第4話『お師匠様と少女』
「うん、今日は学園に行こうか。ミネルヴァ」
ミネルヴァがローグの屋敷で住み始めてから一週間経ったある日の朝食時、ローグは少女にそう言った。
「…ふぇい?」
その言葉がうまく聞き取れなかったのかその薄水色の長髪の少女はローグが座っている席の方を振り向きパンを含んだそのキョトンとした顔で聞き返す。
「パンを食べ終えてからがマナーだが…まぁいい。ミネルヴァ、今日は学校に行くぞ」
ローグはでこに手を当てながら少女のマナーを注意しつつも、もう一度その言葉を少女に言う。
彼はミネルヴァ自身まだ一週間前にマナーを学び始めたばかりなので仕方ないとは思っている。
が、学園の規則やマナーはしっかりしてもらわなければ…とも思っている。
その理由は凄く単純で、貴族社会で当たり前とされていることができなければ少女が虐められると分かっているからだ。
田舎者、平民出身の…と。
しかも少女は『始まりの魔術師』に続いての無詠唱使いにして神聖魔法の使い手。
おそらくは全属性魔法も…とローグがミネルヴァを見ながら考えていると少女は「ふぇぇ…」と白目を向き頭から煙を出して椅子から落ちた。
⬛︎
「お師匠様…ごめんなさい」
学園へ向かっている車の中で少女は金色の整った髪にスラッとした顔立ちの青年、少女の師匠であるローグに下を見ながらそのか細い声で謝っていた。
「いや、あれは事前に教えてなかった僕の責任だ。ミネルヴァが気にすることはないよ」
お師匠様と呼ばれた青年、ローグは薄水色の長髪の少女にそう答える。
「で!でも…私っ」
ミネルヴァと呼ばれた少女はその細い身体をローグの方向へ捻り精一杯の声を出す。
「じゃあ、その隠してる片目を見せてくれたら許してあげる」
ローグはこのままだと少女が罪悪感を胸の内に秘めたままになるのを懸念したのか、ずっと気になっていたミネルヴァの片目を見せるという条件で許すと答える。
「あ、でも…こ、れは…」
少女はローグのその言葉に戸惑いと怯えの表情を顔に出してそう言う。
「大丈夫。僕は何も馬鹿にしないよ」
彼は少女が出会った時からずっと隠してる理由が気になっていたのか、好奇心からなのか本人にも分からないが見てみたかったのだ。
「…じゃあ」
少女は少しビクビクしながらもその左側の目を隠していた髪を左手でおでこまであげる。
その髪のあった場所、左目は右目の青く澄んだ水色の目とは違い純白で透明な白い目だった。
「オッドアイ…か。すまない。出過ぎた真似をした」
ローグは申し訳無さそうに少女に謝る。
オッドアイはこの国では歪で不快なものの象徴として知られている。
当然というかミネルヴァはそのことを知らない。
だが、昔からこの目で虐められていたことで何となくは察していた。
だがそんな少女がローグに見せた理由は好きな作家である彼に隠し事をしたくなかった、という彼女が純粋な故の理由であった。
「あの…やっぱり、嫌…ですよね。こんな目…」
少女はこの世を諦めたような、そんな顔をした後、顔を両手で覆いそう言った。
「…」
ローグは少女の純粋な心を弄んだ、その自分の行動が浅はかな考えだったと本能で悟った。
だからなのか、少し目を離した隙に消えてしまいそうな少女の、細いその身体をその両腕で抱きしめ
「僕は嫌とは思わないよ。いや、僕の屋敷のみんなは絶対にミネルヴァ、君の味方だ」
そう宣言した。
絶対に、ミネルヴァは僕が守る。
ローグはこの時に心の内にそう決意した。
例え、世界中から彼女が嫌われようとも。
例え、世界を敵に回したとしても。
僕だけは、必ず彼女の味方であり続けると。
⬛︎
「着いたよ、ミネルヴァ」
あの後程なくして首都の中心部、王立魔導学園にローグとミネルヴァを乗せた車は到着した。
ローグは先に車から降り、開けたドアの横で少女が出てくるのを待つ。
「すご、い…大きい…」
ミネルヴァは車から出ると目の前に見えた天までそびえる塔の様な建物、学園を見て思わずそう呟く。
そんな少女を見ながらローグがある物を待っていると先に車から降りどこかへ行っていた彼の護衛・ズイが何かを持って戻ってきた。
「ミネルヴァ様、学園に入る前にこれを」
ズイは手に持っていた物、眼帯を少女に渡した。
「学園内では周りから言われのないことを言われることがあるかもなので」
「あ、ありがと…う」
と感謝を述べ、ズイに眼帯をつけてもらった。
「これでよろしいかと」
ズイはそう言い眼帯から手を離す。
「ありがとう、ございます…っ。ズイさんっ」
と少女はズイにペコペコするが彼はいいですよ、と流し
「ボクたちはミネルヴァ様の味方ですので当たり前のことをしたまでです」
とローグの顔をチラリと見ながらそう返した。
「…では、行きますか。学園長がお待ちです」
とズイはすぐに本来の目的である学園に入るように二人に促した。
「うん、そうだね。…じゃあ行こうか、ミネルヴァ」
とローグは少女の細い手を取り二人で学園に入っていった。