Act.4 Dragon's Funeral
獣刻印シリーズのアーティファクトは、かなり特殊な性能をしている。まず共通しているのは使用している間は獣刻印シリーズの異能しか扱えないことだ。
通常アーティファクトは他の魔法技術と組み合わせで使うのが基本的である。身体能力向上系や武器種に備わった超常的なものを駆使して戦う。
それぞれの戦闘スタイルが確立していて、それをさらに強くするためにアーティファクトを使用されることが多い。
しかし今、私は、アーティファクトに攻撃と防御全てを割いている。このような構成になるのは、シリーズ系統のアーティファクトは共鳴し合うことで隠された能力が発現されるからだ。
獣刻印シリーズは3つ以上装備すると、かつて神に挑んだ『彼岸獣王』という古い王の御霊が体に宿る。身体能力超向上、装備している獣刻印シリーズの能力向上といった具合だ。
改めて私のつけている装備を説明すると、獣刻印の魔鎖666により異能無効、獣刻印の外套666により認識不可、獣刻印の呪環666により、任意のタイミングで攻撃がすり抜ける。
外套のデメリットは仲間を含めて誰も認識できなくなること、呪環のデメリットは能力使用中は心臓が止まる。
それら獣刻印シリーズを共鳴させ、『彼岸獣王』の身体能力超向上で補う。魔鎖の使い勝手もかなり良くなるだろう。
私は、夜の湖畔でターゲットを発見した。
素早く近づき、音もなく鎖でヤツを拘束しようとした。
その瞬間、背後に強い気配を感じたので素早くジャンプして身を翻した。
「やっぱり来たね。君がシャトー・アルドラのリリヴェル=ダラーレスだね」
夜廻で刺突を繰り出してきたその青年は、余裕たっぷりという表情だ。
「そうよ、でも私の顔もわからないでしょ? ほら、もう本物かどうか疑っている」
「そっちもアーティファクト使いか。そこにいることはわかるけど、いまいち実体が掴めないのは認めるよ」
最初に私が拘束しようとした人物は、悪魔因子で作られたフェイクだった。まぁドラゴンウェポンを持っていれば、盗まれることに敏感になるのも当たり前か。
私は両手首から、4本ずつ魔鎖を垂らした。
ジャラジャラと伸びていく鎖は、私の命令を待っている。
「その程度の鎖で、ドラゴンウェポンに挑むつもり? 命知らずだな」
『夜廻』を真正面に構えた青年はまだ私を舐めている。順調だ。
「それは他人の信仰対象であり、太古龍アルドラサクスが回収すべき武器よ。返してもらうわよ、凡人」
「はぁ? この僕が凡人だと? 悪魔契約者でありドラゴンウェポンを使える選ばれた人間だぞ。どう考えても凡人じゃないだろ。シグルド様と呼べよ、アバズレ」
挑発にすぐ乗る……。ドラゴンウェポンを手に入れて全能感に支配されているのだろう。こんなヤツ程度、普段は瞬殺だが、なまじドラゴンウェポンの真価を引き出しているので油断はできない。
「あんたメシア宗教国の人間でしょ。なんでわざわざ扱えるかどうかもわからないドラゴンウェポンを奪い去ってるのよ」
「龍信仰なんてするゴミクズどもの手にあるよりはマシだろ? それに、僕はドラゴンウェポンを100%扱える。異教徒が信仰してた物品なんて、触りたくもないけどね」
なるほど、メシア宗教国の内部紛争に関与している可能性大だな。戦力増強と異教徒弾圧の目的から察するにメシア教でも特段教皇派だろう。
「最後の質問。ここに来るまでに3つの村々で『夜廻』を使って虐殺したわね? 理由はなに?」
「メシア様への生贄に決まってるだろう? それにせっかく手に入れた武器の試し切りくらいはさせてくれよ。ここら一帯は自由信仰なんて思想を持ってる奴が多かったからさ、ちょうど良かったんだ」
私は思わず強く手を握った。
爪が食い込み、血が少し垂れる。
やつが襲撃した村の惨状は酷かった。
女子供が嬲り殺しにされている跡もあった。
屈強な男たちは斬首されていた。
隠居していた老人は、龍の足で踏み潰されていた。
3つの村、その全てで、だ。
武器商人として、そういう戦場があるのは理解している。けど私は冷酷だけど非情なわけじゃない。非戦闘員を殺害したと知れば、それに関与した者には武器を売らないと決めている。
アルドラサクスも自身の同胞であり眷属であった龍の遺していったものが弄ばれるのは許せないはずだ。人間に信仰されることを許していた龍種。おそらく人間が好きだったのだろう。その意思もこいつは踏み躙った。
「もういい、わかった」
私は前髪をかきあげ、左目の眼帯を外した。
そこにはアルドラサクスの龍紋が刻まれた龍の目がある。これはアルドラサクスとの約定の証。
「いち武器商人として、起源の冥闇龍アルドラサクスの巫女として審判を下す。──お前は、ここで死ね」
私は激しく燃える闘争心を剥き出しにして、鎖を振った。変幻自在の鎖はシグルドの異能を封じるために絡みつこうとする。
「なんだこの鎖は!?」
シグルドは俊敏に動いて初撃は交わしたが、とめどなく溢れる鎖によって足を囚われる。私はその瞬間シグルドを鎖で引き寄せる。
ものすごい力で引き寄せられたシグルドは身動きを取ることができず、『彼岸獣王』が宿った私の渾身のパンチを腹部に受ける。
同時に、桜百肢から受け取っていた呪法百足を植え付けた。
「お前たち悪魔契約者の体は、契約した瞬間に悪魔因子という触媒で再構成される。少なくとも重要な臓器と血液は、悪魔因子に代えられている」
「なるほど、だから毒を仕込んだな……」
「そうだ、血液凝固作用の強い毒を植え付けた。この先お前は血栓がいつどこに発生してもおかしくない体になった。脳にでもできたら苦しんで死ぬ」
相手の悪魔因子が急速に心臓部に収束するのを感じ取る。〝禁忌〟を使う気だろう。そうだ、もっと異能を使え。情報を吐き出せ。追い詰められてることを実感しろ。
「僕と契約している悪魔は『誤解の悪魔』だ。これからお前の五感は僕が支配する。もうその鎖に捕まることもない」
ペラペラと自分の能力を喋る。
こういった油断はプライドの高さのあらわれだ。
だんだん掴めてきた。
「夜を呑め、『夜廻』」
夜廻の剣が黒さを増していく。
おそらく夜闇を吸収すればするほど性能が上がるのだろう。
夜廻の大きさが数倍になり、私に向かって振り下ろされる。シグルドの自信満々な顔が目に映り、不快だ。
私は腕に獣刻印の魔鎖666を何重にも巻き付けその斬撃を片手で弾いた。
夜廻は元の大きさへと戻り、シグルドは驚愕の表情を浮かべる。
「僕の誤解の〝禁忌〟を受けているはずだ! なぜ斬撃を正確に捉えられる!?」
「獣刻印の異常性は能力無効。私にお前ご自慢の〝禁忌〟は効かないぞ、三下」
私は獣刻印の魔鎖666を亜空間を経由してシグルドの四方に展開した。いわゆる四面楚歌の状態にシグルドは陥った。ここまで追い詰めれば良いはずだ。
「次はこの鎖がお前を突き刺し、食い破る。悪魔因子特有の異常再生は触れられた時点で無効化される。どうする? シグルド」
「ここまで僕を追い詰めたことは褒めてやる。まさか女相手にドラゴンウェポンを覚醒させるとは思わなかった」
OK、それでいい。
私はシグルドに向かって獣刻印の魔鎖666を一斉に襲わせた。
「うおォォオッ! はやくしろ〝禁忌〟! 僕を使い手だと誤解しろ、『夜廻』! 『夜の狩り』を発動させろッ!」
シグルドの拘束が終わると同時に、黒剣『夜廻』が刺さった地面から、真っ黒な夜を纏った龍が顕現した。
「間に合った、確かに間に合ったぞ! 終わりだリリヴェルッ!」
「お前がな、シグルド」
夜を統べる龍は私に向かって、真っ直ぐ猛進してくる。私に向かってその龍爪を振り下ろすモーションに入った瞬間、私は獣刻印の外套666を外して、認識阻害を解いた。
すると、ぴたりと夜の主人は攻撃を止めた。
「なにをしてるんだ『夜廻』! 俺が使い手だ! 言うことを聞け、聞けよお!」
これで私の仕事は終了だ。
あとは、相棒に任せるとしよう。
「良くやったリリヴェル」
周りの温度が一気に下がったような殺気が私とシグルドの戦場に忍び寄る。それは黒い霧を伴って、姿を現す。
神に匹敵する太古龍アルドラサクスの裁決が下される時が来た。
「『夜廻』は僕のものだ! お前らなんかに──ムグッ!」
「シーッ。彼が旧友と話している」
私はシグルドの口に獣刻印の魔鎖666を詰め込んで黙らせた。
「廻夜龍ヴァルキド、俺の匂いを覚えていたようだな。そうだ、これは俺の龍巫女である。死して尚消えぬ俺への忠誠心、誠に立派である。ヴァルキド、お前が逝った後も共に過ごした幾千万の夜は決して忘れたことはない」
アルドラサクスは黒剣『夜廻』によって発動した『夜の狩り』で会えた古い友を撫でる。
そして怒りに満ち満ちた目でシグルドを睨む。
「人間、話は全て聞いていた。我が友の遺志を踏み躙った代償はお前とそれを命じた人間に償ってもらう。そして、制裁の豪雷を鎮魂歌とし、廻夜龍ヴァルキドの龍葬を執り行う」
アルドラサクスはまるで最初からそこにあったかのように顕現した、自身の愛刀を持つ。闇を統べる龍が扱う、真の神刀。それを天へと向ける。
「──晦冥を統べる。仮初の闇は晴れ、混沌をも受け入れる冥闇だけが齎す安寧。今ここに宙の黒穹を創り、我が眷属の魂は巡る」
周囲一帯を闇が包む。
暗く、何も聞こえず、何も感じず、それでも寄り添うアルドラサクスの闇だ。
「〝龍威〟、『龍葬』」
その言葉と共に闇は晴れ、各地で断罪の黒雷が落とされる。そしてそれは、シグルドも例外ではなく、彼を一瞬で粉に変えた。
残るは、廻夜龍ヴァルキドのみ。
「安心しろ、俺の巫女がお前の死を見届け、遺志を引き継ぐ。龍の魂は流転する。また会おう、ヴァルキド」
アルドラサクスが、自身の神刀でヴァルキドの首を落とす。そして『夜の狩り』は終わり、龍葬はつつがなく終幕を迎えた。
黒剣『夜廻』は、主人のもとへ還ったのだ。
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