『三度目の正直』5/7
人見知りの記憶に残る言葉とは…
――2005年8月25日(木)
昼下がり、竹林公園の古びたベンチに、二人の姿があった。竹の葉を透かした木漏れ日が、涼やかに揺れながら二人を照らしている。
まだ互いのことをほとんど知らなかった頃。
任務のために仕方なく組まされた、ぎこちないコンビ。顔を合わせるのは、これで二度目だった。
二人の間に流れるのは、言葉よりも重たい沈黙。
風が笹を揺らす音だけが、かすかに会話の代わりをしていた。
少女はその日のやり取りをほとんど覚えていない。けれど、彼がふと口にした言葉だけは――
なぜか今も、胸の奥に残り続けていた。
「ここの世界には“ことわざ”ってのがある。知ってるか? 君は」
カンは目線を合わせない少女に、穏やかに問いかけた。
「あ、えっ、あ、えっと……」
人見知りで言葉が上手く出ない少女は、
小さく頷くことでその場を乗り切った。
「俺はな、その中でも“三度目の正直”ってのが好きなんだ。意味わかるか?」
少女は食い気味に頷いた。
カンは小さく笑い、話を続ける。
「でもよ、俺たち殺し屋に“三度目の正直”なんて通用しないよな。一度のミスで終わりだ。」
口元には、少し誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「──けどな、俺はこの言葉が好きだ。だから自分なりの意味を考えた。」
少し間を置き、
指を一本ずつ立てながら言葉を区切る。
「一度目は観察。
二度目で立案。
三度目に、決行する。」
その目に宿る光は、鋭く静かだった。
「これが、俺たち殺し屋の“三度目の正直”だ。」
カンはそう言って、少女の瞳を見た。
「いいか?――君も、自分なりの意味を探せ。」
決して、頭のいい考えではなかった。
当たり前のことを言っているだけ。
当時の少女も、そう感じていた。
だが今になって、その言葉が脳裏に張り付いて離れない。それは、失敗したからでも、後悔しているからでもない。
(自分なりの意味、三度目の正直…)
足音に近づいた二人は、気配を消し、物陰に身を潜める。そしてついに正門近くで車を発見した。息を整えながら、今の状況を観察する。
「車を取り囲むように警備員二人と護衛六人…車内に、運転手と、そして薬楽が一人…だな。」
視線を交わした瞬間、
二人の間に同じ違和感が走った。
「仮面の少年がいない…」魔法使いが合流していなかった。
今までのことを踏まえ、闇雲に攻めると返り討ちに会う。そう確信していた二人は冷静に作戦を練る。しかしあまり時間はない。
今にも車が発進しようと、エンジンが唸りを上げる。
「警備員を含め、護衛と車を分断する。人気の多い場所に車が出たらアウトだ。必ず工場前付近で仕留めきる。――これでいいか?」
先ほどまでの頼りなかったカンとは、まるで別人のようだった。
「はい。仮面の魔法使いは必ず薬楽の近くにいるはずです。」
「数を選ぶか、魔法使いを選ぶか……か。」
カンの表情がわずかに陰る。
やはり、魔法使い同士の戦闘には気が引けるのだろう。
少女はカンの気持ちを察し、魔法使いの相手を引き受けようとしたその時、カンは、夜空を見上げた。
水混じりの雪はいつの間にか本降りの雨に変わっていた。まつ毛にあたった雨粒が、ゆっくりと頬を伝って落ちる。
それが涙なのか雨なのか、少女には区別がつかなかった。
カンは目を細め、再びターゲットを見据える。
「薬楽と魔法使いは……俺が殺る。」
その横顔には、揺るがぬ覚悟が刻まれていた。
少女は小さく息を吐き、肩を張り直す。
「今度は、私が足止めします。手柄はカンさんにあげます──さっきの、私の謝りです。」
言葉は震えず、しかし確かに謝意を含んでいた。
カンは短く息を漏らし、少女の覚悟を受け止めた。止めることはできなかった。
あの決意を踏みにじることは、彼にはもうできなかったのだ。
すると、少女は小さく息を吸い、ぽつりと口を開いた。
「“三度目の正直”の話……覚えてますか?」
「え? あぁ、まあな。」
カンは少し驚いた。まさか少女がその話を覚えているとは思わなかった。
それよりも、その言葉を今ここで出してきたことに、どこか胸を打たれた。
「自分なりの“三度目の正直”……考えてみました。」
少女の瞳はまっすぐにカンを捉えていた。
ようやく心を開いてくれた――カンはそう感じた。
だが、少女はすぐに視線をそらし、小さく笑った。「……やっぱり、これが終わってから話します。」
カンは苦笑した。
その遠慮がちなところも、少女らしい。
そして、この流れで、ずっと胸の奥に引っかかっていたことを口にする。
「そういえば、名前。まだ聞いてなかったな。最初、教えてくれなかったろ。」
「あ、そ、そうでした……。人見知り、出ちゃってて。すみません。」
少女は照れたように頬を染めた。
その瞬間、車のヘッドライトが鋭く光る。
工場の正面ゲートに停まっていた車が、ゆっくりと動き出す。
二人は同時に魔杖を握り直し、臨戦態勢に入った。
張りつめた空気の中、少女が短く告げる。
「――私の名前は、リンネです。」
カンはその名を心の中で繰り返し、わずかに口元を緩めた。
見ていただきありがとうございます!




