか。これ以上ここにいると危険だ。私は席を立った。

 

 後ろでは、相変わらず少年が


「死ね!」


と叫んでいる。疲れているのは分かるが、頼むから当たり散らかさないで欲しい。帰ったらさっさと寝よう。電話するのは明日だ。


 直後、背後で「ヒュ」と音がした。気づいた時には、私は前に大きく跳躍していた。跳躍してから、この音が、小さい頃からよく聞かされた、刃物を振りかざす音だと思い出した。私の体が意識を置いて反応してくれた。


 振り返ると、案の定、さっきの少年がナイフを片手に、私を睨みつけていた。


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