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『雨とクリスマス』7/7

エピソード0ラスト!

リンネとカンの行く末は…

「――霧隠魔法カリゴ・レグナーレ!」


次の瞬間、薬楽やくらの足元から黒い霧が爆ぜるように広がり、一瞬で視界を覆い尽くした。

風で流れが変わり、全員が霧の中にのまれた。護衛も含めて惑わされる。


「くそ!やっとお出ましか!」


カンは、ほとんど視界を奪われた濃霧の中で、遠ざかる足音を聞き取った。

――(間違いない、薬楽やくらだ!)

そう確信すると同時に、低く詠唱を始める。


移動魔法スキプラ――そっちにいろよ!」


すると、瞬時にカンの身体が霧を裂くように転移し、視界が再び開ける。

すぐ先、運良く曲がり角を駆け抜けようとする薬楽やくらの背中を捉えた。


「リンネ!俺は薬楽やくらを追う!そいつら任せていいか?」


「はい!任せてください!カンさん頑張って!」


霧の中でも、カンの声ははっきりとリンネに届いた。お互いを名前で呼び合ったのは、これが初めてだった。顔は見えなくても、二人ともどこか照れくさそうに口角を上げていた。


「待ちやがれぇーッ」

張り切るカンは、地を蹴り、勢いよく薬楽やくらの背を追う。


霧が晴れ始め、視界が徐々に開けた。一方その頃、リンネの前では護衛たちが動きを整えていた。互いに背中を預け、四方八方に銃口を向ける。その姿勢に、隙はない。人数は四人。

リンネは物陰からその熱気と気迫を肌で感じ取った。

やがて、ひとりの護衛がリンネの方へ銃を向けながら、静かに口を開いた――。


「知ってるか? 本来、日本の民間護衛は銃なんて扱えないんだ。法律で禁じられてる。

 じゃあ、なんで俺たちが持ってると思う?」


護衛の声は低く、雨音に溶けるように続いた。


「答えは単純だ。俺たちは裏で動くための部隊だ。国が、密かに手を回して許可を出してる。

 だからもしお前を――ここで誰かを消しても、表向きには何もなかったことにされる。逆に俺たちが死んでも、同じ扱いだ。存在ごと消される。つらいだろ?」


言葉の端に、疲労と諦念がにじむ。仲間たちの手が、銃柄にぎゅっと戻る。


「…だから俺たちは死人だ。死ぬのは怖くない。覚悟を持って、この仕事を受けてる。

これが“正義”だ。俺たちは、お前ら悪から人々を守るために命を賭けてるんだよ。」


雨に濡れた夜の空間に、その言葉だけが冷たく残った。


少しの沈黙ののち、リンネは物陰からゆっくりと姿を現した。雨音が、銃口を向ける護衛たちの鼓動をかき消す。

目の前に立つ小さな少女――それなのに、誰一人、引き金を引けなかった。何かを感じ取ったのか。それとも――ただの迷いか。


リンネはその静寂を切り裂くように、穏やかだが芯のある声で問いかけた。


「命賭ける価値ありますか?薬楽やくらさんが何をしているか知ってて守ってるんですか?」


その声は幼くも、まっすぐだった。

雨に濡れた護衛たちの誰かが、小さくつぶやく。


「……知らん。」


その一言に、空気が沈む。

表情を伏せる者。唇を噛む者。

迷いは、確かにそこにあった。


リンネは淡々と、しかしどこか哀れむように言葉を続けた。


「ここで麻薬、大麻を作って、密売してるんです。運搬も全部――あなたたちが守ってるその人の指示で。ニュース見ます?それが今、魔法界にも広がって大変な事になってます。死者も出てます。…まぁ、私は正直どうも感じてないですけど」


一度、静かに息を吐く。

そして、少しだけ口元を緩めて言った。


「でも…この依頼が来た時、思ったんですよ。

――“よかったね”って。」


その瞬間、護衛たちの指先が震えた。

誰も引き金を引けない。

罪悪感か、恐怖か。

自分でも分からない感情に支配され、ただ、銃口がゆっくりと下がっていった


「なんか…どっちが正義かわからなくなりましたね。」


リンネの言葉は、幼さゆえの無知なのか。

けれど――それは《《考える》》という行為の始まりでもあった。


「じ、自分の行動に、自信が持てません…」


「意味あんのかな、あんな奴守って…」


ぽつりぽつりと漏れ出す言葉は、疲労と嫌気が混ざり合い、ため息に溶けていく。

戦意はとうに失われかけていた。

そんな中、先ほどリンネに声をかけた護衛の一人が、静かに口を開く。


「行動に意味があるのかなんて、とっくの昔に考え尽きた。…答え、教えてやろうか?」


そういうと、この空気を断ち切るように、

――乾いた銃声。

リンネの防御魔法プロテクスが瞬時に発動し、弾丸を弾き飛ばした。その一瞬で、リンネは理解する。男の撃った理由を。


――“そんなもの、自分で決めろ。”


投げやりな言葉。しかしそれが、かえって周りの意志を強く保った。再び銃口が彼女を狙う。

その瞳には、もはや迷いはなかった――“覚悟”だけが宿っていた。


「《《護衛と殺し屋》》は同じ世界にいても、分かち合い、混じり合うことはない。覚えておきな…」


「…そうみたいですね。」


静寂。

互いの答えは出た。

もう、言葉を交わす理由はなかった。


ここから先は、生きるか死ぬか――ただそれだけの真剣勝負だった。


雨脚が次第に弱まっていく。

時刻は23時59分。

爆炎の光が雨の中微かに残り、濡れた地面を鈍く照らし、あたりには雨音だけが響いている。


――そして、それは静かに始まった。


先程までの護衛たちとは違い、彼らは魔法の放たれる瞬間を読み、身をひるがえして避け始めていた。

銃声が飛び交い、弾丸がリンネのほほかすめる。

弾を撃ち尽くした者は、ナイフを抜き放ち、近接戦闘へと切り替える。放たれた魔法は避けた先のアスファルトに叩きつけられ、

――火花が、夜の闇に咲く花のように散った。

そのはかない光は、戦場には似つかわしくないほど――美しかった。


その熾烈しれつで美しい戦いは、時間にしてわずか十秒ほどの出来事だった。だが――リンネにとって、それは決して忘れられない。彼女の人生で初めての、《《クリスマスプレゼント》》になった。


そして、ついにその時が来る。

数で押していた護衛たちも、すでに体力の限界だった。傷だらけの身体で、それでも彼らは立ち止まらず、ただリンネを見据えていた。

両者、息を切らしながらも笑みを浮かべていた。


――次が最後、


弾丸を撃ち尽くした護衛たちは、それでも諦めなかった。呼吸を整え、残された力を振り絞ってリンネへと駆ける。四人の特攻とも言えるその姿に、リンネの心はわずかに揺れた。強く握り構えていた魔杖つえを優しく握り直し、

そして…優しく祈るように詠唱した。


「――光線魔法サンクタ・ルクス


柔らかな光が目の前に生まれ、あたりを包み込む。四人は、いつのまにかその場に倒れていた。

痛みも、恐怖もない。

ただ、温かな光に抱かれながら――静かに意識が遠のいていった。雨が再び激しく降り始め、地面にこぼれる血が雨水に流されていく。


「はぁ、はぁ…きつい……」


体は傷だらけで、足もふらつく。リンネは治癒魔法で自分の傷を癒すこともできたが、後々のことを考え、魔力を温存することにした。


「早く、カンさん見つけないと……」


戦いの爪痕が残る現場を後にして、カンが向かったと思われる方向へ歩き出した。

冷たい雨粒が肌を打ち、傷口を容赦なく刺激する。痛みをこらえ、微かに残っている魔力を頼りに一歩ずつ進むと、やがて先ほどまでいた管理棟にたどり着いた。


「ここの…裏かな……」


雨音だけが響き、周囲には人の気配はない。リンネは慎重に管理棟の裏を回り込み、突き当たりの角までたどり着いた。背中を壁に押し付け、息をひそめてそっと覗き込む。


最初は薄暗く、よく見えず、ただの影にしか思えなかった。そこには確かに、うつ伏せで倒れている人物と、それにまたがるように立つ一人の姿があった。


(カンさんかな……?倒れているのはターゲットか、それとも魔法使い……?どちらにしても、もう一人足りない……)


確信は持てない。だが、少しずつ暗さに目が慣れ、視界を凝らすにつれて――重く、容赦のない現実が、リンネの胸にずしりと押し寄せた。


立っている男は、カンよりも背が低く、首にはマフラーを巻いている。横顔には仮面があり、表情はまったく読み取れない――その存在感は異様に目立っていた。…間違いなく仮面の少年だ。


そして、倒れている者――ゆっくりと輪郭が浮かび上がるにつれ、リンネは息を飲んだ。



その瞬間、世界の音が――消えた。

雨のざわめきも、風のうなりも、すべてが遠のく。時間だけが止まったかのように、彼女の視界はひとつの光景を捉え続ける。

そこに倒れていたのは、雨に濡れ、泥と血にまみれた姿の――カンだった。


生きているとは思えないほど静かに横たわり、その光景だけでリンネの胸に突き刺さるような絶望が広がった。世界は暗く沈み、耳に響くのは自分の鼓動だけ。気づけば体が前へと出ていた。


恐る恐る目線を上げると、仮面をつけた少年が――こちらを見つめていた。


依頼者クライアントはとっくに工場を出ている。君たちが管理棟で馬鹿騒ぎしているうちに」


その声が耳に届いた瞬間、消えていた世界の音が、途端に戻ってきた。雨のざわめきも、風のうなりも、すべてが鮮明に響き渡る。


「さっきは驚いた。お互いに変身して入れ替わっていたとは気付かなかった。俺もまだ修行が足りないな……君たちもだが。」


先ほどの薬楽やくら――あれは、この仮面の少年が化けていたものだった。声は冷たく、微かに嘲るように響く。


だが、仮面の下の顔を想像するより先に、抑えきれぬ思考が胸の奥から湧き上がる。――どうやってこの少年を、《《殺してやろうか》》。


自分でも驚くほど冷徹な殺意が、無意識のうちに形をとっていく。指先がぎゅっと硬直し、血の匂いがさらに鋭くなる。考えが刃のように研がれ、理性の縁が薄く削られていく感覚。


――そのとき、どこからか掠れた声が聞こえた。かすれて、頼りない声。確かに、カンの声だった。


「…た、頼む、逃げてくれ…」


声は震え、言葉は途切れた。叫びにも祈りにも似たその一言が、リンネをふっと正気に引き戻した。


「カンさん…生きて…」


震える声で呼びかける。反射的にカンを確かめるが、彼は微動だにしない。時間の流れがゆがむ。さっき聞こえた声は確かにカンのものだったのか——それとも、幻覚だったのか。


答えを求める空白だけが、冷たい雨音の中に広がっていく。返事はなく、静けさだけが深まっていった。その中で、仮面の少年が口を開いた。


「君一人なら――逃げられる」


実際、それは事実だった。一人なら…。


だがリンネの足は、動かなかった。

変わりつつある“何か”が、彼女をその場に縛りつけていた。


頭の中で、カンの言葉が何度も反響する。

――“頼む、逃げてくれ”


その声だけが、唯一、次の行動へと踏み出すための一歩になっていたはずだった。


「相棒は足手まとい」――以前の自分なら、そう切り捨てていた。そして今、状況だけを見れば確かにそうだった。


けれど、それはもう《《邪魔な存在》》という意味だからではなかった。

リンネの中で、価値観は確かに変わっていた。


そう――カンは、もう《《大事な相棒》》だった。だからこそ、彼を置いていくなんてありえない。けれど――彼の願いは違った。その願いを理解し、どこかで納得してしまっている自分もいた。


リンネの心は、まだ未熟だった。

流されるままに生き、選択のたびに迷ってばかり。そんな中、あの時の護衛が言った言葉が、脳裏をかすめる。


――“そんなもの、自分で決めろ。”


決めろ。

後悔も、願いも、誰のためでもない。

全ては自分の選択であり、結果だ。

決めつけろ。


全ては決断。今の状況で、自分がすることに満足するのも、後悔させるのも、自分自身。


リンネは決めた。自分がしたいことを…その先に満足も後悔も――存在しないのだから。









――そこからは記憶がない。何をしたのか、何があったのか、目を覚ましたその先に広がる景色は、雲の隙間から見える星空だった。周りは、荒れて、少し焦げ臭かった。

多分…そういうことだと思う。


「最初に感じたのは……寒さと、痛みだったなぁ。」


「おぉ〜!センパイは十歳で?ヒットマンだったんですね!」

隣でカタコトの日本語で返す謎の女性が、興味津々に身を乗り出す。


「……うん。そこ? 今の話聞いてて……」


「No, No!聴いてましたんですよ〜。で、その後? カンさん?はどうなったんですか?」


「……わかんないなぁ。気づいたら、二人とも――消えてた。」


「それはなんか、ワクワク? しますね!」


「うん。多分だけど、フワフワかなー?」


「ya!それですそれ!リンネセンパイはさすがですー!」


「ふっ…ヘレナは面白いねぇー。」

棒読みの返事。それは間違いなく、平和な時間を過ごしている証拠だった。


――ピロン!


上着のポケットが震え、リンネはスマホを取り出した。隣にいたヘレナも身を寄せ、画面を覗き込む。差出人は「サカクラ」――その名前を見た瞬間、空気が変わった。


一行の文字が、ついさっきまでの平和な時間を一瞬で塗り替える。



――――――――――――――――――――――

件名:招集

差出人:サカクラ

日時:2020/08/25 16:50

場所:現実界(指定場所は当日別途連絡)

参加:君たち含め計10名

ターゲット: 七人の魔法使い(仮面の集団)

備考:内容は集合時に説明

――――――――――――――――――――――


「君たち?私もですかね?変なメールですね。大丈夫なのですかね?」

ヘレナは不安そうにリンネの顔を見上げた。


リンネはしばらく画面を無言で見つめていた。

やがて小さく息を吐き、低く呟いた。


「……分からない。でも――《《仮面》》、か。」


その口元が、ゆっくりと吊り上がる。


――あれから十五年。

リンネは殺し屋を続けていた。ある目的の為に…

見ていただきありがとうございます!

これでエピソード0 リンネの過去編が終わりました。

次からがあらすじにある通り、物語が始まります!

お楽しみに。

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