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第1話『本と少女』

「あの…えっと、野菜…を」

 腰周りまで伸びた薄水色の髪に、布を継ぎ接ぎした様に所々に縫い付け後のある服を着たみすぼらしい格好の少女、ミネルヴァ・アーカイブスが店の奥にいる筋骨隆々な身体付きをした坊主頭の店主にか細い声で話しかける。

だが店主は段ボールに入った果物を品分けしているからなのかビクリとも反応がない。


「あ…のっ、ええっ!と…野菜、を買いたいの、ですがぁ!」

 とミネルヴァは少し声を上げて話しかけるが最後で声が裏返り、恥ずかしかったのか顔を赤くして口を閉じた。


 周りの反応が気になるのか目線をあっちらこっちらに移すが誰も気にしていないようで安心したのかホッ、と息を吐く。


 そこに品分けが終わったらしい店主が「すまねぇなぁ、嬢ちゃん」と謝りながら店の奥から出てきた。


「いえ、私っ!が…声、小さい…のが!」

 ミネルヴァは自分が悪い、と主張したが店主は

「いやいや、嬢ちゃんは悪くねぇよ。買いに来た客をすっぽかして、奥で品分けしてた俺が悪いからよぉ」

 と返し、「お詫びに今日は半額にしちゃるわ」と店主が続けるがミネルヴァは首を振って断る。

 だが結局断りきれず半額で野菜を買い、手元に余ったお金を確認する。


「ふへぇ、本が買えるよぉ」

 と嬉しさが抑えられないのかミネルヴァは明るい顔をしながらスキップしながら書店に向かう。


「おばぁさん、あの…新刊って入荷、してます…か?」

 書店の扉を開け中に入り、レジの奥にいた中年ぐらいの年をした女性にか細い声で話しかける。

店内が静かだからなのか女性はすぐに気づきレジの前まで来た。


「ローグ・イシュビリーの本かい?」

 と女性は本の著者の名前をミネルヴァに聞くと

「はいっ、その…新刊が出たと、噂で聞いたので…」

 と少し巻いたように喋る。

ローグ・イシュビリーはミネルヴァの一番好きな小説作家である。


 この国『ガルド王国』の首都『プリズイム』の中央に建てられた、魔法の才能を持つ者のみが入学を許される学園『ガルド王国立魔導学園』の頂点『大魔道士』の一人であり、数々の名作を世に送り出した、所謂天才である。


 そんな彼の作品『魔導恋物語』はある一人の平民の少女が魔法の才能を神から与えられ、ある貴族のみが在籍している学園に入学し、そこで恋に落ちるといった作品である。


 そのロマンチックな恋の物語は平民層の女性から人気を博し、かくいうミネルヴァもその一人である。

「ほれ、これだろ?」

 と女性はレジの奥から『魔導恋物語・8』と表紙に書かれた本を持ってくるとミネルヴァは首を縦に振り、お金を女性に渡し本をバッグに入れ外に出た。


「うへへぇ…買えちゃったぁ」

 と口角を上げながら嬉しさのあまりスキップをしながら家に帰った。


 ⬛︎


 家に帰りリビングにある机に野菜を入れた袋を置くとある小さい紙に何か書いてあるのを見つけた。


 ミネルヴァはその紙を取り読み始める。

「今日もお母さんは夜遅くまで仕事があるので自分でご飯を作って食べなさい」


 読み終わるとその紙をぐちゃぐちゃにして少し離れたゴミ箱に投げ捨てる。

「いいもん…私は、一人でも…」


 ミネルヴァの母は夜は仕事ではなく所謂ホストに金を貢いでおり、お金は水商売で稼いでいる。

 ミネルヴァはそんな母と、あるホストの間に望まれない形で生まれた女の子である。


 母は体を売ることでお金を稼いでおり、ミネルヴァが生活できているのは母がそのお金をお小遣いという体で生活代を毎月渡しているからだ。

 母は水商売で稼いでいることをミネルヴァには言ってはおらず、会社で働いていると言っている。


 だが彼女は気づいていた、母は嘘をついていると。

 母が娘に隠しているつもりのことを彼女は知っている。


 もちろんミネルヴァはそのことについて知っているということを母に言うつもりはない。

 言っても意味はないことをなんとなく察していたからだ。


「…ご飯、作ろう」


 ⬛︎


 ミネルヴァはご飯を食べ終わり、購入した本を読んでいた。


「新しい、恋敵…!」

 ミネルヴァが現在読んでいるページは主人公の目の前に新しいイケメン貴族が現れ、主人公が崖から落ちそうになっていた所を風魔法で助けるシーンだった。


 そのシーンが終わり、ドキドキしながら次のページをめくると何やら小さい紙が下に落ちたのでミネルヴァは拾うとそこに書いてあったのは


「サイン…会っ!?」

 その紙に書かれていたのはローグ・イシュビリーのサイン会が今月末に駅前で開催される、というものだった。


「うへぇ…行こうかなぁ」

 と早くもウキウキしながらそのことを考えるミネルヴァであったが、彼女はあることに気づいた。


「ファンが集まる…?ということは、人混み…っ!?」

 ミネルヴァは人と関わるのが苦手である。

 人混みは尚のこと苦手である、というか一度首都にローグ・イシュビリーのサイン会に行った時に泡を吹いて倒れたことがある。


 その時は周りにいた人に迷惑をかけてしまい、それ以来一度もサイン会には行っていない。


 だがそんな彼女が何故行こう、と思ったのか。

 それは今回はなんと一人ずつ呼ばれる形式のサイン会だからである。

 これはローグ・イシュビリーがファン一人一人と話してみたい、といった要望が叶えられた結果、らしい。


「…これ、なら。行ける…かも」

 と思ったのだ。

 しかも今回は首都ではなくミネルヴァの住む町『イブル町』の駅前での開催とのことで移動のための費用もかからないのである。


「うん、行こう…かな」

 ミネルヴァはサインをもらうチャンスがきたんだし、と心に決める。


 そんなことを考えていると眠くなってきたのか大きなあくびが出たのでミネルヴァはロウソクの火を消し、ベッドに潜った。


 ⬛︎


「今日は…サイン会っ!」

 ミネルヴァはローグ・イシュビリーのサイン会が開催される駅前に来ていた。


 しばらく鼻声で歌っていると「会場はこちらです」とアナウンスが聞こえたのでその方向に向かう。


 そこの机にあった用紙に名前を書き用意されていた椅子に座る。

 そして数十分すると最初の人が呼ばれた。


 いつかな〜とミネルヴァは呑気に待っていると二番目に呼ばれ、驚きながらもローグ・イシュビリーの待つ部屋に入っていった。


「お邪魔しま…す」

 とおどおどしながらミネルヴァが入るとそこには『魔導恋物語』の主人公が最初に出会い、恋に落ちる相手『アズ』のイメージそのままの容姿をした青年が座って待っていた。


 彼は金色の髪に貴族しか着ることの許されない白い制服、そしてとても高級そうな万年筆を胸ポケットに忍ばせており、椅子に座るその姿勢は、ミネルヴァにはまるで絵の中の王子様のように見えた。

彼女がそんな彼に見とれていると「どうぞ座って」とローグに空いてる椅子に手で指していたので言われるがままに座る。


「えっと、その…この本に、サインを…」

 とバッグから『魔導恋物語』の一巻を取り出し彼に渡すとまさに絵になる姿勢でサインを書く。


 そして彼がサインを書き終わり万年筆を胸ポケットに戻すとミネルヴァに本を渡し

「まだ時間があるから聞きたいことあったら聞いてね」


 と言われたのでミネルヴァは彼に魔導恋物語の好きなキャラについて聞いたり、好きな所を話したりした。

「えっと…だからこのキャラはとてもかっこよくて、素敵だなぁって」

 とミネルヴァがローグに話していると突然近くで大きな音が鳴る。


「ドラゴンだ!ドラゴンが出ました!!避難してください!」

 と部屋の外でローグの護衛を任されていたらしい男性が扉を開け彼に伝える。


 ローグはすぐに逃げようとしたが椅子に座ったままのミネルヴァは突然のことでおどおどと状況が理解できずにいた。

 そんな彼女を見て彼は一呼吸置いた後ミネルヴァの腕を掴み「避難するぞ」と歩き出した。


「あ、えのそ」

 と言葉にならない声を出しながら彼について行っているとドラゴンの尻尾が真上にあった時計塔に当たり、破壊される。


 その瓦礫がミネルヴァの上に落ちそうになり慌ててローグが走ってくるが間に合いそうにない程距離が空いていた。


「あ、あ…」

 ミネルヴァは自分が死ぬことを直ぐに理解した。


 だが彼女は『魔導恋物語』が完結するまで死なない、と決めていたので周りを見渡し逃げれる場所を探すが、そんな所はない。


「死に…たくっない…!」

 彼女のその言葉と同時にミネルヴァの身体の中で何か、流れるのを感じた。


 暖かく、そしてなんでもできそうな力が溢れ出すような、そんな感覚が彼女の中を駆け巡る。

 それを感じた少女はある一つの言葉を無意識に呟いた。


「『大いなる大地の怒り(ガイア・オブ・シモス)』」

 その言葉と同時に彼女の真下にある地面から天まで届く程の光が時計塔を貫く。


 その光が天に届き細くなるように消えると時計塔の瓦礫は光の粒となってミネルヴァに降り注ぐ。


 その光景を見たローグは驚いたような目で彼女を見つめた。


 ──────有史以来、魔法の才能を神から与えられた人間は『貴族』のみだった。


 だが、この時に歴史上初となる魔法の才能を与えられた『平民』の少女がその才を開花させた。


 彼女の名はミネルヴァ・アーカイブス。


 この世界で歴史上初の平民にして唯一、全ての属性魔法を扱うことのできたとされる後の『大賢者』となる少女である。

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