『連携』6/7
二人の連携が冴え渡る!
ついに車が動き出した。
それと同時に、二人の体も反射的に動いた。
護衛の一人がいち早く異変に気づき、銃を構える。だがリンネはすでに杖を構え、冷静に詠唱していた。
「――衝撃魔法!」
空気が一瞬だけ震えたかと思うと、轟音とともに衝撃波が走る。
護衛たちは悲鳴を上げる間もなく、数メートル先へと吹き飛ばされた。
その瞬間を逃さず、カンは地を蹴る。
逃げる車がアクセルを踏み込み、遠ざかっていく。
「……逃がさないぜぇ。」
カンは低く呟き、左手を胸に当てる。
「――強化魔法!」
リンネが先程使ったものよりも、身体の限界をギリギリまで強化した。その力は足元の水たまりが弾け、次の瞬間、カンの姿がまるで残像のように車へと迫っていった。
リンネはその後ろ姿を静かに見送った後、散らばった護衛の方を見た。
吹き飛ばされた護衛達が次々と立ち上がっていた。警備員だけがその場に倒れたままだ。残りは六人——だが、その目には「ここで死んでも食い止める」という覚悟が宿っていた。
しかし、それはリンネも同じだった。
雨脚が次第に強まる。冷えた雨が頬を打ち、魔杖を握る手がかじかむ。白い息が漏れた。
互いに思考を整えるには、ほんの一瞬の静寂が必要だった。だがその沈黙とは裏腹に、体の奥では熱が渦を巻く。
拳銃を構えた護衛たちの親指が、そっと解除レバーの溝をなぞる。──『カチッ』。
その小さな音は、緊張の中で雨に溶け、静かに消えた。
リンネは、そのわずかな変化に呼応するように、体内の魔力のリズムを変えた。
血流を操り、冷え切った体を内側から温めていく。魔杖を構えると、護衛たちは即座にリンネの周囲を取り囲んだ。
そのうちの一人が、ため息を混ぜて口を開く。
「なぁ……本当は、お前みたいな小さい子に銃なんて向けたくないんだよ。
頼むから――降参してくれないか?」
雨の音が一瞬だけ強くなる。
リンネは目を逸らさず、首を横に振った。
「……すみません。無理です。」
「そうか。――じゃあ、大人げないが……」
その男が言い終えるより早く、リンネの視線が動いた。護衛たちの背後、物陰に潜む“気配”がひとつ、ふたつ……。
さっきまで感じなかった重みが、空気を揺らす。
――来る。
次の瞬間、周囲の影から銃口が一斉に顔を出した。数にして六人ほど。
さらに別の方向から、五人の護衛が姿を現す。
(十四……いや、十七。ってところかな。)
リンネは一瞬で正確に人数を数え、次の手を計算していた。
「やっぱり、あの魔法使いの小僧の言うこと信じて正解だったな。楽な仕事だぜ。」
増援の一人が、鼻で笑いながらそう呟く。
すると、物陰から黒い傘を差した男がゆっくりと姿を現した。その傘の影に隠れた顔は見えない。
だが、声だけはやけに落ち着いていた。
「――元々、君らを分断するのが目的だ。
一人が追っていった車はもちろんダミー。車内の連中も偽物さ。まんまと引っかかったね。」
その言葉に、リンネはほんの一瞬、表情を止めた。傘を上げたその男は、間違いなく見覚えのある顔。そう、――薬楽本人だった。
次の瞬間――小さく、口元が緩む。
「……何がおかしいのかな?」と、薬楽が眉をひそめる。
リンネは雨粒を払いながら、ゆっくりと魔杖を口元に持ってゆく。
そして、淡々と――だが確信を帯びた声で告げる。
「余裕を見せたら、負けだよ。――ガキども」
その声は、明らかに幼い少女のものではなかった。低く、深く、まるで歳月を重ねた男の声――。だが、その異変に気づく者はいない。
雨音が、すべてを覆い隠していた。
次の瞬間、物陰から向けられていた銃口が――
一斉に、地面へと落ちた。
金属音が雨に溶ける。
視線が散る。呼吸が乱れる。
その一瞬の隙を、リンネは逃さなかった。
防御魔法。すかさず全身に魔法を張った。
「爆発魔法!!」
どこからともなく響く声――。
それが、護衛たちの耳を貫いた瞬間、空気が震えた。すると、周囲を取り囲んでいた護衛の一人が、唐突に叫んだ。
「伏せろーーーッ!!!」
しかしその叫びに体が反応する間もなかった。
薬楽の手から黒い傘が風に煽られ――宙を舞う。
と、次の瞬間――
……ズンッドゴォォォォッ!!
地を裂くような衝撃が走る。
鼓膜が悲鳴を上げ、空気が焦げる。
熱風が肌を削ぎ、雨が蒸気に変わって弾け飛んだ。
運よく爆心地を免れた者たちは、ゆっくりと目を開く。視界は白煙に覆われ、耳鳴りだけが残る。
近くにいた護衛たちは――吹き飛ばされ、血にまみれて倒れていた。
「おい! 大丈夫か!?」
叫びながら駆け寄る。
息はある。だが、立ち上がる者はいない。
雨が再び降りしきり、焦げた匂いが漂う。
薬楽は呆然と爆発の中心を見つめた。
そこには――ただ、一つの影だけが立っていた。
爆炎の揺らめきの中、ゆっくりとその姿が形を取る。細い腕、華奢な輪郭――否。
それは、少女の影ではなかった。
煙の奥から現れたのは、無精ひげを生やした男。
鋭い眼光を放ち、肩をわずかに濡らしながら立っている。
「こっちにもな――頭のキレる小娘がいんだよ。」
その声を聞いた瞬間、薬楽の表情が強張った。信じられない、という色が浮かぶ。
――そこに立っていたのは、
車を追って行ったはずのカンだった。
雨に濡れる薬楽を数名の護衛がその周囲を囲むように陣形を取る。しかし、薬楽はその手を軽く上げて制した。
彼は、濡れたコートをはためかせながら、まっすぐカンの方へ歩み寄る。
「……それは、いわゆる“他人に化ける”魔法かね?」雨音の中に溶けるような声だった。
「変身魔法ってやつだ。定番中の定番。幻覚魔法よりはバレやすいが――誰でも簡単に使えて、手っ取り早い。特に、現実界の連中にはよく効くんだ。」
「なるほど……我々は、まんまと一杯食わされたというわけか。」
余裕から一転――不利な状況に追い込まれたはずの薬楽。だが、その表情には一片の焦りも見られなかった。彼は、さきほど銃口が向けられていた物陰に視線を向ける。
「――嬢ちゃん、だろ。そこにいるのは!」
雨音を切り裂くような声。
しかし返答はない。
「……いい選択だ。」
薬楽は低く呟くと、再びカンへと視線を戻した。
カンはそんな彼に、ゆっくりと魔杖を構える。
「薬楽大輔――依頼遂行のため、その命、貰い受ける。」
冷たい声。
それを合図に、護衛たちは一斉に銃を構えた。
引き金に指がかかる――しかし。
「ま、待て……背後に……!」
誰かが震える声で言った。
その瞬間、薬楽の背後の物陰から、もう一本の魔杖が姿を現す。リンネだ。
護衛たちの顔が一斉に青ざめ、頭は冷えきった体と一緒に、すでに凍りついていた。
カンとリンネの杖先から淡い光が漏れ、二人が同時に詠唱を始める。
勢いよく魔法が放たれる!――はずだった。
だが、それよりも早く、この絶体絶命の状況を打破する一手が放たれた。
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