第3話『メイドと少女』
「…」
ミネルヴァがローグの屋敷で弟子として住むことになり初めての朝がきた。
窓から差し込む朝日と外でさえずる鳥の声に反応したかのように重い瞼を少し開きいつもの質素な木造の部屋と違う、貴族の令嬢が使っているような煌びやかな部屋を見渡す。
「大きな、鏡…。大きな、ベッド…。なんか凄そうなテーェ、ブルゥ…」
ミネルヴァは部屋にある物を口に出しながら昨日の出来事を頭から思い出す。
「…ポゥ」
時計塔での出来事、イケメンにエスコート、そしてドーナツ。
ミネルヴァは全て思い出し、恥ずかしくなったのか思わず顔を手で覆った。
「…死にたい」
「何やってるんですかご主人様」
と呟くと誰もいないはずの後ろ、枕付近からハスキーな声が聞こえ少女はおどおどした顔でゼンマイを巻くような音を出しながら後ろを振り向く。
そこには黒い清楚な長髪に口元にあるホクロが特徴的なメイド服を着た女性がミネルヴァを見ながら座っていた。
「ふぅあろぉ¥$#○×>〒!??」
いつから、とミネルヴァは驚きの余り呂律の回らない声で聞く。
「テェー、ブルゥ…の辺りからですね」
と女性は真顔で答える。
ほぼ最初からじゃん…と更に恥ずかしくなったのか、少女の顔は赤くなり頭から湯気が出始めた。
「ふぇ」
と少女は言葉にならない声を出した後、気を失ったのか後ろの方に倒れた。
⬛︎
あの後騒ぎを聞きつけたのかローグが部屋に押しかけ、ミネルヴァに説明をしたことで先程の一件は解決し、女性は改めてご主人様に挨拶を、と座っていた椅子から立ち上がった。
「今日からご主人様の身の回りをさせていただきます。ミネルヴァ様専属メイドのリィアと申します」
と口元のホクロが特徴的な女性、リィアは薄水色の長髪の少女に向かってメイド服のスカートを指先で持ち上げ足を交差し軽くお辞儀をする。
「わぁ、すごい…」
赤子でも一目で分かるほどにリィアの美しく、そのお手本のような挨拶の姿勢を見て少女は思わず拍手をした。
リィアがそのミネルヴァの顔を見ると、少女は己がやったことに恥ずかしくなったのか思わず顔を赤らめる。
「はひぇ…ごめ、な…さ」
怒られる、と少女は少し泣き顔を浮かべながらリィアを見つめるが彼女は少女の背丈に合わせるように腰をかがめてこう言った。
「よろしければ、お教えしましょうか?ご主人様」
と予想外の反応が返ってきたからなのか、それともその言葉が嬉しかったのか少女はその薄水色の長い髪の先をくるくる回し頬を赤らめながら
「その…お願い、します…」
と恥ずかしそうに返した。
「はい。ご主人様」
リィアはその言葉を返した後近くでその光景をまじまじと見ていたローグに仕事があるでしょう、と半ば無理やり少女の部屋から追い出した。
⬛︎
翌日。
「ふむ…」
ローグは魔導学園の大魔道士が与えられる部屋の一室、執務室である紙と睨めっこしていた。
「このクラスも駄目だな」
彼が見つめていた紙には魔導学園一年生の各クラスの一覧が書かれていた。
「どうするか…」
と言いローグは持っていた紙を端に寄せる。
ローグは弟子である少女・ミネルヴァを大魔道士の権限で『特待生』として入学させるつもりでいた。
だが、平民出身の人間が魔道士として入学したという前例が有史以来存在しないのだ。
そんな少女を貴族のみが在籍するこの魔導学園に大魔道士の権限で入学させることが彼女にどんな影響があるか分かったもんじゃない。
「それに弟子は無詠唱で魔術を行使した…」
このガルド王国で無詠唱で魔術を行使することができる——それはこの国でたった一つの重要な意味持つ。
——次代の大賢者候補であること——
「それに彼女は神の名を冠した魔術を使った」
と後ろで護衛のために立っていたスラッとした執事服を着ている男、ズイがそれに続けて言う。
「あぁ。弟子が「神聖魔法」を使えるということは…」
とそこで口を閉じ、ズイに少し席を外してくれと言った。
「仰せのままに」
とズイが部屋を出てしばらくするとローグは椅子に腕を乗せる。
「…『終末の日、無詠唱で神聖魔法を行使す大賢者となりし少女が…闇を貫く』か」
ガルド聖典『終末の予言書』の最終節、最後の行に書かれた一文。
この一文は未来に実際に起こりうる出来事として代々この国で語り継がれている。
「…考えても意味がないな。よし」
とローグは呟いた後外で待機していたズイと屋敷に帰った。