第十五話 12月18日 神様編その12 「殴」
……神様はなぜ、私を狙ったのだろう。
……私が何か悪いことでもしたのだろうか。
……思い当たるとすればあの男だ。覇気のないヒョロリとした顔に金色の髪。私の雇い主、上田。脳裏にその姿が浮かび上がる。
意味不明な仕事内容に不気味な事務所。ワンミスで死に直結する環境。思い返せば妙な点なんていくらでもあった。その気になれば辞められただろうに。辞める理由だって充分あっただろうに。惰性で続けた報いが…………母を恐れ続けた結果が、この様か。
ひゅっと風を切り、私の身体は勢いよく樹に叩きつけられた。振り回されるタオルのように。ぼきっ、という音が鳴り、背中から全身へと衝撃が広がる。脳が揺さぶられ、視界が揺らぐ。
地面にずり落ちる。痛い。体の芯にひびが走った感覚。激痛で顔を上げることもできない。片足を掴まれ、私は再び宙へと、逆さまに持ち上げられる。
大きく歪な手に、黒く汚れた身体。ぼさぼさで長い髪。人間の形を模倣した化け物。神様の表情までは見えない。そもそも表情というのがあるのかも分からない。ただ、全身から怒りのオーラを放っている。
ぶおっ、と向かって振り下ろされる。顔面から地面に激突する。口の中でパキッと前歯の割れる音がした。血の味がしたいっぱいに広がる。
きょきょきょきょ
な、な、な、な、
山の怪異どもめ、私が痛ぶられるのを見て楽しんでやがる。クソが。
再び体を持ち上げられた。次叩きつけられたら、頭がかち割れる。間違いなく死ぬ。
身を捩り、足を掴む巨大な手に爪を立て、せめてもの抵抗を試みる。そんな私を神様は意にも介さない。びゅっ、と風を切り、私の体が振り下ろされる。
ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎぎぎ
がががが、が
な、な、な、なんていうかな
ど、ど、どんなかお、するかな
あのおんなは
おこるかな
か、かなしむかもな
だとしても
だ、だ、だとしてもだとしても
ゆるさないだろう
お前の母親は
両腕で頭を覆う。ごきっ、と骨に激痛が走る。折れた。少なからず頭も痛む。だが、死んではいない。死んでいない。
神様が足から手を離した。身を屈めて、私を覗き込む。死んだかどうか確かめるように。今しかない。
瞬間、足にありったけの力を込め、私は跳ね上がるように身体を起こした。関節のイカれた足を振り回し折れた両手を前へ前へと繰り出して、走り出す。
本来なら動ける体ではない。現に、普通音がしちゃいけない部位が「ゴポ」「バキ」「グリ」と鳴っている。これがあれか、火事場の馬鹿力というやつか。
「ああああああああああああああああああああああああああ」
私のものか神様のものか、もはや分からない絶叫がする。
白奈出山の出口は今近くに来ている。右手の方だ。すぐ後ろから枝と枯れ葉を踏み潰す足音がする。今度足を止めたら本当に終わりだ。次はない。
私の進む先の方から、闇に白い光が差し込んでいる。それに照らされて、これまで姿の見えなかった怪異ども、異形のそれが現れた。蛇と蚊の子孫のような奴、頭の四つある人間、巨大な目玉、白くてもふもふしている球体。
皆、一様に私を凝視している。じっと、ずっと……親しげなまなざしで。
白い光が視界いっぱいに溢れた。光の先には太陽がある。真っ赤な陽の光。
帰ってきた。
安堵感が胸に満ちるが、顔を振り気を引き締める。後ろへと視線を向ける。そこには、目と鼻の先に神様の顔があった。私の方へと手を伸ばしてくる。息を吸い、壊れた腕を振り上げる。そして、
「私の勝ちだ!」
思い切り殴り飛ばした。




