第十二話 12月17日神様編その9「神性汚染」
昔、お母さんに山に捨てられたことがある。そういう鬼畜なトレーニングだったのだろうが、一時的に捨てられたことに変わりはない。
山、というのは、私の実家である群馬の奥地に聳え立つ霊山、白奈出山である。変なものが出るとかそういう次元ではなく、常に変なものがいる、というまず人間の立ち入ってはいけないヤバい場所だ。私に課せられたノルマは、自力で麓まで帰ってくることだった。勘と体力だけが頼りの、このマジキチサバイバルは今でもトラウマとして深く記憶に刻まれている。なんで生きて帰ってこれたのか、今でも謎だ。実はお母さんがどこかで見守っていて、見えないように導いてくれていた、とかはありそうだが。
なんにせよ、私はこれから、その白奈出山に行かないといけない。この神様、手のでかい高尚ぶった気に食わない化け物を連れて。
天罰祭は騒然としていた。火を焚き、それを住職らが囲み、例の二重の意味を持つ歌を歌っていた所に、私が乱入したからだった。具体的には、近くの公園の男女共用トイレの便器から組んできた虫の浮いた水を、わざわざ水風船にして、神様に向かって投げつけたのだ。側から見れば、火に向かって投げつけたのたようにしか見えないだろう。水風船にしたのは、本当に何の非もない住職らに、この汚水がかからないようにしようという配慮からだった。
神様は、火の前にいた。空は既に暗くなり、明かりは唯一この火のみ。そのため、神様の姿は詳細には見えなかったが、その輪郭はシルエットとして見ることができた。異様にでかい手。異様に細い胴体。でかい頭と、ボサボサの髪。神様とは、とても言えないものが、そこにいた。
「あんた、何してんだ!」
体格のいい若めの住職の顔が、炎で赤く照らされている。そうでなくとも、怒りで顔が赤かったのだろうが。
「お願い、怒って……」
住職らが飛びかかってくるのを右へ左へと躱わし、神様を凝視する。汚水をぶつけられたら、人間でならカチンとくる。それか、発狂する。怪異に対しても有効であって欲しい。上位存在ぶっているだけの怪物のプライドを傷つけるくらいには、効果があって欲しい。
神様は、ゆらゆらと体を揺らしていた。声をあげるわけでも、私に私に憎悪を向けるわけでもなく、ゆらゆらしていた。興味があるようには、とても見えない動作だ。
無理か。私に襲いかかってくれるのが理想だったが、仕方がない。住職の方々、本当にごめんなさい。私は声を張り上げた。
「汚水をかけられたのに、無視かよ天罰神様。あんたの綺麗な綺麗な体が穢されたのに、無視ですかっつってんだよ。勘違い野郎」
一人ではない、住職らの大量の怒声が聞こえた。儀式を邪魔されたうえ、こんな暴言まで吐かれたのだから、当然の反応だ。
「お前頭悪いから、人間の正義を極端に解釈したんだよな。悪を裁く、悪を殺す、悪を許さない。自分にとっての悪を、片っ端から潰して、殺して、それで人間の味方した気分になって、神様になりたかったんだよな、化け物!」
半分くらいでまかせだった。もう半分は本で読んだことだ。私の足りない頭を雑巾みたいにぎゅーぎゅー絞って出した、煽りの言葉だった。これでダメなら、もう諦めるしかない。
「なんとか言ってみやがれ、怪物野郎!」
私の言葉に対する反応は、徐々に現れ始めた。揺れが止まり、じっと私を見つめる視線を感じる。
来るか。あと、もう一押しだ。
「この」
言い終わらないうちに、神様は競歩のような動きで、私に迫ってきた。私は、腕を掴んで組み伏せようと試みている、中年の住職を振り払い、一目散に逃げ出した。
此処からが鬼ごっこだ。体力と記憶力の勝負だ。




