天使様に関する言い伝え③ 『◆◆市の面白い、忘れてはならない歴史』より
『◆◆市の面白い、忘れてはならない歴史』—――第二十六条、祟り神様と天使様のその後
第二十五条に『神は祠に封印され、7年おきに贄が捧げられるようになった』などと説明したが、実はこの話には続きがある。
ある住人が祠を磨くために、また贄を捧げる時期が近く確認のために、祠を置いたはずの場所に行ったという。すると、そこには何もなかったのだ。しかし、お札や綱が残してあるわけでもなく、まるで『祠そのもの』が移動したようであった。住人は近くを探し回り、事情を知っているほかの住人にも祠の場所を知っているか尋ねてまわったが、とうとう祠は見つからなかった。
ここでいくつかの問題が発生する。祠はどこにいったのか、今どこにあるのか、そして『これから贄はどのように捧げるのか』だ。
人々は思い悩んだ。そして祠が見つかるまでは贄を捧げないという結論に至った。こうして本来贄を捧げていた冬の時期は過ぎていった。
……と思われていたが、違った。
ある日、住人の一人が市長に泣きついてきたという。夢で、神からのお告げをいただいた、と尋常ではない雰囲気で縋りついてきた。その住人が見た夢というものを次に述べる。
『前回から7年が経ったが、そちらからは贄が捧げられる様子がない。私はそれに憤慨している。とはいえ、祠を移動したこちらに全く非がないわけでもないため、今回だけは見逃す。ただちに贄を捧げよ。さもなければ、◆◆は悲惨な目に逢うだろう。贄に関しては、今まで通り儀式を行い、儀式を行った場所に贄を放置してその場所に贄だけが残るようにしろ。こちらからは定期的に催促を行う。また、贄は多すぎて悪いことはない。』
人々はお告げの通りにした。そのためか、その年◆◆に不幸が訪れることはなかった。祠は見つからないままだった。
やがてそれから、人々、その中でも子供は稀に夢で神からのお告げをもらった。その内容を次に述べる。
『本物の天使は死んだ。もう◆◆に生身で戻ってくることはないだろう。』
『見慣れない道や標識を通るな。そこには死の覚悟がある者、または贄のみしか通ってはいけない。異常は見てみぬふりをしろ。』
『祝福は絶望に宿る。みにくく、そしてうつくしいものに▲▲(文字化けにより読めない)』
また、異常を実際に体験した者もいたが、それは省略する。
儀式が行われていない一定の期間、つまり冬に怪奇現象が相次ぐようだ。命に関わる危険なものもあれば、恐怖を感じるだけで済むものもある。ひとついえるのは、◆◆は異常だということだ。
一部、よくわからないものに願いを叶えてもらった、という人がいる。ただし、それには代償がともなうと。覚悟があるものしか願ってはならない、そう彼らは我々に伝えた。
今となってはこの言い伝えを知っている人のほうがはるかに少なくなった。これが良いことなのか悪いことなのかは分からない。◆◆市にはまだ謎はたくさん残っている。だからといって解き明かすべきだとも思わない。大切なのは、今、この瞬間を安全に生きることだ。本当に必要なものを理解し、私たち自身が生きることが、もっとも重要だと考える。
(ここから画質が極端に悪くなる。おかしいのはこの部分だけ)
ごめんなさい。抽象的ですよね。ごめんなさい。でもこれしか言えないんです。
私はずっと◆◆について情報を集めていました。でもダメだったんです。
さがしてください。そして知ってください。知ってください。知ってください。しってしってしってしって
わたしはもうおそいのかもしれない。
第二十五条・第二十六条担当者 (田中敦司 1984~2023)
※『◆◆市の面白い、忘れてはならない歴史』、本資料は公式に確認された口述および未整理記録をまとめたものである。条によって作成者が違うのが特徴。




